サイドカーで
東三国千里はバイクが好きでよく乗っている、通っている高校の校則でバイク通学が出来ないのは残念に思っているがそれでも毎日の様に乗っている。
その千里にだ、家で姉達が言ってきた。
「ねえ、あんたいつもバイクに乗ってるけど」
「ナナハンにね」
「サイドカーも乗ったことあるわよね」
「そうよね」
「サイドカーね」
姉達に言われてだ、千里は困った顔になって返した。
「あたしあれはね」
「嫌?」
「嫌いなの?」
「あれ恰好いいけれど」
それでもとだ、千里は姉達に答えた。その困った顔で。
「運転しにくいのよ」
「やっぱり横に車あるから」
「その分なの?」
「そうなのよ」
こう話すのだった。
「だからあたしあれに乗るのは」
「嫌なの」
「そうだっていうのね」
「やっぱり乗るなら普通のバイクでね」
いつも乗っているそれでというのだ。
「ナナハンよ」
「いつも乗ってるね」
「あれね」
「そう、あれが一番いいわ」
千里としてはというのだ。
「本当にね」
「運転のしやすさも大事ってことね」
「要するに」
「そう、もう一度乗ってみるかって聞かれたら」
そのサイドカーにだ。
「多分だけれど」
「断るのね」
「そうするのね」
「そうすると思うわ」
こう姉達に答えた、だがその千里にだ。
彼女にバイクを教えた祖父がだ、こんなことを言ってきた。
「今度サイドカーのレースがあるんだが」
「えっ、そんなのあるの」
「ああ、大阪の全部の区を回ったな」
「そうしたレースがあって」
「実は知り合いが出る予定だったんだがな」
祖父は末の孫に困った顔で話した。
「こけて足を骨折してな」
「それであたしがっていうの」
「駄目か?」
千里の目を見て問うた。
「それは」
「正直」
嫌そうな顔になってだ、千里は答えたのだった。
「あたしはね」
「そうだな、サイドカーはな」
「前に一回乗ったけれど」
「苦手だったな」
「普通のバイクと違うじゃない」
それでというのだ。
「横に車があって」
「だからサイドカーなんだよ」
「その分重くてしかもバイク独特のバランスのとり方じゃなくて」
「サイドカーにはサイドカーのそれがあるんだ」
「それがどうもね」
「駄目か」
「えらく運転しにくいと思ったわ」
千里としてはというのだ。
「本当にね」
「だから嫌か」
「ちょっとね、ただね」
「ただ?」
「お祖父ちゃんの頼みだったら」
自分にバイクを教えてくれた彼のそれだというのだ。
「あたしもね」
「レース出てくれるか」
「正直そんなレースあるなんて思わなかったわ」
「かなりマニアックなレースだ」
実際にとだ、祖父は孫娘に答えた。
「参加者もあまりいないしな」
「サイドカーに乗ってる人って少ないし」
「まあそんなレースだ、けれどな」
「お祖父ちゃんの頼みならね」
「悪いな」
「レースの後でカレーよ」
それを食べさせろというのだ、千里の大好物である。
「自由軒のカレー好きなだけね」
「いいさ、レースが終わったらな」
「自由軒ね」
「それなら好きなだけ食わせてやる」
祖父は笑って孫娘に答えた。
「カレーを何時でも好きなだけ食える」
「そうした生活が出来たらね」
「人間最高に幸せだからな」
祖父の独特の考えだがカレーが好きな千里もこう考えている、そしてそのサイドカーのレースにだ。
千里は出ることになった、ライダースーツを均整の取れた身体の上に着てヘルメットを持っている彼女に応援に来た祖父と姉達と共に本来出る筈だった男が松葉杖をついて言ってきた。
「悪いね」
「いいですよ、後でお祖父ちゃんにカレー食べさせてもらうんで」
「カレーかい」
「はい、自由軒のカレーを」
大阪名物のそのカレーをというのだ。
「それこそ何杯でも」
「だからだね」
「はい、いいです」
千里としてはというのだ。
「今から走ってきますね」
「サイドカーはね」
「独特のバランスのとり方が必要ですよね」
「そう、けれどね」
「それでもですね」
「やっぱりバイクだから」
それでというのだ。
「このことを考えてね」
「運転すればいいですね」
「そうさ、優勝とかは考えなくていいから」
それは特にというのだ。
「出来ればね」
「完走ですか」
「いや、楽しんでくれるかな」
こう千里に言うのだった。
「レースをね」
「それじゃあ」
「うん、そうしてね」
「わかりました」
千里は体面上こう答えたが実はどうしても今回のレース果たして上手に運転出来るのか不安だった。だがその不安を隠してだ。
レースに出た、姉達はその妹を見て話した。
「頑張って欲しいわね」
「折角出るんだしな」
「箸ってその後は」
「カレーがあるんだしね」
「あいつ食うけれどな」
男子高校生並だ、祖父もこのことを知っている。
「けれどな」
「それでもよね」
「レースに出てもらったから」
嫌なのにとはだ、姉達もいなかった。傍に本来出る筈だった今は怪我をしている人がいるからだ。
「だからね」
「カレー位はよね」
「ああ、何杯でも食わせてやるさ」
そのカレーをというのだ。
「自由軒のカレーをな」
「じゃあ千里ちゃん応援しましょう」
「今から皆でね」
姉達は千里を応援する為に旗を持って来ていた、見ればその旗は朝日の出を表す旭日旗であった。
その旗に応援されて千里は走りはじめたが。
やはり重い、横の車の分だけ。思ったよりスピードが出ないし小回りも利かない。
このことに困ったがだ、不意にだ。
その車の部分、今は空席のその場所を見ているとだ。
不意にそこに誰かを乗せて走りたくもなった、しかし今はいない。
そのことを思いつつ大阪市を走っていった、そして。
無事にレースを終えた、幸い千里は怪我をすることもなく完走出来た。そしてゴールして祖父と姉達本来出る筈だった人に迎えられてだ。
千里は祖父と共に自由軒のカレーを食べに行った、姉達も一緒だった。
店の中で四人でカレーを食べつつだ、千里は祖父と姉達に言った。
「何かね」
「何か?」
「何かって?」
「サイドカーって確かに重くて小回りが利かないけれど」
千里が苦手と思ったこのことを話した。
「けれど今回乗ってみてね」
「気が変わったか?」
「そうなる?」
今度は祖父に答えた。
「正直なところ」
「乗りたくなったか?」
「というか隣に誰か乗ってもらって」
「それでか」
「運転したいなって思ったわ」
こうした考えになったというのだ。
「どうもね」
「そうか、じゃあ今度乗る機会があればな」
「誰か乗せてね」
そうしてというのだ。
「運転したいわ」
「そうか、じゃあまたな」
「ええ、機会があればだけど」
「誰かに横にいてもらってか」
「そうしたわ、ただ今回一人で運転して」
そのサイドカーをである。
「思ったけれどサイドカーはね」
「二人で乗るものだな」
「そのことがわかったわ、友達でも誰でも」
それこそというのだ。
「誰かと一緒に乗る」
「そうして走るものだよ」
「そのことはわかったわ、じゃあ今は」
最初のカレーを食べ終えていた、自由軒名物の御飯とルーを最初から混ぜてあって卵と一緒に食べるカレーをだ。
「二人分、いえ三人分食べるわ」
「再度カーに乗ったのにか」
「そう、三人分ね」
それだけというのだ。
「食べるからね」
「やれやれだな、しかし参加してもらったからな」
だからだとだ、祖父も困った笑顔になりつつこうも言った。
「好きなだけ食え」
「それじゃあね」
「じゃあ私達は自分のお金で食べるから」
「お祖父ちゃん安心してね」
「孫に金を出させる祖父ちゃんがいるか」
祖父は千里の姉達、つまり自分の孫達に言った。
「御前等も好きなだけ食わせてやる」
「そう言うの?」
「私達レースに出てないのに」
「応援していたら同じだ、だからだ」
好きなだけ食えとだ、祖父は結果として三人の孫全員に告げた。そうして自分もカレーを食べた。そのカレーは実に心地よい味がした。
サイドカーで 完
2017・6・26
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