どうして叶えたいものがあった、人生が80年あったとしたら十数年しか、見ることのできない夢だ。
 地区大会優勝、甲子園への切符をつかむという夢。

 夢を掴むために必要なのに僕には圧倒的に足りないものがあった、一言でいえば精神。

 心技体そろっていないものに、野球の神様は微笑む事はしなかった。

 心技体揃うには時間がかかる、時間がかかれば、切符をつかむことはもうできない。

 だから僕は掴むために、薬に手をそめてしまった。

 それこそ、その行為こそ切符を手放す行為になるかもしれない精神の弱さだと気づかずに。



「お前3日も学校休んで大丈夫なのかよ、顔色はまだ悪いみたいだけど」
「あぁ次の大会には間に合うさ、体調も気にならないよ」

 3日間薬の副作用で寝込んでしまっていたが、今日になって体の体調なんて気にはならない。
 薬が効いたのだ。

 声をかけてきたマネージャーの茜はホッとしたようだが、それでも注意を重ねた。

「お前1年の時から大会前に体調をくずしやすいし、精神的にボロボロになりやすいし、お前はエースなんだから」

 耳にたこができるぐらい、いや毎日練習がある日も、無い日でも学校で顔をあわせれば僕の心の弱さに小言をかさねている、もうこの注意を聞けなくなるということが誇らしくもある。

「もう心配することなんて何も無いよ」
「は?」

 監督以上に、僕の心身を気遣ってくれるマネージャーの茜になら、うちあけてもいいのかもしれない。
 先輩たちが託してくれた希望と茜の夢、そして僕の夢が叶う日が昨日よりも近付いたということを。

「僕は自分の弱さを克服したんだ」 
「まだ熱があるのか、浮かれているな、もう帰って休め、先生には私からいっておくからさ」
「疑っているの?」
「お前の弱さは私がよーく知っている、一朝一石どころか長年付き合っていくほどの症状だ、今時ビックリ箱をあけてひっくり返るぐらい、ビビリで、どうしようもないぐらい精神が弱いというのは知っている、お前の本番の弱さは準優勝候補ではあっても、優勝候補ではないんだぞ」

 確かに、3日前の僕であればそうだっただろう。
 だけど今の僕は全くもってちがうと言うことをこれから、茜に説明しなければならない。

 もう他校からチワワの将軍といわれる僕ではない、震えて怯えてどうしようもないエースなどではないのだ。

「克服したんだよ、僕はゾンビになったんだ、そうゾンビパウダーでね」

 心臓がバクバクというのが邪魔ならいっそ止まってしまえば、緊張から解放される。
 でも死んでしまったら野球ができない。

 僕が選んだのはゾンビパウダーでゾンビになることだった。
 ネットから取り寄せたゾンビパウダーで僕はゾンビとなりエースとなったのだ。

「マジでいっているのか、お前」
「今朝体温は測れないほど低かったよ」

 茜は慌てて、僕のおでこに手をあてる。

「まじか、お前」
「これで甲子園目指せるよ」

 僕の清清しさとは、裏腹に茜はなにやら絶望の色を隠せないでいた、もしかしたら僕より顔色が悪いのかもしれない。

「どうしたのさ茜、これで地区大会の優勝候補になれるよ」
「ゾンビって甲子園でていいものなのか」

 その一言で固まった。
 ゾンビって甲子園で出ていいものだろうか?

「一応生徒だし大丈夫だと思うよ」
「お前、考えてなかったな」
「大丈夫だよ、怪物枠として、ほら平成の怪物とか甲子園の魔物とかいまさらだから」

 怪物も魔物がいるんだからゾンビなんて小物ぐらいいても不思議じゃない。

「脳みそくさっているのかお前」
「腐りかけだよ」
「ゾンビになる前に気づけよ、腐るのかよ」
「ゾンビだし腐るんじゃないかな」
「その腐った手でボール投げたら違反球扱いにならないか?」

 その問題は考えていなかったが、たしかにくさりかけている肉片とかが付着した場合、違反球になるのではないだろうか。

「意図的じゃないからセーフかなぁ」
「アウトだよ、目逸らしているだろう」
「これはあれだよ、ゾンビだから目玉がこぼれそうなだけだよ」

 僕はとんでもないことをしでかしたのではないだろうかという疑念が浮かんでくるが、茜にいつも小言を言われていたから、条件反射を起こしているだけかもしれない。

「いやでも夏場にお前のゾンビの腐臭って、キツくなって来るだろうしなぁ」
「ゴメン、そこは考えてなかった」
「芳香剤とか余計な部費ねぇし、それにキリスト教系とか仏教系とかの宗教系の学校と当たったらどうするんだよ」
「えっ浄化される危険性があるの」
「そりゃああるだろう、お前がゾンビとバレたら、浄化してくるだろう」

 宗教系の学校が始めて恐ろしく思えた。
 恐怖というのは、まだ残っているらしい。

「それにまだ問題点があるぞ」
「まだあるの」
「ゾンビパウダーって、ドーピングにあたらないか?」
「ゾンビパウダーって、プロティンみたいな味だったから、それに含まれてましたみたいな理由はどう?」
「腐った言い訳してるんじゃねぇよ、どうすんだよ、大会で負けたらお前埋められるぞ」
「這い上がるよ、ゾンビだから」


 そう強がってはみたものの、勝てば問題はないはずだと安易にゾンビパウダーに手を出してみたが、ゾンビになってからの方が問題が多くでてしまうとは、思ってもいなかったが、腐ったものはもう戻らない。

 僕の甲子園はほど遠い。
 だけど、エースとして、勝ちたいと思うのだけは朽ちることのないものだ。

 腐った心でも腐る脳みそでも、エースとしてあの甲子園の土の上に立ちたい。

 夢まではくさっていないのだから。

あまね/
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