黄金の扇子
 南巽れいこはこの時不安を感じていた、それはどうしてかというと。
「推薦ね」
「大学の推薦ね」
「あんた今度受けるのよね」
「ええ、けれどね」
 それでもと言うれいこだった。
「合格出来るかどうか」
「不安で仕方ない」
「そう言うのね」
「確かに受験勉強はしてるけれど」
 真面目でそうしたことは欠かしていない、受験を意識した頃からその大学のことを念頭において夜遅くまで勉強してきている。
「それでも合格するかはね」
「成績だけじゃないからね」
「あと運もね」
「この運の要素が大事よね」
「実際のところ」
「その運が不安なのよ」
 それでというのだ。
「私としても」
「それじゃあね」
 友人の一人がここでれいこに言った。
「豊國神社行ってきたら?」
「豊國神社?」
「そう、あそこにね」
 大阪城の正門のところにある豊臣家の面々を祀った神社である。
「行って合格祈願してきたら?」
「あそこ学業成就の神社だったの?」
 れいこは友人の提案に怪訝な顔で返した。
「そうだったの?」
「さあ」
「さあって」
 友人の今の返事には咎める様に返した。
「それはないでしょ」
「だってあそこ太閤さんをお祀りしてるでしょ」
「それは知ってるけれど」
「大阪の守り神でしょ、太閤さんは」
「あの人元々は名古屋の人でしょ」
 尾張出身だったことを言うれいこだった。
「元は」
「それでも大阪城を築いたし」
「大阪の発展のはじまりの人だから」
「大阪の守り神だしね」
 大阪が今の繁栄に至るきっかけを作った人物だからだというのだ。
「大阪人皆太閤さん好きだし」
「まあ大阪で嫌いな人はいないわね」
「だからよ。太閤さんにお願いしてきたら?」
「合格させて下さいって」
「そうしてきたら?」
「そうね、大阪城ならね」
 大阪の象徴の一つであるこの城についてはだ、れいこもこう言った。
「私も何度も行ってるしね」
「好きでしょ」
「だからだっていうのね」
「そう、行ってきてね」
「神社でお願いして来る」
「合格のね」
 そこに祀られている秀吉にというのだ。
「そうてしてきたら?天守閣にも登ってあの辺りの屋台でたこ焼きも食べて」
「たこ焼きは受験に関係ないでしょ」
「いや、あそこのたこ焼き美味しいから」
「それでっていうのね」
「あれも食べてきてね」
 そうしてというのだ。
「受験頑張ればいいわよ」
「太閤さんにお願いね」
「ええ、そうしてきてね」
「じゃあ今日の学校帰りに行って来るわ」
 早速とだ、れいこはその友人に答えた。
「環状線使ってるしね、私」
「じゃあ丁度いいわね」
「大阪城公園の駅で降りてね」
 大阪城の最寄の駅である。
「あそこで降りてね」
「そうしてきてね、そのうえでね」
「受験ね」
「頑張ってね」
 この言葉は他の友人達も話した、そしてだった。
 れいこはこの日の授業の後家にはすぐに帰らずに大阪城まで行った、そしてまずは大阪城の天守閣に登って最上階から大阪の市街を見渡してだ。
 それから神社に参拝して賽銭を入れてから自分の受験のことを願った、そのうえで帰ろうとするとだった。
 やけに派手な、きんきらきんと言っていい絹の着物を着た猿顔の小柄な男がれいこの前にいた、そうして彼女に陽気に笑って言ってきた。
「おおこれはきれいなおなごだぎゃ」
「あの、ひょっとして貴方は」
「わしのことがわかるだがや」
「だって小柄でお猿さんみたいなお顔ですから」
「ははは、それでわかるだぎゃ」
「はい、太閤さんですよね」
「その通りだぎゃ、生きていた時は太閤だったがや」
 男は自分から言ってきた、そして両手を合わせて自分の顔の右に持って来て目を瞑ってかられいこに話した。
「そして今はだぎゃ、ここで寝ているだがや」
「起きてますよね、今」
「起きている時もあるだぎゃ」
「それで今ですか」
「たまたま起きていてぎゃ」
 それでというのだ。
「おみゃあさんが参拝に来たのを見てぎゃ」
「出て来られたんですね」
「わしは可愛い娘が大好きだぎゃ」
「そういえば太閤さん女好きでしたね」
「それと麦飯にひき米が大好きだぎゃ」
「麦飯もですか」
「そうだぎゃ、それでおみゃあさん今わしに大学への合格を祈願しただがや」
 男はまた自分から言って来た。
「しかしわしはどうにもだがや」
「勉強のことはですか」
「専門外だがや」
 腕を組んでれいこに答えた。
「というかわしは字を読むのも苦手だっただぎゃ」
「そういえばお百姓さんから出世されて」
「学問には縁がなかったぎゃ」 
 このことで苦労もしてきている、歴史にはそう書いてある。
「だから折角お参りをしてくれたでもぎゃ」
「私のお願いはですか」
「わしの専門外だがや」 
 それでというのだ。
「他の神様となるぎゃ」
「そうですか」
「しかしおみゃあさん見たところ頭がいいぎゃ」
 男はれいこの表情、特に目の光を見て言った。
「わしは人を見る目はあるぎゃ」
「そのことでも天下人になられましたね」
「そうだぎゃ、頭はいいぎゃ」
「じゃあ合格は」
「いやいや、戦でも何でも勝つのは力とぎゃ」 
 実力だけではなく、というのだ。
「運だがや、おみゃあさんにそれもあればぎゃ」
「合格ですか」
「わしは運もいい男だったがや」
「そのことでもですね」
「天下を取れたぎゃ、だからぎゃ」
 自分には学はないが運があるからとれいこに言うのだった。
「おみゃあさんに運を与えるだがや」
「参拝したからですか」
「そうだぎゃ、これを持って行くだがや」
 こう言ってだ、男はれいこのすぐ前に来てだった。
 金色の派手な扇子を差し出した、そうして笑顔で言うのだった。
「これを受け取るだがや」
「その扇子をですか」
「わしの扇子、天下一の果報者わしの扇子じゃ」
「だからですか」
「持っていればじゃ」 
 それでというのだ。
「開運、そしてその運でじゃ」
「大学合格ですね」
「そうだがや、これを持って受験に行くことじゃ」
「わかりました、それじゃあ」
 れいこは男からその扇子を受け取った、そうしてだった。
 扇子を自分の鞄に収めてだ、男に深々と頭を下げて礼を述べた。
「有り難うございます、それでは受験は」
「頑張って来るぎゃ」
「運も備わったからですね」
「油断は駄目でも落ち着いて受けるぎゃ、あとぎゃ」
「あと?」
「いや、スタイルもいいおなごじゃ」
 ここで急にいやらしい笑みになってだ、男はれいこに言ってきた。
「どうじゃ?わしとこれからデートでも」
「彼氏がいますので」
 このことはきっぱりと断ったれいこだった。
「申し訳ありませんが」
「何じゃ、それは駄目なのか」
「はい」
「やれやれじゃ、しかし嫌ならな」
「無理強いはされませぬか」
「嫌だと言うおなごにそうする趣味はないわ」
 この辺りは弁えていた。
「だからじゃ」
「それで、ですか」
「嫌ならいい、受験は頑張るのじゃぞ」
「わかりました、そのことは頑張ってきます」
「そういうことでな、また困ったらここに来るのじゃ」
 男はれいこに愛嬌のある笑顔で告げて彼女を送った、こうしてれいこは黄金の海運の扇子を持ってだった。試験に出た範囲は全て受験直前に勉強した範囲だったという幸運もあり。
 志望大学の推薦入試を受験して見事合格した、そうして合格してから友人達に笑顔で話した。
「いや、豊國神社にお参りしてね」
「それでなのね」
「私が言ったけれど」
「実際に合格祈願して」
「それでなの」
「合格出来たわ、それもこれもね」
 合格出来たのでにこやかに言っていた。
「太閤さんのお陰よ」
「よかったわね」
「あそこにおられる太閤さんに適えてもらったのね」
「見事に」
「そうなの、行ってよかったわ」
 友人達に笑顔のまま話す。
「お陰で合格出来たわ」
「あそこ本当に学業成就だったの」
「いえ、開運よ」
 お参りを勧めた友人にはこう答えた。
「そちらよ」
「開運なの」
「そう、太閤さんは運がいい人だったから」
 神社で男に言われたことをそのまま言った。
「それでね」
「運がよくなってなのね」
「合格出来たわ」
「ううん、本当に合格出来たのならね」
「よかったわ」
「そうよね、じゃあ私もね」
 言った友人もだった、れいこの言葉に考える顔になって述べた。
「今度受験だけれど」
「お参りしてくるのね」
「そうしてくるわね」
「頑張ってね、ただね」
「ただ?」
「女好きのおじさんには気をつけてね」
 男のこのことも言うのだった。
「そこはね」
「女好きって?」
「行けばわかるから、多分運がよかったら会えてね」
 男が起きていればというのだ。
「それで開運グッズ授けてもらえるけれど」
「その人がなのね」
「女好きだからね」
「そのことには気をつけろっていうのね」
「そう、そしてね」
「開運ね」
「そうして合格してきてね」
 こう友人に言うのだった、そして自分の席にかけてある鞄を見た。その中にある自分に合格出来るだけの運を授けてくれた黄金の扇子を。


黄金の扇子   完


                 2017・10・24

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