猛虎万歳
 野田陽子はもの心つく前からの阪神ファンだ、大学生になるまでその生活の中心に阪神タイガースの応援があった。
 だが阪神というチームは中々優勝しない、それで陽子は大学のキャンバスの中でいつもこうぼやいていた。
「勝てないわね」
「まあね」
「私達も好きだけれどね、阪神」
「けれど毎年優勝するチームじゃないから」
「優勝なんて十年に一度?」
「それ位よね」
 大体その割合だというのだ。
「阪神の優勝なんて」
「それも二十一年振りとかあるしね」
「一回優勝して次は十数年後とか」
「前は二〇〇五年だったわね」
「二〇一四は二位でクライマックスで勝ってだから」
「優勝じゃないのよね」
「その二〇〇五年なんか」
 このシーズンの阪神についてだ、陽子は口をへの字にさせて不機嫌さを露わにさせて言うのが常だった。
「最後の最後が、だったじゃない」
「ボロ負けだったわね」
「ボロ負けって言うのもおこがましかったわね」
「ロッテに四戦全敗で」
「33-4ね」
「何でや阪神関係ないやろね」
「伝説だったわね」
「そうだったから」
 最早悪夢だったというのだ。
「今度何時優勝してね」
「それで日本一になれるか」
「そう考えたらね」
「一体何時になるか」
「気が気じゃないのね」
「十連覇とかしないかしら」
 陽子はこんなことまで言った。
「阪神も」
「それはね」
「まずないわね」
「阪神にはね」
「連覇すらね」
 十連覇どころかというのだ。
「あのチームは」
「すぐに負けるから」
「それも信じられない負け方するから」
「何でそうなるのって」
「鳥谷さんがチャンスで凡退するとね」
 これはよくあることだと言われている。
「その後の敵の攻撃でまず点入るし」
「あっ、そうよね」
「鳥谷さん打たなかったね」
「その後敵の点入ってるわ」
「かなりの高確率よね」
「もう驚く位に」
「そんなこともあるし」
 陽子はさらに言った。
「他にも色々とあるのはね」
「陽子ちゃんにしてもね」
「認めるのね」
「そのことは」
「ええ、ここぞって時にエラーとか」
 当然阪神のだ。
「あと敵のファインプレー」
「そしてこっちの失投」
「それがピンポイントで敵のホームラン」
「どれも凄い確率よね」
「阪神の試合って」
「甲子園でもそうだし」
 本拠地であるこの球場ですらというのだ。
「マツダスタジアムでも名古屋ドームでも」
「憎っくき東京ドームでも」
「この前また巨人に負けたし」
「あれが一番腹立つわ」
「巨人が最下位でもね」
 陽子は巨人が大嫌いだ、それもこの世で一番だ。
「それでもね」
「巨人に負けるとね」
「普段の十倍腹立つわよね」
「他のチームに負けるよりも」
「ずっとね」
「そう、だからね」
 それでというのだ。
「この前は腹が立ったわ」
「広島はどんどん勝つし」
「ゲーム差ばかり開いて」
「その中でだから」
「余計になのよね」
「巨人に負けたらね」
「腹が立つわ」
「そのこともあるしね」
 陽子はまたこうしたことを言った。
「とにかく阪神ってね」
「連覇もっていうのね」
「現実としては」
「難しいっていうのね」
「私もね」
 熱狂的な、自他共に認める阪神ファンでもというのだ。
「認めるしかないわ、けれどね」
「それでもよね」
「十連覇ね」
「そうして欲しいのね」
「本当にね」
 心から言う里香だった。
「何とかね」
「まあ巨人なんかが優勝するよりは」
「阪神が優勝した方がずっといいわよね」
「巨人優勝しても何処も安売りしないし」
 そもそも親会社がそうした企業でもない。
「腹立つタレントがテレビでにやにや笑うだけだし」
「そうよね」
「日本の景気にも影響しないし」
「むしろ負けた方がね」
 巨人が負けた方がというのだ。
「皆御飯も美味しくなるし元気も出て」
「仕事や勉強の励みにもなるし」
「むしろなのよね」
「巨人って負けた方がいいのよ」
「世の為人の為に」
 日本、そして日本がある世界の為にだ。
「巨人は負けるべき」
「けれどね」
「阪神はどうか」
「勝った方がいいのよ」
「そうよね」
 皆このことは里香と同じ考えだった、だが。
 陽子は阪神への愛故にこうまで言った。
「だから日本の為にも是非」
「十連覇ね」
「どんどん勝って欲しいのね」
「巨人の九連覇とか西武黄金時代どころじゃなく」
「十連覇ね」
「そこまでなの」
「心から願ってるわ」
 それこそと言う陽子だった、こう言うのはキャンバスの中だけでなくバイト先でも家でも道を歩いている時もだ。
 よく言っていた、そして。
 この日もだった、アルバイト先の居酒屋で働きつつ試合の実況を聴いて店長に言っていた。
「いい調子ですね、今日は」
「阪神がだね」
「はい、広島相手に三点差で」
 そしてというのだ。
「もう八回ですよ」
「うん、今日はね」
「勝てますよね」
「いけるんじゃないかな」
 店長もこう言った。
「今日の阪神は」
「そうですよね」
「毎年カープにはよく負けるけれど」
「いつも負け越していて」
「試合の内容も酷いけれど」
 阪神側から見ればボロ負けばかりだというのだ。
「それでもね」
「今日はいけてますね」
「確かにゲーム差は開いてるけれど」
 それでもというのだ。
「たまにはね」
「こうして勝たないと」
「うん、恰好がつかないよ」
「何か阪神って」
 こうも言った陽子だった。
「恰好悪いことも多いですよね」
「試合とかね」
「しかもそれが何故か絵になるし」
 その格好悪い試合もだ。
「勝った時と一緒で」
「だから余計に始末が悪いよね」
「そうなんですよ」
 これがというのだ。
「どうにも」
「何で恰好悪い試合とか不祥事まで絵になるのか」
「阪神の不思議なところですね」
「けれどね」
 それでもと言った店長だった。
「陽子ちゃんとしては」
「はい、今日はです」
「勝って欲しいよね、阪神」
「今日位は」
 かなり切実な言葉だった。
「折角の甲子園の試合ですし」
「最近カープに勝ってないしね」
「ですから」
 それ故にというのだ。
「何とか今日は」
「そうだよね」
「それでクライマックスも」
「その時もだね」
「もう優勝は無理ですが」
 リーグ制覇、それはというのだ。
「ですがそれでも」
「うん、クライマックスに弾みを付ける為にも」
「是非です」
 こう言うのだった、店長にも。
「そうなって欲しいんですが」
「今日はね」
「このまま勝って欲しいです」
 陽子は心から思っていた、だが。
 九回になるとだ、思わぬもっと言えば起こって欲しくない事態が起こってしまった。陽子にとって。
 赤ヘル打線は急に打ちだいた、そしてだった。
 瞬く間に四点取った、これでは陽子も唖然となった。
「あの、これって」
「やられたね」
「九回って四点って」
「これが今のカープかな」
「それ以上に阪神って」
「こういう試合多いよね」
「はい、毎年」
 陽子は顔を顰めさせて店長に応えた。
「多いですよね」
「嫌になるよね」
「全くですよ」
「これでね」
「こっちはですよね」
「九回裏のこっちの攻撃は」
 阪神のそれはというと。
「多分ね」
「抑えられますね」
「試合の流れは変わったよ」
 九回の逆転劇でというのだ。
「完全にね」
「それじゃあですね」
「うん、もうね」
 九回裏の最後の攻撃はというのだ。
「一点も取れないだろうね」
「そうなりますね」
「こうした時にこそ強いから」
 それが今のカープだというのだ。
「だからね」
「負けますね」
「そうなるよ、多分」
 店長も阪神ファンなので暗い顔で言った、そして実際にだった。
 阪神は九回三者凡退で終わりカープの勝利となった。それで陽子もへ垂れ込む感じになっていた。
 そしてだ、こう店長に言った。
「もうがっくりです」
「俺もだよ」
「そうですよね」
「全く、九回でね」
「まさかですよね」
「クライマックスも駄目かな」
「そうはなって欲しくないですけれど」
 それでもだった。
「こんなのだと」
「クライマックスに出てもね」
「駄目ですかね」
「そうなって欲しくないけれど」
「勝てないですかね」
「嫌になるね」
「本当に、もう帰ったら」
 アルバイトが終わってというのだ。
「お風呂入って寝ます」
「そうしてまた明日だね」
「はい、今年も無理ですかね」
「そうなって欲しくないけれど」
「それでもね」
「この状況だと」
 陽子は項垂れた顔のままだった、阪神ファンにとっては辛い状況が続いていた。だがそれでもだ。
 次の日にはだ、陽子はキャンバスでこう言っていた。
「昨日は駄目だったけれど今日は勝つわよ」
「広島にね」
「そうなるのね」
「そうよ、一敗よ」
 酷い負け方だったがというのだ。
「これから十連勝してやるわ」
「その意気ね」
「結局前向きじゃないとね」
「阪神応援していられないわね」
「そうよね」
「そうよ、クライマックスにも勝って」
 そしてというのだ。
「日本シリーズにも出て」
「日本一ね」
「そうなるのね」
「絶対によ」
 めげずに言う陽子だった、落ち込むことはあってもそれは一瞬でだ。その目hがあくまで前向きな光に満ちていた。


猛虎万歳   完


                2017・8・26

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