猫のニャンコはよくアオアオと鳴く。
発情してるのかと思ったけど、去勢はしている。
それでもアオアオ、アオン、アオオン、アオオウアオ~と、遠吠えのように鳴く。
ニャンコの遠吠えは、夜中に始まる。
私が仕事を終えて寝室で横になる頃、階下へ降りてアオアオと始めるのだ。
これが結構うるさい。
ここが田舎で一軒家でなかったら、近所迷惑であっただろう。
幸いなことに隣家とは数十メートル離れていて、家との間は畑や川。
日が暮れてしまえば、人なんてそんなに通らない。
ニャンコの遠吠えは、不定期だ。
毎晩必ず鳴くわけではない。
何日も鳴かなかったと思ったら、2日続けて鳴いたりする。
何か条件があるとすれば、天気の悪い、雨の日に鳴いてるような気がする。
ニャンコの遠吠えには一定の流れがある。
アオアオと始まり、
アオン、アオオンと鳴き声が伸び、
アオア、オア~、オアエ~と音が増え、
アオア~ウイエ~、アア~ウイエ~で音程が下がり、終わる。
この後半部分が、聞いてて非常に気持ち悪い。
思いっきり舌っ足らずな人が話してるようだ。
または、テープレコーダーなどで再生速度を落とした時の音声。
録音してちゃんと聞けば、何を言ってるのか理解できるんじゃないかと思う。
それにしても、この極端に音程が下がるのが気持ち悪い。
インターネットで動画を見てると、ゴハンとかママとか、しゃべる猫がたくさん出てくる。
うちのニャンコも何かしゃべっているのではないか。
もしかしたら、私は普段よく替え歌を歌ってるのだが、それを真似してるのかもしれない。
だとしたら、ぜひ動画に撮って公開したいものだ。
ニャンコの遠吠えは、場所が決まっている。
うちは二階建ての小さな一軒家だが、二階に上る階段の真下、照明があたらない暗い一角で鳴くのだ。
階段の下は一畳ほどの小さなスペースで、何もない。
壁に窓が付いているが、防犯のため開かなくなっている。
窓というより、すりガラスをはめ込んでいるだけだ。
窓の向こう側はすぐに垣根があって、垣根の向こう側は川が流れている。
川岸はほぼなく、川はそこそこ流れが急で、深い。
そのため、窓の向こうを人が通ることはなく、動物も滅多に通ることはない。
外の野良猫に反応してニャンコが鳴いてる可能性は、この点から見て低いと言える。
ついでに、ここを防犯する利点も、この点から見て低いと言える。
私としては窓が開かないせいで、換気ができずに困っている。
とは言えこの悪条件おかげで、この家を格安で手に入れられたのだから文句は言えまい。
話が反れた、本題に戻ろう。
ある晩、ニャンコが階下へ降りる音がしたので、私はそっと後をつけた。
階段は降りず、そっとそっと、しかし急いで、ICレコーダーをオンにした。
マイクを階下へ向けて、少しでもよく録音できるように構えると、息を潜める。
ニャンコが気づいて遠吠えを止めないかと心配したが、大丈夫なようだ。
階下から、アオアオと鳴き声が聞こえた。
アオアオ、
アオン、アオオン……
遠吠えが済んだニャンコは、すました顔をして階段を駆け上がってきた。
私はパソコンに向かい、録音したデータを取り込んだ。
音データを編集するソフトを立ち上げ、取り込んだデータを再生してみる。
アオアオ、
アオン、アオオン……
問題なく録れている。
視線を感じて振り向くと、ニャンコが目をまんまるにして私を見ていた。
なんだよ、オマエの声だぞ。
別の場所から自分の声が聞こえてきてビックリしたのだろうか。
ゴメンゴメン。
気兼ねなく何度も聞けるように、私はヘッドフォンをセットした。
繰り返し再生して、音を文字に当ててみる。
アオアオ、
アオン、アオオン、
アオア、オア~、オアエ~、
アオア~ウイエ~、アア~ウイエ~。
アオア、オア~、オアエ~、
アオア~ウイエ~、アア~ウイエ~。
こんな感じか。
こうして何度も聞いてみると、短い部分に意味は無いようだ。
マイクテストの時の、適当な発声に思える。
それより後半の、長い部分。
アオア~ウイエ~、アア~ウイエ~
これをよくよく聞いてみると、
オロアアエ~イエ、アラウエ~イエ
と発音しているように聞こえた。
私はこれを自分で発音してみて、そこに自分なりの解釈を足した。
オロアアエ~イエ、アラウエ~イエ
これは、
オロアア・エ~イエ、アラウ・エ~イエ
と分解される。
さらに、エ~イエは同じ単語だと思われる。
エ~イエってなんだ?
オロアアとアラウってなんだ?
私は腕組みをして考えた。
データをいじってみるか?
少し音をシャープにして、再生速度を上げてみよう。
私は特に気になる後半部分を編集し、再生した。
不自然に硬く、高くなった音声が流れた。
オコアラエテエケ、アラクエテエケ
繰り返し聴いているうち、私はハッとした。
まさか、「出て行け」?
出て行けって、どういうことだ?
どこから「出て行け」? ここから「出て行け」?
……「ここから」!?
次々と単語が思いつき、一連の流れが完成した。
「ここから出て行け、はやく出て行け」
何と言うことだ!
なぜニャンコがそんなことを言うのか。
ニャンコは誰にそんなことを言うのか。
私は普段、出て行けと言うようなことを言わない。
よく歌う替え歌にも、そんなフレーズはない。
ならば、ニャンコはいつどこでそれを聞いたのか。
ゴハンやママほど単純ではない。
一度聞いただけでは真似できないだろうに。
ニャンコが階下へ降りる音がした。
アオアオ、
アオン、アオオン……
ニャンコよどうした、今日はもう鳴いたじゃないか。
何か私に言いたいことでもあるのか。
溜息を付く私をよそに、ニャンコの遠吠えが始まる。
完
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