猟奇的な一発勝負
大勢の観衆の中、グラウンドの中央に立っていたのは元弱小校の野球部エース平永だった。
そして彼のバックには八人のど素人が定位置に立っている、彼らが球場に立たされているのには訳があった。
彼らは皆死刑囚、しかし自称冤罪を謳っている者達でもあった。
そこで監獄の所長は死刑囚にある提案を出す、一発勝負でもし万が一勝てば冤罪を取り消し、釈放してもいいと。
彼らは勿論全員志願、負ければ即死刑という条件も含めて。
ルールは簡単だ、所長が選んだ選手と一打席、一発勝負をし、もしアウトを取る事が出来れば死刑囚の勝ちだ、そしてアウトを取るためなら何をしてもいいという。
「俺は負ける訳にはいかねえぞど素人共…」
そして今回打者に選ばれたこの選手はプロ野球、元タートルズの六番手投手を務めていた赤沢だ。彼がこの勝負を受けたのにはあるきっかけがあった、赤沢は当初六番手投手ではあったが、勿論便利屋でもある良い選手だった。タートルズはただでさえ怪我人が多く、先発が一人欠ける事が頻繁に起きていたが、この赤沢がいた事によってチームはAクラスをキープする事が出来たのだった。
つまり赤沢はタートルズに立派に貢献していたのだ、しかしそれも薬物に手を出すまでの話だが…。赤沢は覚せい剤にはまる毎日、薬物を吸っては負け、薬物を吸っては負け、それを何度も繰り返していた。そしてある日事件は起こる。
いつも通りに薬物を吸った赤沢はハイになる余り、故意にヘルメット目がけて剛速球のストレートを投げてしまう。
勿論レフリーもこれには堪らず、赤沢の野球人生は幕を閉じた。薬物を使ったあげく、選手を殺してしまうなど悪意極まりない事だ。
更には薬物の使用もばれ、彼もまた死刑囚として牢獄に入れられてしまうのだった。
彼の勝負の条件は他の死刑囚と同じ、もし一打席で一塁を踏む事が出来れば死刑は取り消され、釈放される。今死刑囚の運命を賭けた一発勝負が幕を開ける!
っち、何でこうも客が多いと思ったらこいつら全員金持ち共か、どうせ野球にすら興味のないボンボンが生死をかけてるからって理由で集まっただけだろうよ。
確かに俺ら死刑囚一人ににかかる費用は年間三百万以上もかかる…しかし所長さんよ、あんた死刑囚よりたちわりいよ。
俺らを見せ物にしたあげくこんな薄汚れた野球なんかでそれ以上の金を稼ぐなんて、一人一万以上は当然の額ってところか。
「さっさと投げろ、緊張して投げれないか素人が!」
「へいへい…」
平永は手に汗握り帽子を定位置に戻す。
赤沢さんよ、俺はタートルズのファンとしてずっとあんたを見てきた、この牢獄でもな。
だが負けるわけにはいかねえんだ、俺はお前の弱点も全て把握済みなんだよ。
最初は何でいく…いや、迷う事なんてねえ、高校時代の勝利パターンがあったはずだ、あれしかねえ、フォークフォークカーブだ、これで大抵の強打者は仕留めてきた。
後ろに置いてあるロジンバッグを触り、平永はニヤリと微笑んだ。
わりいな赤沢、お前の負けだ。まずお前の意表を突くには、内角低めフォークが一番だ!
投げられた球は力強く音を鳴らし、ミットに収まる。
ミットに収まった位置は明らかに低めのボール球だ。
「しまったこれはボール…って球審いねえじゃねえか!」
スコアボードにはボールと記された、どうやら球審は遠くで見ていてスコアボードが全ての判断基準になるみたいだ。
くそ…今度こそ。
しかし、二球目に投げられた球も外角低めのボール球、三球目は真ん中低めでこれまたボール球だ。
「くっそ!何で入らねえんだ!ピッチング練習の時はあんなに入ったじゃねえか」
「っふん、俺も舐められたもんだ。いくら俺が投手だからといってお前のようなヘボボール打てないと思うなよ」
赤沢は笑みを浮かべながらバッティングフォームを取る。
くそ…生死をかけた勝負なのに笑みなんか浮かべやがって、だがあいつの言ったことはハッタリなんかじゃないはずだ、もし次ゆるゆるのフォークをストライクゾーン目がけて投げたとしたら確実に打たれる。奴はピッチングに関しても自信満々だった、チャンスを逃すような事はしないはずだ。
だとしたらカーブ…いや、カーブは確実に仕留めれるよう隠しておきたい、だとしたらストレート、だめだ俺のストレートは百キロは出る、あの素人の捕手にそれが捕れるとは思えねえ、フォーク球だってギリギリ追いついて捕れるくらいなんだ。
平永の汗は止まらなかった、もし万が一ここでボール球を出せば即死刑が決まる。
くそ、カーブはフォークなんかよりもっと入らねえじゃねえか…。
平永はピッチングフォームに入る、第四球目に投じたのは…。
破れかぶれだ!頼む、振るな、振るな赤沢、そして絶対捕れ、捕手のお前!
ミットは今まで以上に大きい音が鳴る、ど真ん中ストレート、平永もストライクゾーンには入れようと思っていたがまさかど真ん中に入るとは自分でも思っていなかった。
「チャンスを逃したな赤沢」
「スリーボールノーストライクでバットを振る馬鹿がどこにいる」
「その余裕もいつまで続くかな、俺はお前の弱点を知り尽くしてるんだ」
ノーコンだった平永にとって弱点など知り尽くしても、もはや無力だったが、こうして挑発する事で赤沢の冷静さを欠こうとしていた。
スリーボールワンストライク、ここらへんで奴はボールを振ってくるはずだ、迷う必要なんかねえ、とにかくカーブだ、カーブさえ投げればこいつは終わる。
頼むよ神様、俺は冤罪なんだ、ここにいる屑共と違って本当に冤罪なんだよ、俺はここで死ぬ訳にはいかねえんだ、勝たせてくれ、頼む。
赤沢がバッティングフォームを取ると同時に、平永はピッチングフォームを取った。
第五球、ストライクゾーン目がけカーブ球を投げる。
球は自分が想像していたより遥かに曲がり、そして赤沢が最も苦手とする内角低めに入る軌道だ。
打球音が鳴り、地面にワンバウンドした球は平永のグローブ目がけて綺麗に入る。
「ファースト!!!」
ファーストに思い切り投げられたボールはグローブに思い切り跳ね返り、ファールゾーン向かって遠くに離れる。
ああ…しまった…何で俺はこんな馬鹿な事に気づかなかったんだ、俺以外は全員素人なんだ、そりゃああんな勢いよく投げたボールなんて取れる訳ねえ…。
くそ…これで終わりなのか、何か考え出せ、考え出せ、このチャンスを逃せばもう終わりだぞ俺…。
考え出せ、何か手は…そうだ!
平永は脳裏によぎった末ある事に気づいた。
確かルールだ!ルールはアウトにすれば何をやってもいいってルールなはずだ、だったら。
「おいファースト!ボールは追うな、それよりも赤沢とぶつかれ、体と体でだ!全力でぶつかれ!」
ファーストは何の頷きもせず、疑問も感じず勢いよく赤沢目がけて走り、二人の体は勢いよくぶつかり、地面へと飛ばされる。これには赤沢も状況が呑み込めずにいた。
「キャッチャー!なにボサッとしてやがる!今すぐバット持って赤沢をぶん殴れ」
このキャッチャーは少し躊躇して遅れを取ったが、急いでバットを持ち赤沢の元に駆け込む。
「お前らもとっとと来い!全員で赤沢の出塁を止めるんだ!」
外野と内野手全員がぞろぞろと赤沢の元まで集まり、赤沢は集団でリンチにあう。
「すみません、僕目が悪いんで目を失ってしまって…」
野手で最も遅れてきたのは右翼だった、どうやら眼鏡をかけ忘れて試合に臨んだ事が原因だという。
「何やってんだ!てめえ」
「ひぃ…すみません」
首根っこを掴んだところで何の意味もない、とにかく赤沢を動けなくすればいいのだ。
「足を潰せ!足だ足!」
バットを握ったままの捕手は足目がけて思い切りバットを振り降ろした。
直撃した赤沢の足からは骨の折れる音がした、そしてもう一本の足も容赦なくバットを振り降ろす。
「俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ…」
「こいつ残った手で移動してやがる!」
「手だ!手も壊せ、バットを持ってない奴は気絶するまでこいつを蹴り続けろ!」
後少しの処までたどり着いていた赤沢だったが、暴力は止むことなく九人のユニフォームを着た死刑囚達によって続けられた。
「おい、やめろ!こいつはもう気絶してるぞ!」
平永の指示で全員の足が止まった。
「すまないな、赤沢さん。俺はあんたを尊敬してたんだがこれは仕方ない事なんだ、許してくれ」
勿論謝った所で赤沢は一生俺たちを恨むだろう、しかし勝つためには仕方なかったのだ。
「おい、こいつ息してねえぞ!」
赤沢の体を抱えていたのは三塁手の奴だった。
「えー、諸君。大変良いものを見させてもらったご苦労だ」
場内全員に聞こえるほどの拡声器で話していたのは刑務所の所長だ。
「俺たちを出せ!今すぐ釈放しろ!」
平永の声と同時にそーだ!そーだ!という野手全員の声が飛んでくる。
「あー、君たちにかけらていた容疑だが…確かに約束通り消えた。これは間違いない、おめでとう。
あー、でもな、新しい罪が君たちにはまた出来たんだよ」
選手全員が喜び笑顔になる中、所長のラストの言葉で全員が一瞬にして凍り付いた。
それはまるで悪魔のような一言だった。
「集団暴行罪…これより君達を現行犯として捕まえ、死刑を直ちに実行する」