つきたてのもちだ。
「どうしたのこれ」
「うさぎにもらったんだ」
「え」
息子の手に、白くつややかなもち。
8月だってのに。
「どこでもらったの」
「役場の駐車場」
「そこで、うさぎがもちをついてたってのか」
「ウン。暑そうだった。お母さん麦茶ちょうだい」
夕方6時をまわっていたが、俺はそんな息子の一言が気になって一人で役場へ出かけた。
駐車場の真ん中にうさぎがいた。
5匹。
正確には、バニーガールだろう。これは。
ハイレッグからは白く長い足。タイツの網目が大きい。
首に赤い蝶ネクタイ。
頭にはうさぎの耳。
胸元をつたう汗。
あのハイヒールで杵を持つとは…苦しそうなその姿は男の目に酷である。
みんな顔を真っ赤にして、一生懸命もちをついている。
夕方とはいえ8月。しかも今日はだいぶ蒸している。
なんだってこんなことを。
すぐ近くにいた職員らしい人物に尋ねてみた。
「ああ。これ。納涼会ですよ」
「納涼会でもちですか」
「フフフいいでしょう」
ええ、たまりませんね。て、ちがうでしょう。
「いやでも、暑そうだし。どうしてバニー」
「暑いとき激辛カレーとか、濃厚ラーメン、食べたくなったりしませんか。そういうのをねらってます」
「はあ」
「またこの違和感がなんともいえないでしょう。片田舎の町にバニーガールが汗かいてもちついてますよ。
あ、ちなみに女の子たちはうちの職員ですから。皆さんの血税、大事にしないとね」
「え、職員」
「今年入った新卒ですよ、5人とも。悪くないでしょう」
最近の娘は発育が良いというか、何というか。
顔が小さいし、足は長い。
夜のお仕事をしたとしても、相当稼ぐんじゃあなかろうか。
「でも、これは女性住民の反感を買ってしまうと思いますよ」
「いや、そこは大丈夫。あっちの特設ステージで氷川こよしとテ・ヨンジャンを呼んであるから。
そっくりさんでもけっこう大盛り上がり」
年配の方々の、ピンクの歓声がきこえる。
役場の駐車場がイリュージョン。
毎年こうなのか。
「あ、先月越してきたんですか。これ、おととしからなんですよ。
たぶん恒例になるんじゃないかな。
いいでしょ、この町。
え、ふざけてる。ははは、あなたこそそうだ。
なんて笑顔ですか。ササ、もち、もち」
俺はもち肌の女性からもちをもらう。
頬が上気している。
胸元をつたう汗。
履きなれないハイヒール。
頭には、うさぎの、耳。
「あ、どうぞ。おはしあちらです」
手が触れた。
タイツの網目が大きいなあ…
夏はヒートアップもいいもんだ。
この町はふざけている。最高だ。
うさぎがついたもちを食べ、ニヤニヤしながら、一人帰路につく。
脳裏で、あのかわいい5匹がぴょんぴょんと跳ねていた。
ミラクリエ トップ作品閲覧・電子出版・販売・会員メニュー