女寿司職人
新金岡珠緒は寿司屋の娘だ、そして寿司屋の娘として将来は寿司職人になる為に兄弟達と共に修行に励んでいるが。
その彼女にだ、学校の男子生徒達はよくこう言った。
「女が職人か?」
「寿司握るのか?」
「何かあまり聞かないよな」
「どうもな」
「それが最近違うから」
珠緒は男子生徒達にきっぱりと言い切った。
「女の人でもなのよ」
「寿司握るのか」
「そうなんだな」
「そうよ、握ってね」
そしてというのだ。
「食べてもらうのよ」
「そうなんだな」
「新金岡の家って明治からのお店だよな」
「じゃあその店継ぐのか?」
「そうなるのかよ」
「ああ、お店は多分一番上のお兄ちゃんが継ぐから」
長兄の彼がというのだ。
「だからね」
「家は継がないか」
「そうなの」
「けれどね」
珠緒は彼等にさらに話した。
「私も将来はね」
「職人さんか」
「お寿司握るのか」
「そうしていくんだな」
「そのつもりよ、お茶淹れて御飯も炊いてね」
所謂寿司飯をというのだ。
「握ってね」
「お魚も切ってか」
「そうしてか」
「立派な職人になるから」
こう言うのだった、そして実際にだった。
珠緒はまだ学生だが寿司職人の修行に励んでいた、その中でよく父にこうしたことを言われていた。
「いいか、寿司は難しいんだ」
「美味しいお寿司を握るにはよね」
「そうだ、けれどな」
ここでいつも珠緒にも彼女の兄弟にも言うのだった。
「出来ない奴は怒鳴るな」
「お弟子さんが」
「そうだ、御前の祖父さんもひい祖父さん職人だがな」
今も代々一緒に暮らしている。
「怒鳴ったり殴ったりすることはなかった」
「そうよね、お父さんだって」
「出来なかったら怒る」
それは当然だというのだ。
「しかし怒鳴って罵ったり殴ってもな」
「いい職人さんにはならないの」
「そして美味い寿司が出来るか」
言葉や拳での暴力を振るってもというのだ。
「違うんだよ、それは」
「それでなのね」
「うちの家訓だ」
もっと言えばこの店のだ。
「怒って注意しろ、しかしな」
「怒鳴ったり殴ったりはしない」
「かえって怯えてな」
怒鳴られて殴られる職人がというのだ。
「そっちに気がいって寿司に集中出来なくてだ」
「美味しいお寿司が出来なくなるの」
「だからそれはするな、御前にもそうしていないしな」
「お兄ちゃん達にも弟達にもね」
確かにまずいことをした時は怒ってもというのだ。
「それはないわね」
「御前もそうしろ、いいな」
「何時でもなのね」
「今でもな、怒ったり注意はいいがな」
「怒鳴ったり殴ったら」
「駄目だ、寿司はそんな簡単なものじゃないんだ」
弟子をそうしてもというのだ。
「そんなことで美味い寿司が出来るものか」
「じゃあ美味しいお寿司が出来る様になるには」
「何処がどう悪いかをしっかり言うんだ」
その出来ない相手にというのだ。
「そして何度も何度も教える、そうしたらどんな不器用な奴でもやる気があればな」
「出来る様になるの」
「やる気がない奴は放っておけ」
それでいいというのだ。
「やる気が出たら相手をしてな」
「ないとなのね」
「適当でいい、しかしやる気がない奴にもな」
「怒鳴ったり殴ったりはなのね」
「するな、わかったな」
「包丁を使っていてもなの」
そして火も使う、寿司職人も危険と隣り合わせなのだ。
「その時もよね」
「そうだ、何度でも言うんだ」
「けれどなのね」
「こっちが頭に来ても怒鳴ったり殴るな」
暴力は駄目だというのだ。
「御前も暴力は嫌だろ」
「それはね、私も殴られたりしたら」
珠緒もこう返した。
「嫌よ」
「だったらな」
「自分はするなってことね」
「自分がやられて嫌だったらだ」
「相手にもするな」
「そうだ」
そのこともあってというのだ。
「だからだ」
「お寿司を握る時も人を怒鳴ったり殴ったりするな」
「ものを投げたり蹴ることもだ、いいな」
とにかく暴力は駄目だというのだ、こう話してそしてだった。父は珠緒に寿司の握り方だけでなく人への教え方も話した。このことは珠緒の心に強く残った。
その珠緒にだ、彼女が所属しているチアリーディング部の同級生達が文化祭の出しものについてこう言ってきた。
「うちはお寿司出すことになったみたいよ」
「さっき部長さんが言ってたけれどね」
「握り寿司じゃなくて巻き寿司だけれどね」
「あのクレープみたいに巻く方」
「ああ、あのお寿司ね」
珠緒も言われてすぐにわかった。
「あれを作って出すの」
「そうなったの」
「何がいいかってお話してね」
「それで珠緒ちゃんもいるからってことで」
寿司屋の娘で寿司自体を知っている彼女もというのだ。
「だからなのよ」
「それで巻き寿司になったから」
「色々皆に教えてね」
「私達にも後輩の子達にもね」
「じゃあね」
それならとだ、珠緒も頷いてだった。
チアリーディング部は文化祭で巻き寿司を出すことになった、それで皆で寿司を巻いて出すことになったが。
皆巻くのに慣れていなくてだ、困った顔で話した。
「これはちょっと」
「難しいわね」
「簡単って思ったら」
「実は違うのね」
「あっ、このお寿司はね」
ロールのそれはとだ、珠緒がその彼女達に話した。
「コツがあるの」
「コツ?」
「コツっていうと?」
「口で言うよりもね」
それよりもとだ、珠緒は寿司飯彼女が炊いたそれを海苔に入れてネタも置いてそうして巻いてみせてだ。
そうしてだ、皆にあらためて言った。
「こんな感じで」
「ええと、丁寧?」
「それでいいの?」
「急がないと体温がお寿司にいくっていうけれど」
「そうしなくてもいいの」
「そうね、乱れるよりもね」
それよりもと言う珠緒だった。
「その方がいいの、まあ御飯とネタはちょっと少なめがいいわね」
「多いよりもなのね」
「その方がいいのね」
「そう、そうしたらいいから」
だからだというのだ。
「幾分ね、それでさっきの私みたいな感じでね」
「巻いたらいいのね」
「そうなのね」
「そうしてね、まあ難しいことは考えないで」
実は珠緒自身もものごとを難しく考える性分ではない、明るく簡単に考えてものごとを進める性質なのだ。
「巻いていきましょう」
「それじゃあ」
「そうしていくわね」
「そうしてね」
珠緒もこう応えてだ、そしてだった。
一貫一貫巻いていってそれを出した、すると客達はその寿司を食べて言った。
「あっ、美味いな」
「飯もネタもな」
「いい感じだな」
「どれも」
学校の文化祭なので贅沢ではないがだ。
「寿司の屋台もいいよな」
「そういえば珠緒ちゃんいたんだ、チアリーディング部って」
「だから美味いんだな」
「そうかもな」
次から次に売れていき店は繁盛していた、それで部員達は次々に握っていくが部員達の中にはどうしても上手に握れない後輩の娘がいた。
だがその娘にだ、珠緒は一切怒らずに丁寧に教えていた。
「こうすればいいから」
「そうすればですか?」
「そう、あと切るのもね」
ネタのそれもというのだ、珠緒は実際に包丁を握って切りながら教えた。
「こうするの」
「包丁の握りは五本の指で、ですね」
「しっかりと持ってね」
そうしてというのだ。
「利き腕で持つの」
「私の場合右手ですね」
「そう、それで左手を添えるけれど」
切るネタにだ。
「その手の指はこうしてね」
「先は収めてですね」
「失敗しても切らない様にするの」
「それがいいんですね」
「そうしてね」
「わかりました」
後輩の娘も頷いてだ、そしてだった。
珠緒に言われるままやっていっていた、だが不器用で動きはたどたどしく失敗も多かった。だが珠緒はその彼女を全く怒らないでだ。
ずっと丁寧に教えていた、それは寿司が全部売れるまででだ。その彼女を見て同級生の部員達は彼女に尋ねた。
「ずっと丁寧だったわね」
「怒ったりしないで」
「殴ったりとかも」
「あの娘部活の時よりずっと不器用だったけれど」
「怒らなかったわね」
「いや、お父さんに言われて私もそうだって思ってるから」
それでだとだ、珠緒は彼女達に答えた。
「お寿司を握っていてもね」
「殴ったり怒鳴ったりはなの」
「したら駄目だっていうのね」
「寿司職人の世界って厳しいっていうけれど」
「それはしないのね」
「そう、そんなことしても握るのが上手にならないから」
だからだというのだ。
「そうしてるの」
「そうなのね」
「そこは昔のお寿司屋さんと違うのね」
「そうなのね」
「そうね、怒ってお寿司が上手になるなら」
それならというのだ。
「どんどん怒っていいけれどね」
「そういう訳でもないから」
「それでなのね」
「珠緒ちゃんも怒らなかった」
「そういうことね」
「そうだったの。お寿司には暴力は駄目」
絶対にというのだ。
「誰だって自分がされたら嫌だしね」
「何かいいお寿司屋さん見たわ」
「珠緒ちゃんいいお寿司屋さんになれるかもね」
「いい寿司職人さんにね」
「女の子だからっていう子もいるけれど」
「これはね」
「有り難う、実際私高校を卒業したら職人さんになるから」
修行をはじめてというのだ。
「頑張るわね」
「ええ、そうしてね」
「その時は教えてね」
「私達食べに行くから」
「その時は美味しく楽しませてもらうわね」
友人達は彼女に笑顔で口々に言った、文化祭の寿司は最高のものとなった。食べた客達にとっても部員達にとっても握った珠緒にとっても。最高に心地よいものとなった。美味しくそしていい寿司の握り方を知れたので。
女寿司職人 完
2017・9・24
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