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件の女の子に謝罪をした後、図書館の自動ドアをくぐった。
人通りのまばらな歩道から西の空に視線をやると、太陽は見えなくなっていた。残るのは炎のような残照だけである。
心静める陽光を見、七十年代の名曲に思いを馳せていると、部長がおもむろに言った。
「召使いがほしい……」
よーし。どうしよっかなー、このバカ。一時間くらい無視してやろうか。そしたら多少はおとなしくなるかもしれない。
部長はポンッ! と手を叩いて振り返ったかと思うと、
「あ、もういたわ一匹」
プッチン☆
「匹とか言うなッ!」
野放図に相好を崩した部長に堪らず叫んだ。
こ、こいつ……。人のこと家畜呼ばわりか。それとも卑しい奴って言いたいわけか? 俺が紳士じゃなかったら胸倉つかまれててもおかしくないぞ。……まあいい。いいからとにかく……こっち見んな。
「ということで、付いてきてくれ」
言うが早いか諾否も問わず歩き出す。
何がということでなのかさっぱりだが、もしかすると部長は、また一人部員を増やす気でいるのかもしれない。それはもうあれだ。被害者にはご愁傷様と言う他ない。
ありがとう。
※
ただ横行しているだけなのでは……。そんな疑問を胸に歩んで着いたところはと言うと。
ペットショップでした。
ああそう。そういうこと。俺は犬や猫と変わらないと。そう言いたいわけですねおどれは。
学校から一番近い商店街にあったその店は、小じんまりした大きさで、看板にはこう書かれていた。
――ペットショップ モモ&ココ――
モモの文字の上には猫の、ココの文字の上には犬のシルエットが描かれていて、モモとココはモモとココの上に乗っかっている。
……も、モコモコ?
なんて考えていたら、ふてぶてしさの権化が力を発揮した。
「さ、仲間を探しに行くぞ?」
輝くような笑みを湛えてこちらを向く。
「……仲間って言うな」
さっきから畜生畜生ってこん畜生め。
俺の静かなる怒りを聞いてか聞かずか、一人自動ドアをくぐる権化。それに続いて入店する。
すると、店内は外と一線を画する様相だった。
言うなればそれは、ペットワールド。ペットの、ペットによる、ペットのための世界。まさしくそれが形成されていたのである。
普段目にすることのない空間に呆然とし、半分思考を停止したような状態で視線を動かしていった。
子犬や子猫が入れられたショーケースがずらりと並べられ、ペット用品を囲むように配置されている。
犬のスペースでは……。赤・緑・紫・黄色に袋が彩られたドッグフード。ササミや骨のおやつ。シンプルなものや派手なもの、かわいらしいものまである水入れ・餌入れ。蛍光色に光る首輪・ハーネス・リード・名札やタグ。おもちゃは投げるもの・光るもの・噛むもの・音の出るもの。お出かけ用のキャリーバッグ。大小様々な小屋・ケージに、ベッド・ソファ・ブランケット。加えてTシャツ・帽子・レインコート・靴類・リュック。トイレシートなどの衛生用品。ブラシ・くし・バリカン・トリミング用品・爪切り・シャンプー・リンス。
猫のスペースでは犬と似ているものもあるが……。おもちゃはまたたび・猫じゃらしを模したもの、魚・ねずみに似せたぬいぐるみ。先についた羽のようなもので猫を釣り上げる竿。ノミ・ダニ予防の医薬品。ちょっとした城かと見紛いそうなキャットタワー。トイレ本体と猫砂。
多数多量、大量厖大、とでも言えばいいのか。一言で表すなら……そう、盛りだくさん。「当店は他店にない品揃えの豊富さを売りとしております、はい」ってな感じだ。
それらを見てふと思う。
にしても犬と猫って……人と変わらないじゃん。犬猫は動物の中でも上流階級なのかな。……あれだな、コーヒーと似てるわ、犬と猫。
人と獣の共存、その形の一つを思い、植物との類似点を見つけ、面白みに感慨深い気持ちとなった。
「いらっしゃいませー」
ミディアムのお姉さんがカウンターから挨拶してきた。青眼の目付きで(ブルーアイズじゃないよ)。
お姉さんはいろいろとミディアムで、しかも店と客をつなぐミディアム(媒体)でもある。あんまりミディアムミディアムしてるせいで、あだ名はメディアさんにしよう、なんて思ってしまったくらい。(……二十一。間違いない)
「いらっしゃい、みーちゃん。また来たね」
いわゆるスマイル0円とは毛色が違う、親しみのこもった表情を向けるお姉さん。またか。またこのパターンか。もう慣れてきたぞ。この予定調和。
「はい、一日一回はここに来ないとやってられ落ち着きませんから」
言い直したよね? 今絶対言い直したよね? やってられないとか言いそうになっただろ。
「ふふ、ここの子たちも嬉しいって」
部長の急カーブを物ともせず、微笑みを絶やさないお姉さん。さすが王女。
確かに部長が入店した途端、ショーケースの中の犬やら猫やらが賑々しくなった。今でも四方八方のにゃんことわんこが、壁ドンを繰り返している。……壁ドンじゃねえな、ショルダータックルだな。
ひっきりなしにぴょんこらぴょんこらするさまはまさに大騒ぎで、この現象を名付けるとしたら、わんにゃん狂想曲、もしくはわんにゃん狂騒曲が妥当なのではないかと思う。ちなみにわんにゃんラプソディーだと語感はいいが間違いで、この場合はわんにゃんカプリッチョが正解(ラプソディーは狂詩曲だから)。多分、甘噛みされまくることを表現した曲なんだろうなあ。カプッ、キュン。
「嬉しさなら、私の方が数段上です」
とりとめのない思考に没頭していたら、例に違わず意地を張りだした。昂然と腕を組み、得々たるご様子である。
なんでこの人は店員に対抗したがるのか、と疑念を抱いて行動パターンを読んでいると、
「そんなことないよ。みんなみーちゃんのこと、うずうずしながら待ってるんだから」
なぜか乗ってくるお姉さん。王女はどこ行った。王女は。
にしてもそこまで懐いてんのか。どんだけ通ってんだこの人。
「それでも私には敵わないと思います。なにせ私は夢の中にまで出てくるくらいですから」
ふふん、と胸を張る。なぜそこで自慢気なのかがわからない。
ははあ、つまり部長の頭の中がわんにゃんカプリッチョということですね。毎日ベッドの中で毛むくじゃらに囲まれて、モフモフモフモフモフモフ……。幸せな人だなあ。
「まあいいよ。それは実際にやってみればわかることだしね」
てな感じで好戦的なメディア様。今度は何が始まるんだろう。わんにゃん大戦争でも起こす気?
脳内で戯〈おど〉けてばかりいると、メディア様がこちらに視線を移してきた。そしてまた部長に戻し、
「ねえねえ、さっきから気になってたんだけど、この人ってみーちゃんの彼氏?」
降って湧いたような疑問を投げかけてきた。
おおっと。なかなかの直球で来ましたねお姉さん。そういう、大胆な女性も好きですよ? とジゴロぶることはできず、「はにゃ!?」とキョドってしまう。心の中で。
部長は少し眉根を寄せてから、まあそんなところかな、とでも言うように、
「そうですね……。犬未満、彼氏未満といったところです」
「おおいッ!」
それ未満しかないぞ! 犬ですらないってことか! さっきと話違うぞ!
俺が反駁しかけると。
「あ、やっぱりー?」
やっぱり!? やっぱりってなんだこら!? 年上だろうと容赦しねえぞ! いいんだな? 俺を挑発して! どうなってもしらねえぞっ! ……う、うっ、うっ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁん!
心内〈こころうち〉でしばらく泣いた。
……う、うっ、ぐすっ。泣いていても仕方ない。打ちひしがれてるだけじゃ、世界は変わらないんだ。変えるためには、自分が変わらないと。
空気を知らない部長に期待はせず、自分から動くことにした。
「はぁ。俺、新入部員なんです」
はぁ。俺、練乳プリンなんです。……うん、練乳プリン。ほら、甘いでしょ? すごく。こんな部活に入っちゃって、ホント考えが甘いなーって。そう思ったの……。も、り、○がー。
「へえ、そうなんだ。良かったね」
お姉さんは部長を見て朗らかに笑った。
それに対し部長は、今まで見たことのないような顔でにっこりする。
「良かったな、志津摩君」
「なんで俺のこと見てんですか。部長のことでしょうに」
そんな、私も嬉しいよ、みたいに言われてもリアクションに困るわ。
「ふふふ。いい子で良かったじゃない」
くすくす笑ったあと、部長に向けて言う。
どこか照れくさそうに部長は破顔して。
「ええ。良かったです……」
それを見て、ほんのりとあたたかい気持ちになった。
そっか。部長、俺が入部したこと良かったって思ってくれてるんだ。まあ、廃部を免れる事ができたんだから、多少は感謝されてるだろうと思ってたけど、こうやって誰かの目の前で言われると、感慨深いっていうか、ちょっと恥ずかし――
「いい子でいられて」
なんでやねーん。
「それじゃさっきと逆でしょうが! いい子は俺のことですよ!」
あべこべだよ! とんちんかんだよ! ほめられてねえよ!
と指摘したら急に軽蔑するように白眼視し、
「うわー。自分で自分をいい子とか……どんだけナルだし……。キモー……」
突然現れたギャルを前に、俺はこう言う他なかった。
え、え、えー……。
※
「触ってもいいよ?」
艶のある声で誘ってくるお姉さん。
俺は期待を隠さずに訊く。
「いいんですか?」
「うん」
ぐふふふふふ、この店、おさわりオッケーだってよ。よっしゃあああ、さわさわしまくるぜえええ。
「抱っこもオーケー」
え。抱っこ? いや、そんなことしても大して嬉しくないんですが。普通そこは、さらに激しい段階に進むんじゃないの? 例えば、あんなことやこんなことやそんなこととかに。
と思春期真っ盛りの妄想はこのくらいにして、現実を生きよう。強かにね。
子猫が五匹、目の前のケージに入れられている。つぶらな瞳。やわらかい体毛。片手で持ち上げられそうな体。見上げる姿はまさにいじらしさと愛らしさのかたまりだ。みーとかみゃーとか鳴いているのを聞くと虜になってしまうこと請け合いで、現に、世界中の人間がその愛らしさに魅了され続けているのだから頭が下がる。
本当に、頭が下がっていた。ケージの側にいる人を見て。
「デュフフフフフフフ。ういのう、ういのう……」
これはどうなんですかね。虜って言うより眩惑〈げんわく〉の域な気がするんですが。いやどこがって血走った目が。ケージの中に腕を入れて、「オフフフフフフフッ、そんなにわらわが好きかえ? そうかそうか!」なんて言いながらよじ上らせようとしてる辺りも。
俺は鉄球の頭をふんぬと上げて質問を投げかけた。
「抱かないんですか?」
あなたの子どもでしょう? と続きそうなセリフ。でもそう言うと、「何を言っているんだ君は。とち狂ったのか?」と素の表情で返されそうなのでやめておく。ともかく、そこまで好きならいつも抱いているはずだ。我が子のように。
「そうだな。ではでは……」
そう言って、部長はケージの中の子猫に手を伸ばした。
だが。
「みゃー!」
飛んできた。子猫が全て。しかも顔面に。
自分から近づこうとしていた部長はそれを避けることができず。
「おぶぶぶっ!」
激突。
にゃんこ全員のユニゾンアタックにより、部長は大きな音を立てて倒れた。
ぶちょうをたおした。トラたちは299315けいけんちもらった。てれれれてってってーん。トラはレベルアップした。レベル2になった。ハナはレベルアップした。レベル8になった。クウはレベルアップしかけたけどだるかったのでやめた。レベル1になった。コテツはレベルアップした。レベル5になった。漱石はレベルアップした。レベル56280になった。え。
「あははははは」
お姉さんはけらけら笑っている。
飛び出した猫は部長に群がっていて、顔をつついたりたたいたりしている。頬をすり寄せているものもいれば、目の上に乗っかっているものもいる。
「ドゥフフフフフッ。もふもふや、もふもふのオンパレードやあ……」
表情はよく見えないが、口元からとても満ち足りているのだけはわかる。わかるけど……みっともなさすぎだろ。
「何やってんですか……」
あまりの見苦しさに目を閉じたくなってくる。これで部長だって言うんだから、おかしくて窒息してしまうよね。
「いつもこうなるんだよね」
しょうがないなあという顔で、でもどこか楽しそうに、子猫を抱き上げケージに戻していく。
「そうなんですか……」
苦笑しつつ答え、思考を巡らした。
もしやここにいるわんこやにゃんこは、部長をストレスのはけ口にしているのでは……。そうは言っても、部長が彼らに癒やしをもらい、心の糧としていることは疑うべくもない。なら、そこには相互扶助の関係が成立しているということだ。つまり……。昼ドラみたいにドロドロの関係ということですね、わかります。
身も蓋もない結論に至っていたら、もふもふパーティの主催者がむくっと起きた。
立ち上がり、制服をはたいて清々しい顔になる。
「ふ、弟子たちもやるようになった。だがあと一歩が足りんな」
どっかのカッシュさんを見守るマスターのようにドヤァする。
「いや、負けてましたよね? ほぼ一方的に」
にゃんこ師匠されるがままでした。
そう言うと、腰に手を当て、
「わかってないな君は。あの状態こそが、私の勝ちなんだぞ?」
ヘリクツきたー。ほんとああ言えばこう言うなこの人。
俺は仕方なく納得し、
「はいはいそうですね。確かにあれは、部長にとっては勝ちかもしれませんね」
癒やされるためにここへ来ているなら、あの状態はまさに快勝だろう。でもわかってんのかな? とんだ冷やかしだってこと。詳しい事情は知らないけどさ。
「じゃあ引き分けね」
とお姉さん。
「いや、負けるが勝ちと言いますから」
と部長。
「もういいですから部長」
と俺。
勝ち負けとかもういいから。お姉さんも忙しいんだから。そう思って言うと、
「それはいやなの!」
意味不明なタイミングでプイッ、された。
俺は並一通りでなく困惑し、一瞬固まってから、
「いや、黙れって言ってないんですけど……」
苦笑を浮かべる。
すると部長はハッとして、
「あ、間違えた。ごめん……」
急に謝られた。やっちゃった、という顔で。
俺は急激に小さくなっていく部長に混乱してわけがわからなくなり、
「ま、間違えた……? あ、ああ。まあ、間違えることは誰にでもありますから……」
突然のしおらしさに動揺を隠せない。だが、この程度で思考が停止するほどやわではない。俺は冷静沈着、臨機応変をモットーとする、大人な高校生紳士なのだ。例え相手が変人であろうと、感情に支配されることなどあってはならない。あってはらないらないのだ。絶対に。天地神明に誓って。
「とりあえず私の勝ちという事でい」
「だまれえええええええええええええええええい!」
※
「おお……!」
「どうだ。感想は?」
俺は部長に勧められてにゃんこを抱っこしています。その、なんて言えばいいか……かわゆいです。
「かわいいですね」
としか言いようがない。しかしそれだけでは言い表せないこの愛くるしさ。無邪気な愛らしさ? 純真無垢な愛嬌がある? 俺の語彙力では到底表現できない。その可愛さはまさに目に入れても痛くなイタタタタタタタ! そんな爪立てんなって! 赤くなってる! 赤くなってるから!
と焦っている俺をよそに部長は、
「一家に一台は欲しくなるだろう?」
外国人が出てる通販番組で言いそうなセリフ。
「家電製品じゃないんですから……」
まあ、欲しくなるのはわかるけど。だって、こんだけかわいかったらなあ。ひょっとすると、人間より人おとすのうまいって言えないだろうか。
それはさておきお嬢さん、ほっぺスリスリしてもよろしイタイイタイイタイイタイ! 刺さってる! 刺さってるからそれ! ガリって! ガリってほら!
軽い流血沙汰に見舞われていると、出血大サービスの通販番組が始まった。
「今から三十分以内にお電話いただいた方のみ! 三千九百八十円! 三千九百八十円にてご提供させていただきまーす!」
夢のジャパネットにゃにゃにゃ~♪ ってこらこら。
「やめなさい」
解脱できそうな心境をもって戒めた。
にしても安っ! サンキュッパかお前。
「にゃあー」
違うって。「アタシ、そんにゃ安い女じゃにゃい」だって。
「さらにさらに! 三十分以内にご注文いただいたお客様にはもう一点! もふもふクリーナーをお付けいたしまーす!」
ばんざいだにゃー。っておいおい。
「やめんかこら」
会話の堂々巡りに、一家の大黒柱波○の如き威厳を以って窘めた。
変な商品名付けて抱き上げんな。そいつは漱石なんだぞ。
「みゃあー」
ほらみろ。「私、恋も仕事も一番じゃにゃいと満足できにゃいの」って言ってるじゃないか。子供扱いされるのがいやなんだよこいつらは。にしてもませてんなーお前ら。(……あれ? お前女の子だったの? じゃあ名前はナツメってことでいいかしら? オーケー?)
腕が疲れてきたのでにゃんこを下ろし、同じようにしていた部長へ切り出した。
「そういえば、部室で自己紹介するとか言っておきながらできてませんね」
穴があったら、いや、むしろ自分で穴掘って飛び込みたい痴態のせいでうやむやになっていたのを思い出した。誰のせいで誰のせいで誰のせいで俺のせいだ。
「そうだな」
腕を組んで頷く。
「じゃあ、部長からどうぞ」
あの時は俺も譲れなかったが、今は違う。ゆずりあい宇宙の精神で相対することができる。
だが部長は。
「いや、君からでいい」
なん……だと……。どういう風の吹き回しだ。暴風? 暴風雨が来るの? パーフェク○ストーム? それか今までが嵐で、ようやく落ち着いた天候になりかけてるとか?
「そ、そうですか。じゃあ……」
と拳を口の前にやって喉を鳴らそうとしたら、
「名前は志津摩禎生。趣味は読書で、主に純愛に見せかけた淫靡・猥褻な小説を好む」
質の悪いインターセプト。
「ちょっ! やめてくださいよ! 他のお客さんに聞こえるじゃないですか!」
キョロキョロしながらデマを中止させようとする。
見せかけてないから! これっぽっちも! 純粋に純粋なラブストーリーだから!
「じゃあエロエロ?」
と、無心に遊ぶ子供のようにはっきりと訊いてくるが、
「しー! しー!」
その単語はだめだって! さっきより断然聞き取りやすいから! ね! ね!
必死にダムの決壊をせき止めようとしていると、洪水は立ち所に収まり、
「じゃあ、私の番だな」
何食わぬ顔で言う。
人のセリフ取っといてじゃあじゃねえよじゃあじゃ。……普通だと? じゃあじゃあ、行きつけの店に入って、ジャージャー麺食ってるジャー・○ャー・ビンクスに遭遇したところを思い浮かべてみろよ。……ほらな、ありえないだろ?
かと言って、さっきのネタを引っ張られると俺の社会的地位が危ぶまれる。ここは部長の意志に適う方が賢明だろう。
「じゃ、じゃあどうぞ……」
自分から言い出すとは思っていなかったので、ちょっと不気味だ。
と考えていたら姿勢を正し、喉を軽く鳴らす。そして。
「私の名前は部長です」
「おい」
真面目にやれ真面目に。さっきのタメが台無しだろうが。
「趣味は――」
「苗字と名前を言え」
ったくこの人は。自己紹介もまともにできんのか。これだから最近の若いもんはこれだから最近の若いもんはって言われるんだよ。これだから最近の若いもんは。
部長は選手宣誓のような勢いで、
「苗字はこざとへんで、名前ははらいです!」
「はらい!? こざとへん!? 他の部分はどこやった!?」
俺は叫びながら、ほとほと嫌になった。
もうムリ! 俺には、この人を、制御することはできません! お手上げララバ○です! 行動の意味わからないし、言ってることチンプンカンプンだし、全てにおいて、What? です!
俺の努力は賽の河原だったのだ、と、諦観の新境地を開いていると、部長はゆっくりと動きを見せ始めた。
「趣味は……」
胸の前に、手首を曲げた状態の両手を四足の如く構え。
上半身と首を、相手を魅了する目当てで媚びるように傾ける。
そしてそのポージングを極めると同時に――
「ヒミツだにゃ!」
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「ヒミツだにゃ!」
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
………………………………。
「部長」
「にゃ?」
そのポーズをするにあたり、注意しておかなくてはならないことがある。それは、
「少し無理があります」
人には向き不向きがあるってことです。まあ、ちょっとひどいかな、とも思ったけど、ほめるのも間違いだろ、と思い直して、現実(萌え)の厳しさを教えることにした。
俺の言葉に、俯いていたにゃんにゃんもどきはプルプルと震え始め……。
にわかにそれが収まったかと思うと。
「にゃああああああああああああああああああああ」
右フックが弧を描いた。
その鮮やかな軌跡は前回と同じ場所にピンポイントで吸い込まれていき、
「ぉぶっ!」
猫パンチでボグゥ。
俺は吹き飛びながら思った。
……にゃ、にゃにもぶつことにゃいじゃにゃい。