目標でありライバル
 西梅田沙綾にとって祖父はどんな存在なのか、彼女はそれをよく学校の授業や宿題で家族についての作文を書かされた時に言っていた。
「尊敬していて目標ですけれど大嫌いです」
「お祖父さんが大嫌いなの」
「はい、絶対に何時か勝ちたいです」
 先生にもいつも真剣な顔で言っていた。
「お祖父ちゃんに」
「お祖父ちゃん空手九段だったわね」
「それで物凄く強いです」
 若い頃はそれこそ鬼と言われていた、今も気功を自由自在に使いヤクザ者達ですら避ける程である。
「そのお祖父ちゃんにです」
「西梅田さんは勝ちたいの」
「何時か絶対に」
 こう言って子供の頃から修行に励んでいた、それで空手も合気道も初段となり中学の空手部の女子の間では一番強くなった。
 だがそれでもだ、沙綾は厳しい顔で言うのだった。
「まだまだよ、こんなのじゃ」
「お祖父さんに勝てないの」
「そう言うのね」
「だって気功も使ってね」
 そうしてというのだ。
「ゲームみたいに掌から出せるから」
「うわ、凄いわね」
「そんなこと本当に出来る人いるの」
「そこまで凄いの沙綾ちゃんのお祖父さんって」
「鬼とか言われてるって聞いてたけれど」
「アメリカで拳銃持ったならず者五人に無傷で勝ったっていうし」
 しかも本当の話である。
「あっちに空手のイベントで呼ばれた時に街で飲んでた時にね」
「それも凄いわね」
「本当に鬼みたいな人なのね」
「長船弘さんにも勝てそうね」
「昔日本軍にいたっていう」
「そうかも、私もその人のことは知ってるけれど」
 ペリリュー島で文字通り鬼神の如き活躍をしたことで知られている、その戦いぶりは文字通り不死身と言えるものだった。
「そのクラスよ」
「それでそのお祖父さんが目標なのね」
「尊敬してるのね」
「それと同時に大嫌いなのね」
「そうなのね」
「一番嫌いなのは巨人と胸を見られることで」
 その大きな胸をというのだ。
「二番目がお祖父ちゃんなのよ」
「それはかなりね」
「沙綾ちゃん胸見られるの嫌がるしね」
 大きな胸だがそれを見られるのがとにかく嫌なのだ。
「それで巨人はね」
「皆嫌いだし」
「大阪だからね」
 人口のかなりがアンチである。
「だから巨人も嫌いで」
「それでその次なのね」
「同率トップの次」
「二番目なの」
「そうなの、お祖父ちゃんはね」
 とにかくというのだ。
「大嫌いなのよ」
「というかどうして嫌いなの?」
 友人の一人が力説する沙綾に尋ねた。
「そもそも」
「肉親なのにっていうのね」
「ええ、それでどうしてそこまでなの?」
「いや、だから勝ちたい勝ちたいって思ってて」
「それでなの」
「敵と思ってたら」
 そう認識していたらというのだ。
「大嫌いになったの」
「そうなの」
「お家の中じゃ普通にお話してるけれど」
 祖父と孫娘としてだ。
「それでもなのよ」
「大嫌いなのね」
「だから絶対に勝ちたいの」
 それこそ何があろうかというのだ。
「正々堂々と全力でね」
「正面からぶつかって」
「そうしてね」
 まさにそのうえでというのだ。
「勝ちたいのよ」
「完全に本気なのね」
「勿論よ、お祖父ちゃんが生きている間に」
 沙綾は目をめらめらと燃え上がらせて友人に語った。
「勝ってやるわ」
「全力のお祖父さんに」
「全力で向かってね」
「そうするのね」
「気功もね」
 祖父が使うそれもというのだ。
「使える様になって」
「そうしてなのね」
「今よりもずっと強くなって」
「勝つのね」
「その為に修行してるし」
 それも熱心にだ、そうしてというのだ。
「強くなるわよ」
「今もかなり強いけれど」
「それでもまだまだっていうのね」
「それでお祖父さんに勝つ」
「絶対になの」
「鬼ならね」
 祖父がそれならというのだ。
「私は鬼女になるわよ」
「いや、鬼女はちょっと」
「何か鬼よりやばい感じしない?」
「安達ケ原にいそうな」
「包丁持って人捌きそうな」
 友人達は沙綾の鬼女になるという言葉を聞いてどうかという顔になって返した。
「空手じゃなくてね」
「鬼女って何か陰惨よね」
「鬼と比べてね」
「どういう訳かね」
「ううん、じゃあ鬼神にしておくわ」
 鬼女が駄目ならというのだ。
「確かに鬼女って既女にもなって」
「あの巨大掲示板じゃ一番怖い人達みたいよ、その人達」
「敵に回したら終わりらしいから」
「それこそニュー速民やVIP民よりも怖い」
「そう言われてるからね」
「怖くなりたくはないのよ」
 沙綾はそちらへの関心はなかった。
「お祖父ちゃんも謙虚だしね」
「腰が低いの」
「強くても」
「暴力振るって人を怖がらせてね」
 そうしてというのだ。
「その相手が頭下げてるのをふんぞり返って前を通ってウッス、とかいうのはね」
「ああ、そういう奴いるわね」
「前にうちの学校でもそんな先公いたらしいわね」
「暴力が問題になってクビになったけれど」
「剣道部の顧問でね」
 何故か学校の教師はこうした暴力常習者や痴漢、下着泥棒等社会不適格者が多い様である。聖職者と聞いて呆れる限りだ。
「そんな奴にはなりたくないのね」
「沙綾ちゃんにしても」
「お祖父さんもそうじゃないし」
「私は強くなりたいの」
 あくまでそれが目標だというのだ。
「だからね」
「威張ったりしないのね」
「暴力も振るわない」
「そうしないのね」
「お祖父ちゃんもそんなことしないから」
 絶対にという言葉だった。
「だから私もよ」
「そうなのね」
「そういえば沙綾ちゃんいじめしないしね」
「威張らないしね」
「後輩の子にもいつも穏やかで」
「クラスでもそうだしね」
「そんなのしたらお祖父ちゃんに勝てないわよ」
 真剣な顔で言い切った。
「お祖父ちゃんに勝つにはね」
「心もっていうのね」
「身体だけの強さじゃなくて」
「そちらも必要ってことね」
「そう思うからよ」
 だからこそというのだ。
「私はそうしてるし、そしてね」
「本気でお祖父さんに勝つのね」
「空手九段で気功も使える人に」
「鬼に」
「鬼神になってね」
 強い決意と共に言う、そして沙綾は修行を続けて強くなっていった。だがそれでも家の道場ではだ。 
 祖父と手合わせをしてもらい敗れてだ、苦い顔で言った。
「また負けたわ」
「負けるものか」
 祖父も強い声で言う。
「わしは誰にもじゃ」
「負けないっていうのね」
「本気で向かっておるからな」
 実際に祖父は一切手を抜いていなかった、相手がまだ中学生の孫娘でもだ。
「負ける筈がない」
「修行したのに」
「何日じゃ」
「小学校の時からよ」
「まだ数年じゃな」
 その修行の歳月はというのだ。
「そうじゃな」
「まだまだっていうのね」
「わしは六十年以上休まず修行しておるわ」
 空手のそれをというのだ。
「そのわしにそうそう勝てるものか」
「じゃあ私も六十年以上修行しないとお祖父ちゃんに勝てないっていうのね」
「御前に出来るか?」
「六十年以上修行する前に勝ってやるわよ」
 勝負は終わった、だが沙綾の目は勝負を終えた者の目ではなかった。自身の祖父をきっと見据えて強いままだった。
「お祖父ちゃんが死ぬまでね」
「わしも流石にあと六十年は生きられないからな」
「だからよ、お祖父ちゃんが生きていて動ける間にね」
 その間にというのだ。
「絶対に勝つから」
「ならそうしてみよ」
 祖父も受けて立って言葉を返してみせた。
「わしが生きている間にわしに勝て」
「お祖父ちゃんより強くなってね」
「その時を楽しみにしておるぞ」
 祖父は孫娘を見て高らかに笑っていた、だがその見る目は実に暖かいものだった。そして沙綾にしても。
 部活の後でだ、こんなことを言った。
「今日も帰ったらまた修行してね」
「お祖父さんと勝負ね」
「そうするのね」
「そうしてやるわ、どんどん強くなってね」
 そうしてとだ、同じ空手部の部員達も燃える目で言うのだった。
「そうしてよ」
「勝つっていうのね」
「そうよ、何時かでも絶対にね」
 まさに何があってもというのだ。
「最後は勝つわよ」
「何か沙綾ちゃんにとってお祖父さんって壁ね」 
 部員の一人が力強く言う沙綾に笑ってこうしたことを言った。
「目標なのね」
「そうね、乗り越えるべきね」
「そうした人よね」
「つまりライバル?」
「お祖父さんでも」
「だから尊敬してるけれど大嫌いなのね」
「そうなのかしらね」
 他の部員達もその沙綾を見てこう言った。
「それで絶対に勝つ」
「そう誓ってるのね」
「そうかもね、合気道をしてるのも」
 空手以外にこちらの修行もしているのだ。
「お祖父ちゃんに勝つには空手だけじゃない」
「そう思ってよね」
「合気道もしてて」
「そっちも初段よね」
「お祖父ちゃんに正面から全力でぶつかって」
 そうしてとだ、沙綾は燃える目のまま話した。
「そのうえでよ」
「最後は勝つ」
「そうするのね」
「そうよ、尊敬しているけれど大嫌いなお祖父ちゃんにね」 
 この言葉は笑って出した、そうして実際にだった。
 沙綾は空手と合気道の修行をしていき彼女が大学を卒業したその時にだった。祖父との勝負で遂に勝った。その時彼女も祖父もお互いに笑顔であった。


目標でありライバル   完


                 2017・9・26

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