彼岸の野に

彼岸花には、かきねの意味があるのだよ。
私が幼いころ、祖母は常々、そのように言っていた。
けれども、なんのかきねなのかは一言も聞いたことがない。
それとも、私が忘れてしまったのだろうか……?

屋敷のまわりにも、ぐるりととりまくように彼岸花が植えられている。
普通ならば生垣が作られていそうなものなのに。

私は起き上がり、縁側まで出て、庭先を見つめた。
そう。彼岸花が植えられていて、それがどこまでも続いていた。

どこまでも?
そうだ、どこまでも。

どういうことなのだ。
彼岸花の畑などあるはずもない。

その時、無限の彼岸花のなかから呼ぶ声がした。
ああ。
思い出したことがひとつある。
私はこの声に、目覚めたのだ。

草履に足を入れ、歩み出た私の手を、夢のように美しい女が握っていた。
軽く握るその指は白く、少しも湿り気は感じられない。

あなたは彼岸花の花精ですね。
私がそのように問うと、女は薄い笑みを浮かべた。

ああ。なにもご存じないのね。
この花は、彼岸花とはいいません。
曼珠沙華、というのよ。

そうか。曼珠沙華という名もあったことを、私は次に思い出す。
私は手を引かれるままに、曼珠沙華の野に踏み入っていた。

ゆっくりと歩いているのに、みるみる屋敷は遠ざかる。
遠く、霞んで、見えなくなる。
女の笑みが妖しく、曼珠沙華の色に染まる。

ああ、なにもご存じないのね。
曼珠沙華は、あなたの……。

私の……?
女が曼珠沙華を手折り、私の手に押し込んだ。
その茎から滴り落ちるのは、私の血。

そうか、思い出した。
この花の名は、やはり彼岸花。
この彼岸花の野は、彼岸の地であるのだと。

朝日奈徹
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朝日奈徹

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