ユメコはイラストを描くのが好きだ。
イラストを描いて、ユメコの理想の世界を妄想するのが好きだ。
ユメコはまだ彼氏が出来たことがない。
少々理想が高いせいか、身近な男性が目に入らないのだ。
ユメコの通う高校で人気のある男子生徒にも興味が湧かない。
それでも人並みに恋をしたい気持ちはあるので、クラスメイトから恋愛話を聞いては、自分に置き換えて妄想で恋愛を楽しんでいる。
ユメコはある日、理想の男性をイラストで描いてみることにした。
形にすることで、妄想もより楽しくなるだろうと思ったのだ。
ユメコはまっさらな自由帳を開くと、シャーペンを手に取った。
「設定設定っと」
まずは箇条書きで、ユメコの理想を書き出す。
・イケメン(顔薄め?)
・身長高い(180くらい?)、細マッチョ
・運動神経が良い
・趣味はパソコン、絵を描くこと、読書、映画鑑賞
・性格は硬派で、なかなか女性になびかない
・実は結構喧嘩が強い(地元の高校の不良はだいたい倒してる)
・少し陰がある
「名前は何にしよっかなー」
漫画や雑誌をパラパラとめくり、好きなキャラや芸能人を参考にした。
さらに思いついた設定を書き加える。
・名前、早乙女聖哉(サオトメセイヤ)
・高校生、サッカー部
・父親が社長、母は元モデル
・実は妾の子、跡取りの為に引き取られた(陰があるのはこのせい)
・産みの母親は極道の娘(喧嘩が強いのはこのせい)
「設定はこんなもんかな」
続いて、人物を描き始める。
清潔感のある短い黒髪。
目はキリリとつり目。
鼻筋は高く、唇は薄く。
太めの首筋で、服装は…。
首のラインを何度もなぞって、手が止まった。
服装?
「男の人って、何着てるの?」
ユメコが普段目にするのは、クラスメイトか父親くらい。
外には沢山の男性が歩いているが、服装なんていちいち気にしていない。
「お父さんを参考にはできないなあ。とりあえず、制服でいっか」
ユメコはワイシャツのえり元を描いた。
設定と顔のイメージが出来上がったので、その日は満足した。
その夜、ユメコは夢を見た。
夢の中で、ユメコの描いた男性が出て来た。
「わー!聖哉ね!?夢の中で会えるなんて嬉しい!」
ユメコが呼びかけると、聖哉は不愉快そうな表情をした。
「キミが、オレを作ったのか」
「そう、そうよ。私はユメコ。頑張ってアナタを作ったの!」
ユメコが思っていたより、聖哉の反応は素っ気ない。
「何?怒ってるの?何か不満でもあるの?」
「アリアリだよユメコ。オレは肩から上しかない。これじゃ何も出来ない。設定にあるサッカーも出来ない」
「あっ…」
「ユメコ。オレを作ってくれたのは嬉しいけど、まずは全身を描いてくれ。オレが好きに動け回れるよう、足の先まで描いてくれ」
そこでユメコは目が覚めた。
ユメコは、聖哉に言われた通り、全身を描くことにした。
自由帳を開き、前日描いた顔の下に続けようとするが。
「スペースが足りないわ」
ページの下の方に描いたので、肩から下を描ける余裕がない。
ユメコはページをめくり、改めて聖哉を描き始めた。
清潔感のある短髪。
全体的にキリッとした薄い顔。
筋肉質で、足はやや長め。
服装は、前と同じで制服にした。
全身を描けたことで、ユメコは満足した。
その夜、ユメコは夢を見た。
夢の中に、また聖哉が出て来た。
「聖哉!わたし全身描いたよ!どう?なかなかでしょう?」
「ありがとうユメコ。これで自由に動き回れる…と言いたいところだけど」
「え?何?まだ何か不満?」
「少し下がって、オレの全身を見てくれないか」
ユメコは数歩下がって、聖哉の全身を改めて確認した。
「あれ、腕が短い?」
「左腕はな。右腕は長過ぎる」
「足は…ちょっと、細かったかな」
「ちょっとじゃなくて、かなり細い。これじゃ立ってるだけでも骨折しそうだ」
「え、そう?」
「肩幅から見たら細過ぎるだろう。オレはサッカーやってる設定なんだし。あとな気付いてないから言うけど」
「え、なに?」
「オレの手、両方とも左手になってる」
「ヤダ!手を描くときに、左手を参考にしたから!?」
「頼むよユメコ、オレは設定通り思いっきりサッカーをしたい。頑丈なバランスの良い体にしてくれ」
そこでユメコは目が覚めた。
ユメコは再び聖哉を描き直した。
腕の長さを揃え、両手を左右描き分け、足の太さも調節した。
前回は何も見ないで描いたが、今回は雑誌などを資料にして描いた。
そのお陰で、聖哉には指摘されなかったが、ワイシャツのボタンを左右逆に描いてることに気がついた。
服装に気が向いたついでに、ベルトや靴、腕時計など細かい部分も描き直しておいた。
「これだけ描けば十分じゃない?わたし頑張った頑張った!」
細部まで描き込めたことで、ユメコは満足した。
その夜、ユメコは夢を見た。
夢の中に、また聖哉が出て来た。
「ユメコ、ありがとう。ユメコが頑張ってくれたお陰で、オレは思う存分走り回ることが出来た」
「本当!?もう、おかしな所はない!?」
「ああ。体は大丈夫だ。服もちょっとだけオシャレになった気がするし。ただ…」
「え、今度は何?」
聖哉の態度を見て、ユメコは嫌な予感がした。
「オレの設定なんだけど…オレって運動神経が良くてサッカー部なんだよね?でも趣味はパソコン、絵を描くこと、読書、映画鑑賞」
「何かヘン?趣味なんだから、おかしくないでしょ?」
ユメコが言い返しても、聖哉の態度は変わらない。
「読書や映画鑑賞は良いよ。たまの休みにやっててもおかしくない。けどパソコンと絵を描くことは、オレに合わない気がする。サッカー部に入ってるんだから、その時間は部活に当ててる方が自然だな」
「えぇー」
「もともとそれってユメコの趣味だろ?オレはオレ、ユメコはユメコ。オレの個性を尊重してくれないか」
聖哉が困った表情でユメコを見つめる。
ユメコはさすがに断れない。
「ちぇー、判った…」
「ありがとう!あとな、まだあるんだけど」
「えっ!?まだあるの!?」
パッと表情を輝かせる聖哉に反して、ユメコは表情をひきつらせた。
「オレの設定の、結構強いのところ。あれ、あんなに強くなくて良いと思う」
「そんなに強かった?」
「地元の高校の不良はだいたい倒してる。これはやり過ぎた」
「でもこれくらい強くないとつまんないじゃん!」
「強過ぎても面白くないと思うけど。それに部活やってるから揉め事は避けたい。喧嘩しまくってたら試合に出してもらえないし、最悪退部だ」
「えぇー」
ユメコは唇を尖らせた。
「それから、産みの母親は極道の娘(喧嘩が強いのはこのせい)。これ、要らない」
「えっ!なんでなんで!」
「やり過ぎだろ、こんな個性出さなくて良い。妾の子ってだけで十分だ」
「それじゃつまんないじゃん!」
「じゃあ聞くけど、ユメコはこれの何が面白いの?この設定で、オレに何をさせたいの?設定だけこんなに個性を出しても、話が面白くなければ、何の意味もないと思う。オレが硬派だからかな?設定はほどほどに、話で面白くしよう、そう思うんだ」
そこでユメコは目が覚めた。
ユメコは聖哉の発言を思い出した。
「設定はほどほどに、話で面白く」
もともとは、ユメコの妄想デートの相手役として作り出した存在だ。
デートをするだけなら、そんなに凝らなくても良かったのかもしれない。
「でも不良に絡まれたところを助けられたいしなー。極道だってなんか格好いいし。一緒に絵も描きたいし」
ユメコの脳内に、夢の中で見た、聖哉の困った表情が浮かぶ。
「頼むよ、ユメコ。オレの個性を尊重してくれ」
「うーん、あんなカオされたら聞かないわけにいかないじゃん!」
ユメコは余計な設定を消した。
その夜、ユメコは夢を見た。
夢の中に、もはやいつも通りに聖哉が出て来た。
「ユメコ、ありがとう。ユメコが頑張って描いてくれたおかげで、オレは何不自由なく動ける人間になれたよ。設定もムダがなくて、生きやすくなった」
「本当?頑張った甲斐があった!これでやっとデートできるね!」
パッと表情を輝かせるユメコに反して、聖哉は表情を曇らせた。
「何言ってるんだユメコ。オレはサッカーに夢中で、デートする暇なんてない。そもそも簡単に女になびかない。そう決めたのは、ユメコだろ」
ユメコは予想もしなかった聖哉の態度に、ガツンと頭を殴られたような気がした。
「ハァッ!?何言ってるのよ!聖哉は私の妄想デートの相手をするの!そのために一生懸命描いたの!」
「ユメコ、それ自分で言ってて恥ずかしくないか?オレは2次元、ユメコは3次元。文字通り、次元が違うんだ。悪いけど、オレのことは諦めてくれ」
「何よ!好き勝手言って!アンタなんてビリビリに破いてやる!」
ユメコが飛びかかるより早く、聖哉は身を翻した。
「怒るなよユメコ!ユメコはオレにとって大事な生みの親だ!親なら子の旅立ちを見守ってくれ!じゃあな!」
聖哉はそのまま一直線に走りだした。
聖哉の走った後に、土煙の代わりに星がキラキラと舞い上がった。
「聖哉!どこ行くのよ!待ちなさいよ!バカー!!」
聖哉の姿が見えなくなった時、キラーンとひときわ大きな星が瞬いた。
そこでユメコは目が覚めた。
ユメコは起きてすぐ、自由帳を開いた。
そこに描かれていたはずの聖哉の姿はなく、どこをめくってもまっさらなページが続いていた。
完
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