その東北の村はまるで現代から隔離されているかのような場所にあった。
かろうじて電気は通っているものの、ガス・水道はない。
四方山に囲まれ、一本道が隣町に通じている。

グルメリポートも近頃、飽和状態にある。
だからこそ余計、俺が担当している旅行雑誌などは他紙との差をつけるためにも新規開拓にせまられる。
新規って言ったって、もう大体どこの県もうまいものをすべて出尽くした感があるのだ。
有機栽培、自然農法、マクロビオティック…
今、流行はそういったものを求めている。

こんな片田舎…うまいものなんて本当にあるのか。
俺はどちらかというと超一流のシェフが高級食材を手間隙かけて作り出すような料理のほうに興味がある。
しかしライターとしてはどんな味でも読者が興味を持てるように記事にしなくてはいけない。

うわさによるとこの村には、たいそううまいものがあるという。
それは一度食べたら忘れられない、恍惚たる旨さだと聞く。
こういった山に近い場所の料理といえば、まあ山菜やら玄米やら、そういったものがよく話題になる。
しかし目的のものは穀物ではない。野菜でもない。魚でもない。
それは肉料理とあるが、村を歩いてみたところそれほど目新しいものはない。
鶏か、豚か。熊か。イノシシか。
はたまたゲテモノか。

まあ大して期待はすまい。
俺は俺の仕事をするだけだ。

「田村さんですね。こちらの民宿です」
夕方近く、役場の人に紹介された民宿に着いたとき、黒光りする柱にまず目がいった。
茅葺屋根の玄関には広い土間がある。
いわゆる田の字型の民家で、座敷に囲炉裏がすえてあった。

「どうも。はじめまして。記者の田村です」
「アアよくいらっしゃいました。遠路、お疲れになったでしょう。ゆっくりしていって下さい」
「ありがとうございます」
「ではこちらのお部屋、お使いください。お料理のほうは6時にできます」
「わかりました。お世話になります」

この家に嫁にきたばかりなのか、清楚な印象を受ける若い婦人が世話をしてくれた。
俺としてはさっさと食ってさっさと書いてしまいたい。
しかし現代から隔離されたようなこの場所にこうして呆けているのもそう悪いものではないな、とひとりごちた。

程なくして料理ができる。
よくあるような山菜料理があり、川魚があり。
そして…
そして、肉である。

「これですか」
「はい」
「奥さん、よく食べますか、これ」
「いえ、お客様が来られたときや、お祭りごとのときにだけ特別に出すものです」
「何かの塩漬けですか」
「ええ」
口に含む。
…旨い。ドイツのアイスパインによく似た味だ。
こんなところでこんな味に出会うとは…。
ショックを受け、しばらく動けなかった。

「どういったものか、ご存知ですか」
「サア…私、実は半年前こちらに嫁いだのです。主人は隣町に勤めていましてまだ帰っていませんが
詳しいことをお聞きになりたいのでしたら、大婆様を呼んできますね」

婦人はどこかに消える。
そして、一体何歳なのかもよく分からないほどしわくちゃの婆様が登場した。
腰がひどく曲がっている。婦人に抱えられ、よろよろと俺の前に座る。
歩くことがひどく難儀そうだった。
「どこかお悪いのですか」
「ふぉ、足がの、ちと」
そうして着物のすそをめくる。
ひざから下、足がない。
「どうしたんですか」
「そういうものじゃて。この地域では当たり前。代々嫁は奥の塩壺にきちんと漬けて、飢饉を乗り越えた。
そうして一族は生き残ったのじゃ」

俺と婦人は、固まる。



この肉は何の肉だ。
いつの肉だ。


誰の、肉だ。



皿の上で、料理されたばかりのその肉は暖かい湯気をたてていた。

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