堂々とした入道雲の浮かぶ広い空には
セミの声が幾重にも重なって響いて
そこに気動車のアイドリング音が申し訳程度に重なる
枕木の吸い込んだ機械油の香りが辺りを包んでいる
「じゃあ、また明日ね~」車内に乗り込んだ彼女が言う
「おぅ、また、明日だな。」
これだけ言おうとしたけど、今言うべきだと思った
今までなんども何時だって、チャンスを逃してきた。
あの時も、もう少し早く切り出していれば.....
そんな回想をするけれど
今はそんな後悔している暇すら惜しい!

「おれ、俺.......美月の事がっ.......『ピューーーイ』」
車掌さんの笛の音が響く
「ドア閉めます!お下がり下さいー。」
『プシューーーッ、ガコン、
フスーーッ、ガロロガグゥゥゥゥグゥロロロロ....』
今日も今日とて、か。
15cmあった彼女との距離が速度をまして開いてゆく

これで、何度目の失敗だろ?
ホームに佇んで深呼吸をすると、
今しがた走り去った気動車の排気が少し鼻をついた
いつもながらの事に呆れて仰ぎ見る空は、
昼と夜が入り混じって鬩ぎ合って
夏特有の薄い青色の空から、
紺色の夜の空へと変わり始めている


「おっはよーー!」
「あぁ、おはよー。」
あーーー!昨日のこと引き摺ったままでテンション上がらない
たくっ、いっつもタイミングが悪いというかなんというか
「そういえば、ハルト、昨日なんか言おうとしてたけど
何だったの?」
「あー、うん、何でもない。気にするな」
「ふーん、いつもそうねー、そうやってはぐらかす~」
他愛もない会話でさえ、結構バクバクとうるさい鼓動を
落ち着けているとヤジが飛んできた
『ヒューヒュー!お2人さん朝からお熱いことで~』
「うっさい!外野は黙ってなさい!?
じゃないと....分かるわね?」
美月がそう言うと、茶々を入れていた外野衆は
引き攣った笑顔を貼り付けて、ゆっくりと後ずさって行った

先生が入ってきて、チャイムがなり
朝のSHRが始まる、夏の朝の空気が窓から入ってきて
先生の声をさらってゆく
なんて言ってたかな?
夏休みがどうこうって言ってた気がする
些細なことを気にしたまま、SHRが終わった。

授業はどんどんと進んでゆく
1時間目の現代社会に始まって、2時間目数学
3時間目音楽っと、4時間目国語。
カバンの中を開いて教科書を出そうとするけど
国語の教科書はどこにも見当たらない、
置き勉なんてしないから、学校にはない。
授業の準備をしている先生の所に赴いて
「教科書、忘れました。」
それだけ伝えると、
隣の人に見せてもらうようにとだけ言われた。

一学期途中の席替えで、
なんの所為か隣の席は美月になった
美月に頼んで、教科書を見せてもらう
教科書には百人一首の絵札がズラッと並んでいる
「そうだな、私が好きな歌は
かくとだに えはやいぶきの さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを だな。
藤原実方朝臣が詠んだ恋の歌だ」
恋の歌、そう聞いただけで少しドキッとしてしまうのは
昨日の告白が消化不良だったせいか、はたまた.......。

「意味としては
あなたがこれほど好きだというのに言えないでいます。言えないからあなたは私の想いを知らないでしょうね
丁度、伊吹山のさしも草のように燃えているこの思いを
と、男性の片思いを詠んだ歌になるのだが
男子の中にこれを聞いて
ドキッとした者は居るのではないかな?なんてな」
先生の気持ちを見透かしたような発言に、
顔が一気に熱くなって、ついついノートで扇いでしまう
本当に心臓に悪いね、今日の国語の授業は。

ノートを団扇にして扇いでる俺を見て
「ん?どうしたの暑い?」と
美月は自然に手をおでこに当ててくる
あー、もぅ!ったく!
その通りだよと心の中で先生に悪態を付きつつ
この歌を詠んだ藤原さんに、なぜか物凄く親近感を持った
「んー、暑いね。大丈夫?体調悪いなら保健室へ行く?」
自分のおでこにも手を当てて熱を図ってた手を下ろして
心配な顔をしてくる美月に
「あー、うん、大丈夫 だから気にしないで。」
なんて誤魔化すけれど、こうやって返すのが精一杯の反応

......やっぱり、
このままは消化不良だなぁと昨日の反省もしつつ
覚悟を決めて美月にだけ聞こえる声で話しかける
「あのさ、美月昨日の事なんだけど。」
「うん?」
ノートをとりながらうなづく美月
「俺、さぁ、お前の事がっ『キーンコーンカーンコーン』」
「おや、もう時間か。では日直号令」
言いかけた言葉はまたしても、
学校のチャイムと皆が椅子を引く音にかき消されていった
「なにか言った?」不思議顔の美月に
「う、うん、何でもない」と返すしか無かった。
今日も今日とて、上手くいかないのはなにかあるんだろうか?
いつもいつも、絶妙なタイミングで横槍が入るし
そんなことを頭の片隅で考えながら
いつもの様にカバンの中の弁当と
ペットボトルのお茶を片手に持ち屋上へと向かう。
階段は下の階のカフェテリアや購買へ向かう人達が多くて
上に行く人なんて、ちらほら見かける程度。

屋上の扉を開けると、
真上から照りつける太陽の温度がその度合いを増す
さすがに、夏の走りにわざわざ屋上を使う好き者はおらず
セミの鳴き声と、吹部の曲のワンフレーズが
繰り返し聞こえてくるのみである。

屋上の塔屋の影に腰を下ろして、弁当の包を解いていく
「あ、やっぱりここにいた~!
教室で食べればいいのに、なんでここ来るの?
ほら、暑いしさぁ?」
扉の開く音がして、美月が不思議そうに聞いてくる。
「うん、まぁそうなんだけどね
あんまり、冷房に長く当たると体調崩すから
苦肉の策ってやつだな。」
「ふーん、前々から思ってたんだけどさ
陽斗って、体弱いよね~。
体格もあまり大きいほうじゃないしさ」
うーん、何だろうズバズバと色々抉り取られてる感が半端ない
まぁ、もっとも美月が言ったことが的を得ていて
反論すらできないんだけどもね。
時折吹く風が、屋上に溜まった熱を取り去って行く
「そーいえばさー、もうすぐ夏休みじゃん?
陽斗はなんか予定とかあるの?」
「んー、予定かぁ~
とりあえず、おばぁちゃん家に行くくらいかな?
あとは特段決まって無いしなぁ。」
「ふーん、そっかそっかぁ~。
だったらさ!遊園地とか、花火大会とか行かない?
折角の夏休みだよ!なんにもないと勿体ないじゃん!!」
「まぁ、特段の予定もないし良いけど」
うん、何だろう物凄い熱量.....
まぁ、確かにただ家でぼーっとしてるのも勿体ないしね
そんなことを話しつつ、弁当を食べ終わった
一瞬の静寂にここが屋上で、夏真っ盛りという事を
蝉時雨が聞こえてきて思い出すのであった。
やっぱり、美月と居るのは楽しい
この騒々しい、大合唱が気にならなくなるのだから。

6時間目が終わって、帰りの準備をしていく
毎度の事ながら、置き勉をしない鞄は
その日あった授業の教科書やらノートやらで自重を増して
ちょっとした凶器になりうる、専らその凶器は自分の肩に重くのしかかって、対自分用の兵器になるわけなんだけど
それでも今日は軽い方で、
鞄が軽くなれば気が軽くなるという、相対効果は
あながち間違ってないのかもしれない。
先生の話が終わって、挨拶が済んで
ゾロゾロと教室から人が排出されていく
その流れに乗って写真部の部室へと向かう
廊下の開け放たれた窓からは、
早速の練習を始めた陸上部や野球部の声が
熱気とともに入ってくる
これだけ暑いと、入道雲もよく育って
その姿はまるで某アニメ映画に出てくる龍の巣の如く
空にそびえ立っている
部室の扉を開けると、ひんやりとした冷気が
廊下の熱気と入れ替わる。

扉を開けると待ってましたとばかりに、声が飛んでくる。
「日本の夏」
「キンチョーの夏。......あの、この挨拶なんなんです?」
「ん?夏限定!写真部の恒例行事~。的な?」
「なんだそれ?」
と、よく分からない解説を聞きつつ
自分の席に座ってパソコンのスイッチを入れる。
「んでんで?陽斗君。君、近頃どうなのさ?美月くんとは」
「どうもこうもないですよ、連続失敗記録更新中ですよ...」
「まぁ、それは置いといてだ。コンクールに出す写真は?
決まったのかい?」
「あの、晴夏先輩....さっきから質問の意図が読めないんですけど。」
「何を言ってるのだ、陽斗君私はこれほどまでに
単純明快に質問をしているというのに
君は、この私がしている
質問の意図を探ろうとしているのかね?」
「それってつまり、興味本位でつついてたって宜しいです?」
「まぁまぁ、そんな怖い顔はやめてくれたまへ」
とそそくさと、自分の席へと戻っていった。
鞄からカメラを取り出してパソコンへと繋ぐ
この休日に夏の情景を撮ってきた
陽炎に揺らぐ線路、青々と茂ったどこまでも続く田んぼ
一本の大木と夏空、夕立後の虹、轟く稲妻
後から、いくらでも補正は効くけど
心して撮っているのは補正せずと出せる写真。
ホワイトバランス、露出、彩度
それは、補正に頼ってしまえば
いくらでも見せれる写真は撮れてしまうのだから。

撮ってきた写真を読み込んで、複製を作って
先輩と他愛もない会話をしていると
チャイムと共に校内に部活の終了と下校を促す放送が響く
コンクール用の写真をSDカードに入れて
パソコンの電源を落とす。
「晴夏先輩、そういえば先輩はコンクール出さないんですか?
今日は特段何かをしている様子もなかったですし」
「ノンノン、はると君甘いよガムシロップを
大量にぶち込んだ紅茶並みに甘いよ~!
私は既に、完成させてあるっ!これを見よっ!」
ドーンと音がつきそうな勢いで出された写真には
どこかの屋上で仲良さそうに話す
高校生の男の子と女の子が写ってい......あれ?
「あの、先輩、つかぬ事をお伺いしますが
これいつ撮りました?」
「おっ、それ聞いちゃう!?聞いちゃう!?
よしよし、そこまで気になるなら答えてあげよう
この写真はだね、今日撮ったのだよ!!」
ふんすっ!とばかりに胸を張りドヤ顔を見せてくる先輩
「そこに写ってるの僕とミツキですよね?」
「ふふふ、だいせいかーい!
いい雰囲気ではないか!
完璧なまでの夏空と、その下で談笑する男女の淡い恋」
「先輩、その写真渡して下さい。」
「ん?なんだい?この写真が欲しいのかい?
良いだろう、たーだーし!コンクールの応募締め切りまでには
返してくれ給えよ?」
手渡された写真をカバンにしまいつつ答える
「はい、こちらの写真はコンクールが終わるまで
預からせていただきますね!」
まぁ、確かにこの写真雰囲気は凄くいい。
気持ちがいいほど深い青に染まった空に高々と伸びる積乱雲、どこかの屋上は緑色に輝いて2人の生徒が楽しそうに笑ってる
「なっ、それは困るっと言いたいところだが
生憎と元データがあるのでね!君に進呈しようではないか」
思案する表情から、再びニっと笑ってドヤァとばかりに
宣言してされると、諦めもつくという感じが。
「....分かりました、しょうがないですね
ミツキには話しておきますがっ、僕達の写真を使う以上
結果を出してくださいね?そうでないと許しません。」

鞄を肩に下げて、先輩と一緒に部室を出て鍵を閉める
廊下の窓から外を見渡すと、空には暗雲が垂れ込み
外から入ってくる風も半袖の制服では肌寒い空気になっていた
これは、一雨きそうだなと思いながら階段を連れ立って降ってゆく
「さて、ハルト君"告白"頑張りたまえよ?
私は鍵を返してから帰るからここでお別れだ
では、また来週かな?」
告白という部分だけをかなり大きな声で言われて
階段にその声が木霊するのを赤面しながら聞きつつ
抗議しようとするけど、遠ざかってゆく背中をみながら
「また、来週」と小さな声でつぶやくしか出来なかった。

下駄箱で上履きを袋にしまって靴へ履き替えて玄関に出ると
一人ぽつんと佇んでいる美月がいた
「あっ、陽斗写真部終わったんだね~」
「おう、終わって帰るところだけど
こんな所でどうしたんだ?」
「ん?うん、帰ろうとして玄関まで来たら降り出しちゃって
傘、持ってないから止むまで待とうかなって思ってたところ」
言われて、校庭に目を見やると
降り出した雨が白く煙って、立ち上っていく
「おぅ、本当だ結構強めに降ってるね
あ、今日折り畳み持ってきてるから駅まで送るよ」
そう言って傘を開いて、三月にうながすと
少し下を向きながら隣に収まった。

「ハルトー、コンクールに出す写真決まったの?」
校門を出た所で思い出したように、聞かれて
「まぁ、まだどれを出そうが決めかねてる」とかえす
「そう言えば、吹部は?地区予選近いんじゃない?
どんな感じなの?」
「んー、一応纏まりつつあるけど
やっぱり指揮を見て演奏はまだちょっと掛かりそう
学指揮で出場なんて、珍しいからね。私も頑張らなきゃ」
そう言って小さくガッツポーズをする彼女はやはり可愛い。

そんな意識を持ったからか、相合傘という事を強く意識し始めながら
赤面する顔を誤魔化すように、口をついて言葉がでる
「あのさ、美月。
前々から、ずっと言いたかったんだけど
おれ、お前のことがっ《ピシャッ!ドッカーンゴロゴロロロロロ.....》」
「ひゃっ!」意を決した告白は雷に掻き消されて
雷鳴に驚いた美月が腕に捕まってくる。
「ごめん.....聞こえなかった、なにか、言ったかな?」
上目遣いで聞き返してくる美月に
この日、何度目かわからない赤面をしつつ
またしても「何でもない」と返すのであった。

駅につくと、丁度列車がミツキが乗るやって来た
乗り込んだミツキへ手を振りながら、
ディーゼル音も高らかに、短尺のレールの継ぎ目を
踏む音が聞こえなくなるまで、列車の後ろ姿を見送る
いつの間にか止んでいた雨に傘を閉じながら
雲の切れ間から顔を覗かせた夕陽に溜息を投げるのであった

一学期最後の日、クラスはにわかに騒がしくて
これから、何かが始まる予感すらも感じさせる。

長々し校長先生の話がようやく終わって
教頭先生から夏休みの諸注意と夏休み中に地区予選を迎える
各部活動へ、激励の言葉が掛けられる。
無論それは、運動部が殆どでその中に文化部として吹奏楽部があるくらいで写真部への言葉は無かったのに
軽い落胆を覚えながら、全校集会が終わった。

教室で、担任から色々と釘を刺されながら短いホームルームが終わる
「ねぇ、ハルト、遊園地いつ行こうか~
花火大会が地方予選の直後くらいだから
出来れば近いうちに行きたいなぁ~
それに、他に人を誘うなら早い方が良いじゃん?」
そうせがまれて、来週に行くことを約束して
誰を誘うかはお互い任せることにした。
軽くクラスで駄弁ったあとに部室へと向かう
入口での写真部の夏の名物へ軽い嘆息をしつつ
中へ入り、パソコンのスイッチは入れずに席へ腰を落ち着ける
「先輩、もし良かったら来週遊園地へいきませんか?」
「ほう?なんだい?美月くんにフラレタのかな?
よし、それならば私が君の彼女へ立候補しよう!」
「......先輩、それ本気で行ってます?」
「無論本気だが、どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。それにフラレタ訳でもないので
ご安心ください、ただ単なる遊びませんか?というお誘いです。」
「ふむ、そうかそれは残念だ。
しかしまぁ、その遊びへのお誘いはお受けしようかな?
時に、もしかしてそこには美月君も居るのかね?」
「えぇ、居ますけど?」
「そうかい、そうかい......。」
なにか、意味ありげに微笑みながら笑って頷く先輩は
あくどい参謀役に見えたのはここだけの秘密だったりする。
来週の約束を先輩と結んで、どこか浮ついた空気が流れる
廊下を歩いてゆく、
部室に使われている教室から
たまに流れてくる涼しい空気は
窓から入ってくる爽やかではあるけど熱せられた
風を暑く感じさせるだけの威力がある。

今まで、ワンフレーズしか聞こえてこなかった吹奏楽部の曲は珍しく全編通して聞こえてきて
改めて聞くことで、こんな曲だったんだなぁと感動を覚えた

終業式からはや数日、朝からSMSは空港のチャイムの音を繰り返しならしている、結構喧しいのだけど
自分で決めた通知音なので誰にも文句は言えない。
「ミツキからは友達は二人誘った」だの、
先輩からは「君を落としてみせる!」だの
一部意味のわからない宣誓も含んでたりするメッセージがロック画面にずらりと並んでいる。
時刻はまだ、集合時刻よりも早く今日も今日とて
会社へと向かう人の波が駅の改札口へと流れていく

時折、ピンポーンと改札に拒否される音が聞こえるのは
同じように夏休みに入った学生が
IC乗車券へのチャージ忘れで弾かれる音だろうか。

待ち合わせの場所の駅の改札正面の壁にもたれながら
携帯で今日これから行くルートを再確認する。
すると、突然誰かに抱きつかれて顔を上げてみると先輩だった。
「やぁ、ハルトくん!おはようさん、メッセージでも送ったろ?
私今日、君を落としてみせる!」
「先輩、どこまでが本気か分からないですし
暑いので離れてくださいませんか?」
まぁ、いつもながらに分からない先輩の行動に
溜息をつきながら、美月とその友達の到着を待つ
「そう言えば先輩、進路どうするんですか?」
「そうさなぁ、進路か。
実の所まだ決めかねているのだよ、自分が何をしたいのか
将来何になりたいのかが、まだはっきりと見えていなくてね。」
いつものおちゃらけた雰囲気から、少しばかり真面目な顔で
遠くを見つめる先輩は、その目線の先を探しているようでもあった。

「お待たせーって、ハルト以外全員女子じゃん
てっきり、ハルトは男子を誘ってくると思ってたからなぁ」
「ほぅ、本当だなぁ。ハルト君のハーレム完成だ」
「......先輩、いい加減にしてくださいよ?」
全員が揃ったところで、目的地へと向かう。
通勤ラッシュも一段落したようで、中間の車両は混雑しているものの先頭や後方の車両には空席も見られた。

遮るものは何も無い、広い遊園地の空の下に
ミツキの白のワンピースが眩しく輝く
ツバの広い帽子についているワンポイントの花の飾りも
雰囲気を添えている
どこか、深淵のご令嬢の様な雰囲気さえ纏うのは
夏休みの浮ついた気持ちが、そうさせているのだろうか。

「こら、ハルト君?ミツキ君ばかり見過ぎた
私も今日の為に一生懸命選んのだぞ?」
と呼ばれて、そちらに目をやれば涼しげな水色の半袖に
黒いジーパンを履いた人がビシッとポーズを決めている
うん、ミツキとは真逆の方向だわ。
かなり、男らしいという意味ではポイント高いわ。

なんて下らないことを考えつつ、ジェットコースターの列へと並ぶ
さすが夏休みと言うべきか、30分待ちの長蛇の列。
「で、どうだ私の服装は?」と聞いてくる先輩を軽く流しつつ
他愛もない会話をしているうちに列が進んでゆく。
ついに次という順番が回ってきて、一番先頭にミツキとともに立つ
先輩と美月が連れてきた子は僕達の後ろに座る
乗る寸前に、後ろの2人からチャンスじゃん?などと小声で言われたのは
多分気の迷いのせいだと信じている。

カタッ、カタッ、カタッっとコースターはその高度を徐々に上げていく
気の迷いと言いながら、耳に残った「チャンスじゃん?」に突き動かされるように口が動き始めた。
「なぁ、ミツキ。
落ちる前に言おうと思うんだけれども
前から、どうしてもタイミングが、悪くて.....
『キャァァァァァアーーーーーーーーー』」
惜しいところまでも行かず、前置きで落下か。
果たして、これは諦めろとの神様が言っているのかな?
落下していくコースターの上、その気持ちはすぐに体の落ちる速度に追いつかず上書きされていった。

「やぁー、やっぱりジェットコースターは怖いけど楽しいね!
よし、次あれ乗ろうよ!」
と無邪気にはしゃぐミツキに袖を引っ張られながら
ジェットコースターの疲労と、またもや失敗した告白に魂が半分抜けた状態になるのであった。
「ハルト君、君はいつもこうなのかい?」
少しグロッキーが消えた頃合いに先輩が呆れた顔をしながら話しかけてきた。

いつも......。うん、いつもだねぇ。
駅のホームで告白しようとすれば、車掌さんの笛に掻き消されて
授業中に告白しようとすれば、チャイムに掻き消されて
屋上で告白しようとすれば、またもやチャイムに邪魔されて
相合傘で告白しようとすれば雷に掻き消されて....
自分でこうやって思い出しているうちに
唖然とするほど運がないのを再確認して、泣けてくる。

「なるほど、確かになんと言うか......という感じだな。
ふむ、どうだろう。私に告白してみないか?」
「先輩.....、また何を言い出すのですかぁ
告白ってかなり、神経使うんですよ!?」
「まぁ、そういうな物は試しというやつだ。
これで成功すれば、いつかは成功するさ。」
なにか、軽くての上で転がされている様な気がしなくも無いけれど、納得をしてしまったので乗ってみることにする。

「ふむ、しかしだハルト君。
やはり、雰囲気は大事だよな?」
「はぁ、まぁそうですね。」
「ならば、分かるよな?」
「分かりたくはないですけども、わかりました。」

ミツキに先輩と飲み物を買ってくると伝えて
二人で連れ立って離れる。
手を繋いで歩いて、着いたのはさっきのジェットコースターの前
「先輩?あの、伝えたいことがあるんですけど。」
「なんだい?ぜひとも聞こうではないか。」
「実は、先輩の事がずっと前からっ『キャアーーーー』」
「フハハハハ、どうやら君は随分と運がないらしいね
まぁ、こんな調子だいつかはきっと成功するさ
だからそうまで、気を落ち込ませるな」
そう豪快に笑った後に、ちょっとだけ真面目な顔をして
「なぁ、後輩くん。私は君の事が『ダンダンダンダン』」
ジェットコースターの止まる音にかき消されたその声は
なんと言っていたのだろうか?

楽しい時間というものは早々と過ぎるものであり
気づけばもう夕暮れ時、遊園地は橙色にその色彩を染めて
各アトラクションのライトアップが施されてゆく
昼間の熱を吸収した地面からは、熱気が立ち上って
それを夜の風が時たま、さらって行く。
時折漂ってくる、ポップコーンの美味しい香りに吊られて
みんなで、園内のレストランに入ることにした。
それぞれ、楽しそうにニコニコとしていて
もう夜というのが少しもったいない気がする。
まぁ、そんなふうには言ってもどうにもならないのだけど。

まだ、この前に行った遊園地の日焼けが残る夏休み中旬
吹奏楽コンクールの地区予選が行われて
ミツキの所属する吹奏楽部は見事金賞、
全国大会へコマを進めることになった。
そして、それから2日後の学校近くの花火大会。

いつもは制服を着て明るい内に乗る列車を
違う服を着て暗くなってから乗る列車に
少し不思議な感覚を覚えながら駅へと降り立つ。
いつもは無人駅のこの駅も、今日ばかりは臨時の駅員さんが何人も改札やホームに立っている。

待合室にはもう既にミツキが待っていた
水色の朝顔の柄が入った浴衣を着て、髪をアップにまとめた彼女は
やはり、こちらが少し照れてしまうくらい可愛らしい。
いつもは、ポツポツと街路灯がある道には
誘導灯や誘導員の人が立っていて、花火大会の会場へと道を作っている。

会場の土手の道には様々な出店が軒を連ねていて
THE祭り!という雰囲気である
「そーだなぁ、全国大会出場祝いとして、
なにかおごってあげるけど、なにが良い?」
「んー、ベビーカステラも捨てがたいし
カキ氷も良いなぁ....、あー!迷う。」
まぁ、これだけの数の出店があれば
迷うのは無理もないし、色々な物を食べたくなるよね
その気持ちは痛いほど分かる。
結局、ミツキからベビーカステラとクレープをねだられて
可愛らしいねだる仕草に耐えきれず、買ってあげたのは
言うまでもないことである。

花火の打上げは、河原だけど
人も多くて入れそうもないので、
学校そばの小高い丘の上で見ることにした。
河を挟んで向かい側の出店もない所に、誰もいるはずがなく
辺りは鈴虫が鳴いて、向こう岸から人のこえが微かに聞こえてくる
素晴らしく、静かで心地の良い風もふいてきて草が揺れる音が加わる
これを逃してなるものか!と気持ちが焦って
またも勝手に口が動き出す、
「花火、楽しみだね~。
でも、花火の前に伝えたいことがあるんだ
遊園地の時も、この前の駅でも言おうとしたんだけど
なんかタイミングが悪くて....。
ミツキ、お前の事が「ピューーー、ッドッカァーーーン」」
川の中州から打ち上げられた花火は、何回目かの告白を
またしても音と共にさらっていくのであった。
一番最初に上がった花火を皮切りに、
続々と炎の華が咲いてゆく、
そして、またしても上手くいかなかった言葉を飲み込んで
様々な色をした夜の花々に目を奪われていくのであった

十五発くらい打ち上がった後に、花火が止まり
向こう岸からここまではっきり聞こえるほどの拍手が起こる
「本日は御来場下さいまして、ありがとうございます!
今年で第53回大会となりました那珂川花火大会開始でございます!

プログラム一番、オープニングに続きまして
プログラム二番、三号早打ち競技に移ります。
提供は鶴屋旅館です。それでは、どうぞ。」

花火大会独特のアナウンスが、聞こえてきて
花火が打ち上がる、ドンッドンッドドドド
早打ちと紹介されただけあって、小型の花火が
次々に空へ上がっては消えて、たまに5発位がドドドドドと
続けて咲くことで一瞬の明るさをもたらしていく。
プログラムはどんどんと進んでいって、最後のプログラムが読み上げられた。
「さぁ、プログラムも残すところ残り一種目となりました
続いてプログラム15番、一尺大輪の畑です!
提供は那須ふれあい牧場がお送りします!」

何かで読んだ、花火の知識で覚えていた1尺玉
高さは330mまで打ち上がって花火の大きさは約300mの
大きな華が開くという事。
川の中州でピンク色の手持ち花火がグルグルと回っている
花火師さんの打ち上げの合図だろうか?

《ピューーーーーーッ、ドッガァーーーーン》
今までと比べ物にならないくらいの大きさの花火が打ち上がって
キラキラと残りの花びらが空を降りてゆく
明るくなった周りの景色の中に美月が佇んで
その瞳には名残の花火が降りてゆく光が映っている
小高い丘に二人佇んでいると美月が輝いて見えて
名前のように美しい月のように感じる時がある
もっとも、その中に可憐さ可愛さが宿っているのだけれども。

花火大会が終わって丘を下ってゆく
暗いので転ばないようにしっかりと手を繋いで
丘を下りると駅へと続く道には人でごった返していて
やっとの思いで駅へと着いて、列車に乗れたのは
花火大会終了から1時間後のことだった。
帰りの列車の中、今日も上手くいかなったと振り返る
やっぱり、悔しいなんで成功しないんだろ
いつもタイミングが悪い、次こそはと思いが又しても積もっていく。


季節は流れて、夏の残り香がようやく取れさった9月中旬
吹奏楽部は全国大会出場の為に最後の追い込みに入っているらしく、
放課後になると決まってワンフレーズのやり直しや
演奏する曲が何度となく流れてくる。
ミツキも相当頑張っているようで、朝教室に来ると
「肩いたいー、揉んでー」とせがんでくる
そして、遅くまで全体練習に付き合うために
一緒に帰れない日が続いている。

10月20日、全国大会出場へ向けて楽器が搬出されるとの事で
微力ながらお手伝いすることになった、
吹奏楽部の全国大会出場とあって
校内から運動部が手伝いに来ていたので
ほぼほぼやることは無かったのだけれども。
もちろん、今回のこんなにおめでたい事
現地で応援をしないわけにはいかない。

全国大会の舞台は、名古屋国際会議場
応援をする為に、そして自分の告白をしっかり決める為に
1人で名古屋へと向かうことにした。

10月20日、全国大会本番当日
会場は張り詰めた緊迫感が支配している
学校の出場順番は19番目だと言う
演奏前に、会えないかとメールすると
すぐにロビーへ出てきてくれた、時刻はまだ午前中で
出番は午後との事だけれども、かなり緊張している

「どう?だいぶ緊張しているみたいだけど
落ち着いてきた?」
「落ち着くなんて....無理だよ~。
だって全国大会だし!しかも私学指揮だよ!?
ほかの所で学指揮なんて殆ど居ないし!
あ~、どうかうまく行きますように!!」

「あのさ、美月こんな時に言うのも何なんだけどね
前々から、ずっとずーと伝えたかったことがあるんだ」

会場のアナウンスが大会開始の合図を告げる
「プログラム一番
宮城県代表松岩高等学校吹奏楽部、
課題曲4番 に続きまして自由曲 スター·パズル·マーチ 指揮は松永 清美です」
「あっ!ほら、始まる。」
会場を映すテレビモニターから音が流れ始める
うちの学校とはまた違う曲が鳴り響く
それを緊張して見守るミツキ、華やかに曲は始まって
段々と静かになり、再び盛り上がる
マーチという名の通り軽やかに弾むステップのメロディーを刻みながら演奏は続いて、流れるような間奏に入る
そして、全ての楽器がその音を鳴り響かせて曲が終わった

「スゴイ.......」
「うん、スゴイ.......ね。
あのさ!ミツキおれ、俺はお前の事が好きなんだ!」
テレビモニターからは最初の学校の自由曲が流れ始めていた
華やかなファンファーレに続いて、誰もがよく知る
キラキラ星の変奏曲のマーチが。

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