雨の日も
 今里有紗は雨が嫌いだ、それでこの日は朝から不機嫌で学校でも窓の外を見て曇った顔でこんなことを言った。
「嫌な天気ね」
「仕方ないでしょ、それは」
「雨の日だってあるわよ」
 その彼女に友人達が言う。
「雨だって降らないと駄目だし」
「晴ればかりだったら旱魃になるでしょ」
「人間お水がないと駄目よ」
「雨も降らないとね」
「わかっていてもね」
 それでもとだ、有紗は曇った顔で言うばかりだった。
「髪の毛も収まり悪いしね」
「それに野球の試合もサッカーの試合もないっていうのね」
「阪神の試合もガンバ大阪の試合も」
「甲子園ドームじゃないしね」
「それでっていうのね」
「そうよ、だからね」
 それでとだ、有紗は不機嫌な顔のままで述べた。
「私は雨が嫌いなの、降るならせめて夜に降って欲しいわ」
「寝てるから髪型も気にしないで済むし」
「野球にもサッカーにも関係ない」
「しかも傘を差して登校しなくていい」
「下校の時もっていうのね」
「そうよ、濡れなくて済むし」
 実際有紗はこの日傘を差してそうして登校している、この時身体が濡れない様に気をつけてもいた。
「とにかく雨の日はね」
「嫌なことばかり」
「だから嫌いっていうのね」
「じめじめしてるし」
 こうも言う有紗だった。
「全く、どうにかならないかしら」
「どうにもならないわよ」
「お天気のことだからね」
「だからもう諦めたら?」
「言っても仕方ないでしょ」
「そうね、雨が降るのは仕方ないわね」
 自分で言って結局こう納得した有紗だった。
「我慢するしかないのね」
「そうよ、本当に」
「これこそ言っても仕方ないことじゃない」
「だからもう言わないでね」
「諦めていきましょう」
「そうするわ」
 嫌々ながらも頷いた有紗だった、そうして不機嫌な顔のままその日を過ごした。とにかく雨の日は不機嫌な彼女だった。
 しかしその彼女もだ、ある日のことだった。
 不意にだ、学校の帰りこの日は晴れだったがたまたま寄った商店街の傘屋において一本の傘を見付けた。それは鮮やかなえんじ色の傘だった。
 その傘を見てだ、有紗は店に入ってすぐに店員に言った。
「えんじ色の傘ですけれど」
「あの傘がどうかしたの?」
「はい、あの傘幾らですか?」
「千円です」
「税抜きで、ですよね」
「はい」 
 若い男の店員は有紗ににこりと笑って答えた。
「そうです」
「そうですか、じゃあ」
「どうされますか?」
「買います」
 こう店員に答えた。
「そうさせてもらいます」
「それでは」
 こうしてだった、有紗はそのえんじ色の傘を買った。そうして雨の日にその傘を差して登校すると。
 その途中に会った友人達は傘を見て彼女に口々に言った。
「奇麗な傘ね」
「お洒落ね」
「その傘何処で売ってたの?」
「随分奇麗だけれど」
「商店街の傘屋さんで買ったの」
 そこれでとだ、有紗は友人達に笑顔で話した。
「駅前のね」
「ああ、あそこね」
「あそこの商店街で買ったのね」
「あそこにこんなにいい傘あったのね」
「そうなの、いやまさかね」  
 傘を差していて嫌いな雨の中だがそれでも言う有紗だった。
「こんなに奇麗な傘があるなんてね」
「それで差してよね」
「本当に嬉しそうね」
「お洒落な傘だからね」
「それを差して登校してて」
「それで嬉しいのね」
「そうなの、本当にね」
 実際にと言う有紗だった。
「今は楽しい気分よ」
「雨が嫌いでも」
「それでもなのね」
「その傘差してるから幸せなのね」
「そうだっていうのね」
「本当にね」
 こうした話をしてだった、有紗はこの日は上機嫌で登校しその上機嫌のまま学校での生活を過ごしてだった。
 下校の時も雨が降っていたがその時もえんじ色の傘を差して下校した。これは雨の日は常にそうなっていた。
 それでだ、何時しか雨が降るとだった。
 有紗はにこりと笑ってだ、こんなことを言う様になっていた。
「じゃあ今日もね」
「あの傘を差してなの」
「ええ、学校に行くわ」
 家で母に笑顔で話した。
「そうするわ」
「前まで雨が降ると不機嫌だったのに」
「それが変わったのよ」
「あの傘を差してよね」
「そうして行くから」
 登校、そして下校をするからというのだ。
「だからね」
「機嫌がいいのね」
「そうなの、髪の毛はね」
 不機嫌な理由のもう一つのそれはというと。
「お母さんの言う通り雨の日は束ねたらね」
「気にならないでしょ」
「そうね、まあ野球はサッカーはね」
 試合が中止になることはというと。
「我慢するわ」
「それよりも傘っていうのね」
「あの傘を差せるから」
 お気に入りのその傘をというのだ。
「もうね」
「じめじめしてるのとかもよね」
「我慢出来るわ、それに大きな傘だから」 
 ただ奇麗なだけでなくてだ、その傘はかなり大きく有紗の身体も持っている鞄も完全に覆ってしまうのだ。
「濡れないしね」
「あまり強い雨だと地面から跳ね返るけれどね」
「それはまあね」
「後で拭くしかないわね」
「そうするしか。まあそうした日は滅多にないし」
 雨が降ってもそこまで強い雨が降ることはというのだ。
「ゲリラ豪雨でもね」
「降ってる間は何処かで雨宿りしてるでしょ」
「流石に濡れるからね」
 濡れるのは嫌だからだ。
「それはだけれど」
「あの傘を差してると」
「やっぱり違うわ」
 気分がいいというのだ。
「本当に」
「まああんたがそこまで機嫌よくなったのは」
 雨の日にとだ、母は娘に微笑んで話した。
「よかったわ」
「そう言ってくれるのね」
「だって本当にそう思うから」
 雨の日の不機嫌さがなくなったからだというのだ。
「よかったわ」
「私もそう思うわ、じゃあ今日もね」
「あの傘を差してよね」
「学校に行くわ」
 こう言ってそのうえでだった、有紗はあの傘を差して登校した。そうしてそのうえで学校に行って友人達に明るい挨拶をした。
 これは有紗が中学の頃の話で今はというと。
 雨の日にクラスの中にいて窓の外の雨を見てだ、クラスメイト達にこんなことを言った。
「私昔雨嫌いだったの」
「ああ、中学の時までね」
「有紗ちゃんと同じ中学の娘が行ってたわよ」
 その時から同じ学校の娘がというのだ。
「有紗ちゃん昔は雨嫌いだったって」
「それで雨の日はいつも不機嫌だったって」
「今は機嫌いいけれどね」
「雨の日も」
「だってね」
 雨の日はというのだ。
「傘差せるから」
「あのえんじ色の傘をね」
「だから好きなのよね」
「えんじ色の傘が」
「そうなのよね」
「そうなの、若しあの傘に出会えなかったら」
 その時のことを考えてだ、こうも言った有紗だった。
「私多分今もね」
「雨が嫌いだった」
「そうだったっていうのね」
「あの傘を差せるからよ」
 それ故にというのだ。
「雨の日も機嫌よくなれたのよ」
「あの傘あってこそ」
「そういうことね」
「有紗ちゃんが雨の日も機嫌がいいのは」
「そうなのね」
「だから名前も書いてるし」
 傘にだ。
「なくさないようにしてるの」
「じゃあ若しなくしたら」
「その時はどうするの?」
「何本か同じの買ってるから」
 にこりと笑ってだ、有紗はこう答えた。傘を買ったその店に注文して同じ大きさの同じ色の傘をそうして買ったのだ。
「大丈夫よ」
「ううん、何か雨がどうかっていうより」
「傘が好きになったみたいね」
「あの赤い傘が」
「そうなったわね」
「そうかもね」
 自分でも否定しない有紗だった、そうしてこの日の下校の時もあのえんじ色の傘を差して帰った。その傘を差している時のいつもの顔で。


雨の日も   完


                  2017・9・26

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