両成敗

とある商人は指を売っていた、恐らく小指に値するほどの細長さでそれも女性の物だろう。
指を見つめていたところ承認がにやっと笑いこちらを見続ける。
「お兄さん、その指に興味をお持ちで?」
「いえ、全く興味はありません」
指など興味はさらさらなく、妻に頼まれた大根を早く買い帰りたかった、この商人と話しているととても厄介な事になりそうだ。
「ねえねえ、お兄さん、その指誰の指かは気になりませんかね?」
「貴様、いくらなんでもそれ以上いうと町奉行(江戸時代の警察)を呼び寄せるぞ!」
怒りに狂い、家族から怖がられていた鬼の形相で相手を威嚇した。
「ああ…もしかしてお兄さん武士の方ですか?」
「いや、私は農家の者だ」
商人の男はケラケラと下を向き笑っていた。
「農民が偉そうにしやがって!てめえそこを動くんじゃねえぞ!」
街中に響くくらいの大きさで怒鳴った商人だったが、周りには不思議なくらい人がいなかった、まるでこの商人を人が避けてるような不気味さがあった。
「殺してやる…殺してやる…」
右手には握りこぶしの大きさくらいの金づちを持っていた、大根には商人が垂らしたよだれがかかっている、ここで買わなくてよかったと安堵した。
「しねえ!」
「愚か者め!」
金づちの一撃を避け、彼のみぞおちに力いっぱい拳を突き出した、彼は唸るような痛さを堪え床に倒れこんだ。
「私は失礼する、今回の事は町奉行には内密にしてやろう、しかしまたこの町で暴れるようならば私も容赦せん」
「ぐうううう…ぐうううう…」
力いっぱい声を殺していたが耐え切れず町に響く大きさで唸っていた、商人はしばらくの間床にうずくまっていた。

次の日、私は昨日の商人が気になり、町まで様子を見に行くことにした。
町まで着くと、目にしたのは大勢で囲まれている店の姿だった、昨日の商人がいた店だ。どうしたのか、と尋ねると床に倒れこんだ商人の方を指さした。
皆床に這いつくばっている町人を心配し、駆け寄っていたのだ。
観衆の中に入ると、案の定倒れていたのは昨日の商人だ、昨日からずっと倒れこんでいたのだろうか。
「こいつだ…こいつがわしをやったんだ…」
気絶してるかのように這いつくばっていた商人は私が来たのにすぐに気づき、大勢の前でこちらに指をさした。観衆がこちらを見始める前に、「何を馬鹿な事を、私があなたを見たのは初めてです。」
咄嗟に思いついた言い訳に自分でも驚愕した、観衆達は皆ざわつき始めている。
こちらへ向いていた商人の手は地面へと着いた、パッチリと見開いていた目も静かに閉じている。
「おじじ!」
観衆の中から出てきたのは十代の子供だった、彼とは血縁関係にあるのだろう、気の毒に。
「お前だな…おじじを殺したのは…」
「私じゃない、彼は老人だ、ボケていたんだろう、人違いだ」
「黙れ!黙れ!黙れ!」
少年は懐からナイフを取り出し、こちらの胸へ目掛けてナイフを突き出した。
咄嗟に右に体をずらし、握り拳をみぞおちに突き出した、しかしギリギリの所で迷ったのか、拳はみぞおちではなく腹の方に当たっていた。
「ぐううううう…」
少年は地面にうずくまりながら唸っている、体にはたくさんの砂利がついてたいた。
「あまり大人をからかうんじゃない、君のおじいさんは病気で死んだのだろう」そう言い残した後、さっそうとその場を去った、まさか私が人殺しをする事になるとは…この事は妻に内緒でいよう。

家に帰ると家の中には米の匂いが漂っていた、妻は味噌汁をすすった後、こちらを向き、お帰りなさいと言ってきた。
「ああ、ただいま。すまないな、今日も大根は売り切れていた。」
「いいのよ、それより夕飯、もう出来たわよ」
妻の作る味噌汁と米は最高の出来だった、地元で顔が広い私は他所の家でご飯を食べるが妻の料理に比べると大した事がない物ばかりだった。
夕飯を食べた後ぐったりと地面に倒れこみ、就寝していた。
起きたのは朝の八時だ。

布団から目が覚めると周りには妻の姿がなかった、朝早く農家の方へ出向いているのだろう、しっかりした妻だからありえる話だった。
台所を見ると朝飯が作られていない、普段なら作られているはずだが…。
歯を磨き、靴を履いて、外に出ると驚愕の光景が目に浮かんだ。
包丁が刺された妻が玄関で倒れていたのだ。血痕は土に染み込まれ、妻の身体はかなり冷えていた。犯人はあらかた目星がついている。

急ぎ足で向かったのは昨日商人が倒れこんでいたあの店だった、商人の代わりに商品を売り込んでいたのは昨日の少年だ、しかし二日前と同じでその店には客どころか、周りにすら人はいなかった。
「来たか」
椅子に座っていた少年は店の中をぐるっと周り、外に出る。
「一つ君に話しておきたいことがある、君のおじいさんを殺したのは私だ」
「知っている、だからお前の妻を殺した」
少年の目は曇っていた、そして少し微笑んでいた、一人の女を殺した恐怖を快感へと無理やり変えるように。
「俺を殺したいか?」
「いや」
咄嗟に質問に答えた。
「私は君の大事な人を殺し、君は私の大事な人を殺した、両成敗だ。」
「両成敗?」
唾をゴクリと飲んだ、「そうだ、両成敗だ。お互いに非があった、これで五分五分の関係になったわけだ」
「五分五分な訳あるか!」
少年は怒鳴り声で町内に響き渡るように叫んだ。
「お前からこれはやったんだ、お前が殺さなければこんな事には…」
「だが私はわざとやった訳じゃない、君はわざとやった、これでお互い様だ」
「違う…くそ、お前が悪いんだ、お前が悪いんだ…」
少年は地面にしゃがみこみ、涙を流していた。私も気がつかない内に目から涙がポロポロとこぼれている。この涙は少年と同じ涙だ、お互いに同等の罰を与えあった結果の涙なのだ。
涙を拭き少年に背中を向けて家へ帰宅した、涙を流すと同時に心が凄く痛かった。その痛みはじわじわと左胸へと移動しはじめ、気づくと地面へ倒れこんでいた。目はゆっくりと閉じ、凄い睡魔が私を襲った。

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