プロローグ
私が嫌う記憶は、神社の本殿で行われたあのいまいましい儀式だ。
修験者が、耳が痛くなるようなお経を唱えている。六角の黒漆塗りの頭襟をつけ、法衣である鈴懸を着ていた。手に持った錫杖が金切り声を上げる。たまに吹く法螺の音で鼓膜が破れそうだった。
修験者の後ろでは、村人たちが手を合わせ祈っている。なんという無知なのか。病から救ってあげたのに、《妖怪》ということだけでこの男の口車に乗せられている。
雲形台に置かれた神鏡の下。折敷にある水玉、高杯の上。中間に口の細長い壷がある。
壷の中に私はいる。
「いやだぁぁぁぁっ!」
たまらず叫ぶ。
声に驚いた村人たちが恐れてあとずさった。
小さな壷の口から出た、白く細い腕を花の天井画に向かってのばす。
「あたし! 何もしてないのに! どうして封印されなきゃならないのよ!」
村人たちに向かって訴える。
あなたたちの中にいるはずだ。
親や子供の病が治らず、救ってくれと申し訳なさそうに頼んできた者が。
なのにどうして目をそらす? こちらを見ない? 恩を仇で返すのか?
「黙れもののけめ!」
修験者が立ち上がり、人さし指と中指をのばし、ほかの指を丸めた。九字法だ。
「臨・兵・闘・者……」
空中で線を引き始める。横、縦、横、縦……。
「いやだ! ここから出して! 出してよぉぉぉっ!」
「列・在・前!」
術が完成したと同時に、壷にふたがされたように、世界が闇に包まれた。
――これが、私がこの世に産み落とされた始まりから終わりまでの中で、もっとも嫌う記憶だ。