今日はクリスマス・イヴ。
クリスマスの前夜祭という位置づけだが、最近ではこちらのほうが主体なのじゃないかという気がする。
大きな広場には街が用意したモミの木に色鮮やかなLEDイルミネーションが飾られ、街中にはクリスマスソングが流れ、嫌でも耳に届く。街全体がそんなクリスマスムードでいっぱいだった。
僕はクリスマスが嫌いだ。
特にイブが。
クリスマス、クリスマスって馬鹿みたいにはしゃいでさ。
何が聖なる夜だ。性なる夜の間違いじゃないのか?
僕と同じ職場の女性社員が、昼食の時こんな話題をしていた。
「クリスマス前に彼氏できたよー」
「良かったじゃん。1人だと寂しいもんね」
「間に合ってよかったー」
僕は声を大にして言いたい。
「お前らすぐ別れるから」
そいつのこと本当に好きなの?
イベントをクリアしたいだけじゃないの?
いつもだったら妥協しないのに、妥協したんじゃないの?
色々、突っ込みたくなる。
男も男だ。
彼女とのクリスマスを、ムードで盛り上げようと必死な奴がいる。
奇麗な夜景が見えることで有名なホテルを予約したり、有名なクリスマスディナーの店を予約したり、ケーキも一流ホテルのを予約したり、豪華にすればいいってもんじゃねえよ。
何故、僕がこんなにやさぐれているかというと、そのクリスマスのせいで残業しているからだ。
クリスマスの予定を入れていた同僚が、独身彼女無しの僕に仕事を肩代わりしてほしいと頼んできた。
僕にまっすぐに来たってことは、僕には予定がないと分かってたのか?
確かに予定はなかったさ。その同僚には世話にもなっているから、頼まれたら断らないさ。
ただ、今日がイブじゃなかったら、僕もここまでやさぐれなかっただろう。
同僚の彼女は違う部署の事務の子で、社内でも美人で性格もいいと評判の子だ。
そりゃあ、同僚も気合を入れるだろう。僕が同じ立場なら僕もそうしたかもしれない。
その子と今日はホテルで食事してそのままやることをやるのだろう。
うらやま、けしからん。
婚前交渉反対派の僕としては、断固として清純を保って欲しいものだ。
同僚と彼女が、あんなことやこんなことやってると思うと仕事が手に着かない。
「――おい」
呼ばれて振り返る。
目の前に腕を組んで仁王立ちで僕を見下ろす上司――係長の白鷲塔子がいた。
「何ですか? 僕には矢崎って名前があるんですけど」
「矢崎、いいかげん仕事進めろ」
「すいません」
僕より一つ年上のキャリアウーマン。
僕の尊敬する上司でもある。
何でも海外の大学を出て入社したらしく、仕事のセンスはずば抜けている。
実際、一緒に仕事をしていてそれは感じられた。
困難な仕事でも彼女の手にかかれば簡単な仕事に変わる。
そう揶揄されるくらい、優秀だった。
おそらく、数年もしないうちに昇進するだろう。
僕とは違う。全く異なる世界の住人だ。
僕は係長の監視のもと、仕事を進めた。
☆
ようやく仕事が終了し、係長の確認を受ける。
係長の切れ長の目は、僕の作ったプレゼン資料を端から端まで追いかける。
時折、目が止まり「ここが分かりにくい」と叱責が飛ぶ。
説明後、係長が修正し僕に見せてくれた。
修正された資料は僕が作ったものより確かに分かりやすかった。
彼女は「分かったな?」と言うように僕をじろっとねめつける。
僕は彼女を尊敬する。
彼女は、部下を育てることに努力を惜しまない上司だったからだ。
そういえば、クリスマス・イブだけれど係長は相手がいないのだろうか。
言葉使いは男っぽいところもあるけれど、見立てだって悪くない。
「矢崎、何だ?」
僕の邪な考えに気づいたのか、じろっと睨んできた。
「い、いえ。なんでもありません」
僕の返事で資料の映っているノートパソコンを閉じて、一息つく。
「――もう少し修正が必要だが。まあいい、今日はこれでいい。あとは実際の担当にやらせる」
「ありがとうございます」
「本来はお前の仕事じゃないだろう。何故、引き受けた?」
「いや、ほら。今日はクリスマス・イブですし」
「――ああ、何だ。つまらん。私はクリスマスが嫌いなんだ。特にイブが」
同じ人がいた。
「何でもかんでも祭りごとにしてしまうのは日本人の性(さが)なのか?」
「係長は、その、失礼ですが、お相手とかは?」
「そんなものがいるように見えるか?」
「いてもおかしくないと思いますが……」
「褒め言葉として受け取っておこう。だが、私にそんな相手はいない。こんな仕事人間好く相手もおらんだろう。それにイブが嫌いなのは――これは関係ないな」
何か他にもあるような言いっぷりだ。
「ほかに何か理由があるんですか?」
「つまらん理由だ。忘れろ」
「気になるじゃないですか」
彼女は言うか言うまいか少し悩んだ顔をした。
彼女がこんな顔を見せるのは非常に珍しい。
心なしか顔が赤らんでいるような気もした。
ちらりと僕を見ると、決断したような表情をする。
「笑わないか?」
「笑いませんよ」
じんわりと頬を染めていく彼女は吐き出すように静かに語りだす。
「――今日は私の誕生日なんだ」
「はい?」
「子供のころから、誕生日とクリスマスを一緒にされてな。それで嫌いなんだ。まるで損した気分になっててな」
「ぷっ」
「わ、笑うなって言っただろ!」
可愛いところあるじゃないか。
いつも厳しいのに、こういう一面もあるのか。
「係長、誕生日おめでとうございます」
「う、うん。ありがとう」
何だか、照れる白鷲係長が可愛く思えた。
「帰りに晩飯でもどうですか? 誕生日だって聞いた以上はお祝いさせてください」
「いや、いいよ。それに、どこも混んでるだろう。今日はイブだし」
「行くだけ行ってみましょう。なんなら僕の家に招待しますよ」
「えっ⁉」
僕の言葉を聞いて何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にして固まった彼女だった。
意外と純情だなこの人。
「そういう意味で言ってませんから」
「そ、そんなことは分かってる」
二人で居酒屋でささやかながらの誕生日会。
ムードもヘチマもないけれど、係長は喜んでくれたように思う。
翌日、どうやら僕はクリスマスの魔力にやられたらしい。
あれから係長に対する視線が変わってしまった。
彼女の誕生日を祝い、仕事では見せない彼女の一面を見たことで好意を抱いてしまった。
これを恋と呼ぶのだろうか。
仕事が終わる夕方まで悩んで悩んで悩みぬいて、答えを出した。
その答えを持って僕は仕事中の係長の前に立つ。
仕事中だった係長はちらりと視線を向け、仕事の続きをしながら聞いてきた。
「矢崎、どうした?」
「今日、係長に予定ありますか?」
「いや、このあとはないが……」
カタカタとパソコンを打ち進めながら答える彼女。
「今日クリスマスですし、食事に誘っていいですか?」
「へ?」
キーボードを叩く指が止まる。
「僕、係長のこともっと知りたいんです」
「え、それって……」
僕の顔をじっと見る彼女。
何だかいつもの厳しい顔じゃなくて、昨日の夜に見せた彼女の顔だった。
ああ、やっぱりその顔が好きだと実感する。
「そういうことです。どうですか?」
彼女の指が空中でさまよう。
珍しく慌てているようだ。
「ク、クリスマスの誘い?」
「そのとおりです。昨日は誕生日のお祝いですが、今日はクリスマスのお誘いです。駄目ですか?」
未だに彼女の指は空中でさまよっている。
そして、静かにキーボードに指が付く。
「わ、分かった」
少しだけ顔を赤らめて答える彼女だった。
☆
数年後、僕と彼女はクリスマスの日に入籍した。
彼女の誕生日を祝った次の日に、結婚記念日を祝うことにしたのだ。
だって、僕と彼女はクリスマスが嫌いだから。
素直じゃない二人で乾杯しよう。
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