倉庫はびちょびちょに濡れている。
全部だ。

「もういかん」

おじきはぐったりと疲れた様子でそう言った。

「おじき、そう気を落とすなよ。まあなんとかなるさ」
「なんとかなるだって。みろよ、みんなずぶぬれだ。
倉庫の中身が俺の全部だってのに、マッチとタバコと雑誌がああじゃもうだめだ」
「酒があるじゃないか」
「あんなものは売るほどない」

俺はおじきのそんな姿を見るのがいやだった。

ちょっとでも使えるものがあるかと思って、倉庫へ行ってみる。

雑誌と、タバコと、マッチ。
これしかない雑貨屋のもうけはいかほどかとも思う。
しかしそれがおじきなのだ。
もうけるために生きているのではないのだから。


かわいげな女性の水着姿が、浸水でわかめみたいになっている。
タバコは水を吸って吸われるような具合ではない。

マッチは…せめてマッチはどうなった。
マッチをいつも納入している場所へと足を運ぶ。
その数一万ダース。

アア…だめだ

一万ダースのマッチはもう湿って火がつかない。
何のためにこのマッチはつくられたのか。
この倉庫でびしょぬれになるために存在している。

俺とおじきを落胆の泥沼へ連れ去るために存在している。

一本でも、と希望を持ちたかった。
30箱試してそれは藻屑と消えたのだと知る。

火がつく瞬間の、燐の香りが好きだった。


「おじき、努力と忍耐でまたやりなおそうよ」
「それは無駄だ」
「なぜ」
「100年もしたらまたどうせびしょぬれだ」
「でも、やっぱり、プロセスと精神が大事なんじゃない」
「五次元の話なんかするんじゃないよ」

そうこうしているとおじきが蛸のごとく、ぐにゃぐにゃになってきた。
「ああもう、だから気を落とすなって言ったのに」
「そろそろ落ちるにいい時期だ。俺はな、もう生きすぎたよ。
お前は一人で大変かもしれないが、マアそのうち同じようなやつが来てくれるだろうよ」

そらから星が落ちてくる。
地殻が変動するのもそう遠くはないのだろう。


エーテルの風は、最後に灯っていたおじきの命の火を消して、ふいと彼方へ旅立っていった。

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