実はくノ一
 守口唯の家は実は代々忍者の家系である、古くは幕府に仕えて大坂にいる忍者の家であったのだ。そして今もだ。
 家では日々忍術の修行に励んでいる、しかし師匠でもある祖母にはよく困った顔でこうしたことを言われていた。
「うちは代々正統派の忍者だからいいけれど」
「くノ一だからっていうのね」
「それであんたを見てるとね」
 どうにもという顔で言うのだった。
「顔は可愛いけrど」
「色気がっていうのね」
「ないからね、まあ中学生だけれど」
 だからとも言う祖母だった。
「まだ出ないにしても見ていたら」
「色気はなの」
「ないからね、それを言ったら祖母ちゃんもだけれどね」
 笑って言った祖母だった。
「やっぱり代々色気がないから」
「くノ一って色気がないと駄目っていうわね」
「男をたらしたりもするからね」
 忍び込んだ時にというのだ。
「だから必要なんだよ」
「くノ一だと」
「けれどあんたにはないしうちはそうした忍者じゃないから」
 だからだというのだ。
「まあそれならね」
「私はこのままなのね」
「普通の忍者としてね」
 つまり正統派の忍としてというのだ。
「やっていくしかないね」
「色気に走らず」
「ないなら走れないだろ」
 このことも笑って言う祖母だった。
「それに考えてみたら今時色仕掛けの忍術もないし」
「隠れたり跳んだり手裏剣投げたり」
「そういうのだからね、スタントマンとか探偵はしても」
「お祖父ちゃんもお父さんもしてるし」
 そうして色々と仕事をして生計を立てているのである、今は大学生の唯の兄もこのことは同じである。
「私もなの」
「忍術を活かして生きていたいなら」
 それならというのだ。
「あんたはよ」
「色気を考えずに」
「正統派の忍者として生きるんだよ」
「ご先祖様がそうだったみたいに」
「そうするんだよ」
 こう唯に言い孫自身もだ、色気などは考えずにだった。 
 忍術の修行を続けていた、その結果俊敏で体力も備わり。
 体育の成績はよく部活の陸上部でも活躍していた、選手にもなっているハードルでも見事にだった。
 跳んで駆ける、その彼女を見て顧問の先生は笑顔で言った。
「この調子でいったら今度の大会もね」
「いい成績残せますか」
「いけるわ、守口さん本当にね」
 唯に笑顔で言うのだった。94
「走るのも跳ぶのもいいわね」
「そういうのは確かに得意ですね」
「何かね」
 ここでこうも言う先生だった。
「忍者みたいね」
「あはは、私が忍者ですか」
 内心そうですよと思いつつもこう言われることは慣れていて平然と返す唯だった。
「そんな動きしてますか」
「ええ、高いところに行くのも得意よね」
「そこでのお仕事も」
「それで隠れるのもよね」
「昔からかくれんぼは見付かったことがないです」
「だとしたらね」
 そうした要素が揃っていると、というのだ。
「もうね」
「忍者ですか」
「そんな感じよね」
「じゃあ手裏剣とか投げたり」
「出来る?」
「ダーツは得意です」
 手裏剣ではなくこちらと答えるのが常だった。
「百発百中とはいかなくても」
「それでもなのね」
「得意ですよ」
「じゃあやっぱり」
「忍者だってですか」
「思ったわ、オリエンテーションでも期待出来るわね」
 忍者ならと言われるのも常だった、だがそれでもだった。
 唯はいつもこうした時はいつも誤魔化していた、自分が実は忍者の家系で忍術を身に着けていることは隠していたのだ。
 だが中学校の林間学校の時だ、唯は不意にだった。同じ班の面々にこんなことを言った。
「小川の水は絶対にそのまま飲まないで」
「生水は飲むなっていうけれど」
「大丈夫じゃないの?」
「危ないから」
 こう言って止めるのだった、そしてだった。
 ライターを出してだ、皆にあらためて話した。
「乾いた木の枝集めてね、乾いてないと乾かしてからね」
「火を点けてなの」
「その火でなの」
「そう、やかんとかに入れて沸騰させるの」
「そうして飲むのね」
「火は」
「そうして、あと喉が渇いてもお水がない時は」
 その時のことも話す唯だった。
「丸い小さな小石を舐めればいいっていうけれど」
「それもよくないの」
「そうだっていうの」
「道に落ちている石も不衛生だから」
 生水と同じくというのだ。
「だから梅干の種とか舐めて、梅干しを食べて」
「その種を舐める」
「そうすればいいの」
「そうすれば唾液が自然と出るから」
 舐めているうちにというのだ。
「その方がいいわ、あとお水は土を掘って穴にサランラップを置いてね」
「そうしたらお水出るから」
「穴の中にお水を受けるコップとかを置いて」
「そこにお水を受けてよね」
「集めればいいのね」
「川がないとね、あとね」
 さらに話す唯だった。
「食べられる茸と食べられない茸もね」
「いや、食べないよ」 
 ここでだ、同じ班の男子の一人が唯に驚いた顔で言ってきた。
「だって僕達カレー食べるし」
「夜は」
「そうだよ、お昼もそんなの食べないしね」
 それでというのだ。
「そこまではね」
「いや、山で何日も過ごしたりとかね」
 ここでこうも言った唯だった。
「あるでしょ」
「いや、普通ないよ」
 その男子は唯の言葉に怪訝な顔で返した。
「山で何日もとか」
「大阪でそれはないよ」
 別の男子生徒も言ってきた。
「街なのね」
「そうだよね。山で何日もとか」
 三人目の男子生徒も言う。
「大阪にいたらないよね」
「ちょっとね」
「そうかしら、まあね」
 それでもと言う唯だった。
「そんな時もあるって思ったら」
「そんなのボーイスカウトでもないよ」
「そこまではね」
「陸上自衛隊でもないと」
「そうだけれどね」
 忍者であることは隠して言う唯だった、その他にもだ。
 唯はついつい山の中でどう隠れるべきか、お水の中で隠れるにはそのまま隠れずに木の葉が浮かんでいる中で隠れるべきだの土の中での隠れ方だの言ってだ、山の中を大阪で生まれ育っているとは思えない位すいすい進んでだ。
 誰もがだ、首を傾げさせて言った。
「守口さんって普段から足速くてジャンプ力あるけれど」
「それで忍者みたいだけれど」
「それでも今はね」
「余計に忍者みたい」
「隠れ方とか言うしね」
「そうかしら、まあ何かね」
 やはり忍者であることは隠して応える唯だった、小柄な身体に学校指定のジャージがよく似合っている。
「私昔から山好きでね」
「それでなの?」
「そんなに山で隠れるとか思えるの?」
「すいすい進めて」
「お水の飲み方とか集め方も詳しいし」
「梅干しとかの話も」
「そうなの、まあそういうことだから」
 真実を隠しての言葉だった。
「別に何もないわ」
「そうなんだ」
「やけに山に詳しい気がするけれど」
「しかも山に慣れていて」
「妙に忍者っぽいけれど」
「気のせいなのね」
「そうなのよ」
 こう話してだ、唯は林間学校での自分の行動の真実を隠した、そのうえで林間学校が終わって家に帰ってだ。
 祖母に忍者の携帯食を一緒に作りながらその話をするとだ、祖母にこう言われた。
「そうした時もだよ」
「隠すものなの」
「忍者は隠れるものだっていつも言ってるだろ」
「それで逃げるものよね」
「だから早く駆けて高く跳ぶんだよ」
 全ては逃げる為にというのだ。
「だからどうしてね」
「怪しまれる様なことを言ったりするか」
「普通にしてればいいんだよ」
「普通になのね」
「部活位は速く走って高く跳んでいいよ」
 その時はというのだ。
「部活は汗をかいて楽しむものだからね」
「それはいいのね」
「そうだよ、けれど普段林間学校でもね」
「忍者かと思われる様なことは」
「しないことだよ」
「そうなのね、けれどどうしてなの?」
 携帯食の材料をすりこぎですり潰しつつ祖母に尋ねた。
「今時もう忍者なんて何でもないのに隠すの?」
「うちが忍者の家系だってことをだね」
「代々忍術を受け継いでいることも」
「それは決まってるだろ、忍者は隠れるものだよ」
「だからなの」
「自分から忍者だって言わないものさ」
 それでというのだ。
「それで誰にも言わないんだよ」
「隠しているのね」
「家の中だけのことでね」
「そうした理由があったのね」
「そうだよ、じゃあわかったらね」
「これからもね」
「私達が忍者であることは隠すんだよ」
「忍者だからなのね」
 唯は祖母のその言葉に頷いた、まだ隠す必要はないと思いながらも忍者は隠れるものだと言われてそうかもとも思って頷いた、そうして今は携帯食を作るのだった。


実はくノ一   完


                2017・10・29

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