魔女から聖女へ
梅田蜜は駆け出しの医師にして優秀な大学院生である。肩書だけ書けばこうなるが彼女には恐ろしい問題があった。
白衣の下はいつもきわどいミニスカートとガーターストッキング、それにヒールという服装で顔立ちもスタイルも色気があるという言葉を通り越して淫靡ですらある。年齢以上の色香がかそこにあった。
だから誰もがもう老若男女誰もがだ。
「見ているだけで」
「何かたまらなくて」
「声をかけたくなるよな」
「それで出来れば」
「交際とか」
こう言うのだった、理知的な紳士である教授もだ。
蜜と共にいた後信頼している助手にだ、こう漏らすのだった。
「私も理性には自信があった」
「あった、ですか」
「そう、あっただよ」
言葉は過去形だった。
「わかるね」
「梅田君を見ていますと」
「常にね」
「理性が抑えられなくなりますか」
「あそこまで強烈な色気だと」
それこそというのだ。
「我慢出来なくてね」
「ついついですか」
「許されないことをしてしまいそうになる」
そこまでだというのだ。
「いけないことだとわかっている」
「思われるだけでも」
「本当にね」
「それは私もです」
助手も言うのだった。
「新婚で妻を愛しています」
「しかしだね」
「はい」
こう教授に答えるのだった。
「どうにも」
「理性で本能を抑えるのに必死になる」
「そうなってしまいます」
「私と一緒か」
「むしろ私の方が教授より若い分」
理性で本能を抑えることにというのだ。
「苦労しているでしょう」
「そうなのだね」
「これは戦いです」
助手は太宰治の様なことも言った。
「彼女を見ていますと」
「そうなるね、しかもこれはだ」
教授は助手に深刻な顔で話した。
「私達だけではない」
「医学部のどの先生もですね」
「学生諸君もだよ、いつも声をかけられるとのことだ」
「むしろ声をかけただけで済むとは」
「奇跡だよ」
「全くだ、理性が勝っているということなのだから」
そう判断していいからだというのだ。
「それで済んでいるのなら」
「学生諸君も理性的ですね」
「あの外見にだ」
顔、そしてスタイルにというのだ。
「服装でいられると」
「困りますね」
「心からな」
「これは男性だけでないとか」
「女性もだね」
「同性愛者でなくとも」
そうした嗜好でなくともだ。
「声をかけてしまうとか」
「それは当然だな」
「やはりそう思われますか」
「あの色香ではな」
「医師として、学生としては優秀ですが」
「困ったことだ」
「全くですね」
二人で話すのだった、しかし。
当の蜜は至って穏やかでしかも健康志向だ、自分で作った弁当を食べているがその味付けは的確でしかも栄養バランスも取れている。
その弁当を見てだ、気がある女子生徒達が言うのだった。
「梅田先生料理上手でもあるから」
「あのエロさでね」
「余計になのよね」
「何かそそられて」
「もう多少強引にでもね」
「言い寄ってね」
同性であるがというのだ。
「そうも思うわね」
「私我慢するの苦労してるわ」
「私もよ」
教授達と同じことを言うのだった。
「どうにも」
「あのエロさだから」
「皆で酔わせて?」
「先生お酒控えめよ」
このことも健康に気をつけてだ。
「だからね」
「そういうのも無理なのね」
「けれど何かね」
「あの色香だとね」
「もう何時かよ」
「我慢出来なくなって」
「そうなりそう」
彼女達もそうだった、それでだ。
蜜の周りの者が彼女の色香に困っていたがここでだった。
彼女の祖母がある日だ、自分の家に来た孫娘である彼女を見てこんなことを言ったのだった。
「あんたそれは駄目よ」
「駄目って?」
「そんな短いスカート穿いて」
まずはそこから言う。
「そんなのだと身体冷やすわよ」
「そうなの」
「ストッキングも薄いから」
今度はそこの話をした。
「夏でもね」
「ストッキングも駄目なの」
「足は冷やしたら駄目よ」
くれぐれもという口調で言うのだった。
「だからちゃんとズボン穿くのよ」
「そうしないと駄目なの」
「足首までのズボンをね」
しっかりと、というのだ。
「それで上も」
「上着も」
「薄くて胸とかも出てるけれど」
肩もだ、蜜はそうした上着が好きなのだ。
「それもよ」
「駄目なのね」
「祖父ちゃんに言われたろ」
「ええ、子供の時に」
「大きくなったら魔性の女になるってね」
実際に言われた、子供の頃のまだ幼い蜜は祖父にはっきりと言われてそれがずっと気になっている。
「言われたろ」
「ミニスカートとかそうした上着は」
「駄目なんだよ、人を惑わしたいのかい?」
「いいえ」
真面目な蜜にそんな趣味はない、実は恋愛も奥手だ。だから祖母にもこうはっきりと否定した。
「それは」
「だったらだよ」
「大人しい服にして」
「あと髪の毛もだよ」
今度はその話をしてきた。
「お医者さんならね」
「長く伸ばしたら駄目とか?」
「そこまでは言わないけれど邪魔だろ」
「ええ、それは」
「後ろで束ねるんだよ」
そうしろというのだ。
「それにその髪型も色気があるからだよ」
「駄目なの」
「お化粧も薄く」
それもというのだ。
「もっとね」
「お化粧もなの」
「そんな妖しい感じじゃなくて薄くだよ」
そうしろというのだ。
「お医者さんだしね」
「だからなのね」
「あんたそれでこれまで何もなかったのかい?」
「何もって?」
「だから言い寄られたりだよ」
「別に」
「それは運がよかったからだよ」
それに過ぎなかったというのだ。
「だからね」
「これからは」
「そうだよ、服装もメイクも変えて」
「何かない様に」
「しな、そんな恰好で前にいられたら」
黒のタイトミニに同じ色のガーター、白の胸のところが開いたブラウスに見事な肢体と顔立ちだ。それならというのだ。
「あたしはともかく親戚でもだよ」
「危ないの」
「全く、頭だけじゃなくて色気まで育ち過ぎだよ」
こうまで言うのだった。
「色気も必要だけれどね」
「それでもなのね」
「あんたは過ぎるんだよ、だからね」
「抑えるのね」
「そうするんだよ、いいね」
「わかったわ」
昔からお祖母ちゃん子である蜜は祖母の言うことなら何でも聞いた、それでこの時も即座にだった。
服装も髪型もメイクも変えた、ズボンに普通の靴に大人しい上着にだ。
ナチュラルメイクに束ねた髪型にした、するとだった。
誰も極端にそそられることはなくなった、それでだった。
教授と助手はあらためてだ、教授の研究室で話した。
「いや、お化粧とか服装が変わると」
「確かに奇麗ですが」
「前みたいなことはないね」
「はい、前は本当に」
「刺激的過ぎてね」
「ただ傍にいるだけでも」
まさにそれだけでというのだ。
「困っていたけれど」
「それがですね」
「抑えられる様になったよ」
「そうですね」
「いや、あれだけの美人さんでも」
「服装や髪型やメイクで」
そうしたものでというのだ。
「とんでもない色気を出したり」
「そうでもなかったりするね」
「はい、前はもう魔女でしたが」
「黒い服が多くてね」
白衣の下はだ。
「余計に危険だったけれど」
「黒はどうにも淫靡さを醸し出すのでえ」
「けれど今はね」
「色は白が多くなって」
白いズボン等だ。
「何かですね」
「大人しいというか」
「聖女ですね」
「そんな感じになったね」
「ですから誰も声をかけなくなりました」
「魔女とが違ってね」
聖女ならというのだ。
「奇麗と思っても」
「神聖な感じがして」
「言い寄らなくなって」
「理性と本能が勝負もしません」
「その通りだよ」
「そう思いますと」
助手は教授に話した。
「同じ女性でも変わりますね」
「全くだ、魔女になれば聖女にもなる」
「そうですよね」
「そう思うと人間は不思議だよ」
「梅田君もそうですね」
「うん、あと彼女は普通によく出来た人だから」
人格も備えていて家庭的でもあってというのだ。
「必ずね」
「よき人を見付けてですね」
「幸せになれるよ」
「色香で惑わすのではなく」
「人格で魅了してね」
そうしてというのだ。
「必ずね」
「幸せになりますね」
「そうなるよ」
教授は今の蜜については笑顔で話した、そして実際にだった。
蜜はこの時結婚を前提としたある人と交際をはじめていた。魔女から聖女になりそうなっていた。
魔女から聖女に 完
2017・6・28
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