追い込み
 住之江百合はこの時誰がどう見ても疲労の極みにあった、目の下にはクマが出来ていて肌は荒れ放題で髪の毛もボサボサだ。
 その彼女を登校する時に見てだ、妹は姉に問うた。
「お姉ちゃん寝てる?」
「全然」
 これが百合の返事だった。
「寝てないわ」
「やっぱり」
「だってもうすぐね」
「冬のコミケだからよね」
「締め切りまでに完成させないといけないから」
 コミケに出す作品をというのだ。
「だから今ね」
「追い込みなのね」
「そう、期末テストが終わって」 
 この時も毎日遅くまで勉強していた、普段から勉強するタイプの百合だがテスト前は徹底的に覚えなおすタイプなのだ。
「それですぐにね」
「今度はコミケね」
「それがあるから」
「それはわかるけれど」
 ゾンビの様な顔で食事を摂る姉に言う、それは高校の制服を着ているゾンビだった。
「けれど何か今のお姉ちゃん死にそうよ」
「安心して、生きているから」
 ボソボソとトーストを食べつつ妹に返事をする。
「この通りね」
「だから死にそうっていうのよ」
「毎日寝てはいるから」
「どれ位?」
「平均二時間は」
「それ殆ど寝てないってことになるから」
 それ位の睡眠時間ではというのだ。
「やっぱり危ないわよ」
「大丈夫、完成させたらね」
「それからはなの」
「ちゃんと寝るから」
 そうするというのだ。
「安心してね」
「全く、プロの漫画家さんみたいな生活してるわね」
「デビューしたいとは思ってるわよ」
「言っても無駄だと思うけれどちゃんと寝てね」
「全部終わってからね」
 それからという返事だった。
「そうするわ」
「じゃあまだなの」
「先よ」
 そうして普通に寝ることはというのだ。
「あと少しだから」
「完成まで」
「そう、今追い込みも追い込みでね」
「クライマックス中?」
「それが終わったらよ」
「ちゃんと寝るのね」
「そうするから、絶対にね」
 こう妹に約束する、そうして朝御飯を食べて登校するが期末テストが終わって消化試合の様になっている終業式までの学校でもだ。
 百合は死にそうな顔でクラスにいた、その彼女に友人達が言った。
「あんた死にそうな顔してるわよ」
「お顔の色は土気色だしね」
「髪の毛も酷いし」
「目に光がないわよ」
「何か凄いことになってるわよ」
「ずっとコミケの同人誌描いてるから」
 友人達にもその死にそうな顔で答える。
「だからね」
「それでっていうの?」
「何か夏もそうだったけれど」
「あと春もね」
「ゴールデンウィークの時のコミケって言ってて」
「そんな調子だったけれど」
「今もなの」
 まさにというのだ。
「同人誌描いてるから」
「部活で出すのね」
「もうそれに必死で」
「あまり寝てないの」
「連日連夜描いてるのね」
「そうなの、コミケで売れたお金が部費にもなるし」
 そうしたシビアな事情もあった。
「ちゃんとした作品にしないとね」
「駄目だから」
「クオリティにも気を使って」
「それでなのよ」
 こう友人達に言うのだった。
「今本当にね」
「必死に書いてるのね」
「もう毎日殆ど寝ないで」
「コミケに間に合わせる為に」
「そうしてるの」
「そうなの」
 こう言うのだった。
「それで完成させたらね」
「後は刷る」
「そうしてコミケに出す」
「そうするのね」
「通販もネット販売もするから」
 そういったこともするというのだ。
「部費ゲットよ、その為にも描くわ」
「本当に必死ね」
「部費のこともあるから」
「もう寝ずに頑張ってる」
「そうしてるってことね」
「そういうことよ、何とかやって」
 そしてと言うのだった。
「それから寝るわ」
「つまりそれまで寝られない」
「まだっまだ」
「そういうことね」
「そう、終わるまではね」
 こう言ってだ、百合は栄養ドリンクと缶コーヒーを飲んで授業に向かった。授業にも真面目なタイプなので寝るつもりはなかったからだ。そして。
 昼休みは食事を手早く済ませて部室に入ってそこで描き放課後もだった、とにかく必死に描いていた。
 そうして部活が終わる時にだ、部長に言った。
「何とかです」
「締め切りにはだね」
「間に合わせます」
 こう言うのだった、自分も描いていて疲労が顔に出ている部長に。
「そうしますので」
「僕もだよ、何とかね」
「締め切りまではですね」
「描いてね」
 そうしてというのだ。
「コミケに間に合わせるから」
「そうしましょう」
「今皆頑張ってるんだ」
 部員達全員がというのだ。
「とにかく今は辛くてもね」
「それでもですね」
「締め切りを間に合わせよう、そして」
「作品のクオリティもですね」
「維持して」
 このことも守ってというのだ。
「家でも描こう」
「今日もそうします」
 百合は部長に応えて実際にこの日も家でも執筆をした、夕食と風呂の時以外はとにかく描いてだった。そして。
 何とかだった、百合は脱稿した。その時は朝になろうとしていた。
 少しだけ寝て登校する、だがこの時に妹に死相が浮き出そうな顔で言った。
「完成したわ」
「おめでとう、それじゃあよね」
「今日原稿部長さんに出して」
 そうしてというのだ。
「それで今日は学校から帰ったら」
「寝るの?」
「そうするわ、もうね」
「限界とっくに越えてるわよね」
「期末テストの後でだったからね」 
 そうした過密と言うのもおこがましいスケジュールだったからだというのだ。
「倒れないうちにね」
「というか今にも倒れそうだけれど」
「そんな状況だから」
 百合も妹の言葉を否定しない、朝食を極めて低いテンションで食べつつ。
「今日はね」
「原稿出して」
「後はもう顧問の先生がしてくれるから」 
 刷ったりすることはというのだ。
「コミケに出て売るだけよ」
「お姉ちゃんも出るのよね」
「そうするわ」
「コスプレするの?やっぱり」
「そうするわ、描いた作品のヒロインのね」
 そのコスプレをしてというのだ。
「出るから」
「じゃあそれまでにクマとか肌荒れとか髪の毛はね」
「ちゃんとしてよね」
「出てね」
「そうするわね」
「そこしっかりしてね」
 そうしてとだ、妹は姉に忠告した。
「折角素材はいいんだから」
「私美人なの」
「普段はそこでずっと高いテンションで反応示すじゃない」
 それがないだけ今は疲れきっているというのだ。
「だからね」
「コミケまでには」
「身体回復させるのよ」
「そうするわ、やっと寝られるわ」
 こう言ってだ、百合は登校してすぐに部長に原稿を出して後は授業は気力と栄養ドリンクで乗り切ってだった。授業が全て終わると家に帰って寝た、それから朝まで起きることはなかった。


追い込み   完


                   2017・10・26

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