天才薬剤師
生野ロートはまだ大学院生だが天才薬剤師として知られている、どんな妙薬も瞬時に調合して患者に出すことが出来る。
だがその報酬は法外でだ、薬を作ってもらった大阪のあるお金持ちはロートに苦笑いでこうしたことを言った。
「君はいつもいい薬を作ってくれるけれど」
「報酬はですね」
「高いね、しかも法外に」
このことを言うのだった。
「いつも思うけれど」
「お金は大事なので」
ロートはその整った顔で冷静に答えた。
「ですから」
「それでなんだ」
「報酬はです」
「いつも法外なんだね」
「男女問わず」
性差別はしない、ロートも大阪二十六戦士の一人だからだ。
「そうしています、しかし」
「しかし?」
「常に払えるだけの額ですね」
ロートは自分で言った、自分が要求するその額のことを。
「そうですね」
「それはね」
金持ちも否定せずに答えた。
「そうだね」
「はい、払えないだけの額はです」
「要求しないね、君は」
「私はお金は大事ですが」
それでもと言うのだった。
「守銭奴でも意地悪でもないつもりです」
「だからなんだ」
「はい、報酬はです」
「あくまで、だね」
「払えるだけのものを」
それだけをというのだ。
「要求する様にしていてです」
「払っているんだね」
「そうしています」
「そうなんだね」
「それが人の、戦士の筋と思いますが」
「大阪二十六戦士の」
「私もその一人です、ですから」
「そこは守っているんだね」
法外な額の報酬を要求しても相手が払えるだけの額にしているということはだ。金持ちもこのことを言った。
「そうなんだね」
「左様です」
「そういうことだね」
「ではまた」
「うん、何かあった時は頼むよ」
金持ちはロートに報酬を支払い彼の前を後にした、ロートはとかく金には五月蠅い大阪二十六戦士の中では異色の存在だった。
しかしまだ高校生に弟子にだ、金の使い途のことを聞かれるとこう答えたのだった。
「言う必要があるのかい?」
「貯金されていますか?」
「まあね」
否定はしていない返事だった。
「それはね」
「そうですか」
「老後のことは考えているよ、あと学費も生活費もね」
「報酬からですね」
「出しているよ」
「それでもですよね」
考えつつだ、弟子は師匠であるロートにさらに問うた。
「先生が要求される報酬は多いので」
「老後や学費や生活費よりも」
「先生の生活質素ですし」
ロートは贅沢には興味がない。
「薬を調合するにも材料は」
「そう、私自身が持っているものもあるが」
「それでもですよね」
「私が受け取っている報酬からすればだな」
「はい、ちょっとですよ」
まさにというのだ。
「ほんの些細な額で。報酬の殆どは残りますが」
「その報酬の殆どを何に使っているか」
「気になったんですが」
「だから答える必要はあるのかい?」
ロートから弟子に聞き返した、逆に。
「私が」
「そう言われますと」
「犯罪捜査でもないね」
「ただ気になったので聞いているだけです」
「なら答える義務はないね」
「そうなりますね」
弟子もそのことを認めた。
「それは」
「ではね」
「答えてくれませんか」
「そうさせてもらうよ」
こう弟子に言った。
「今はね」
「そうですか」
「うん、ではね」
ロートはさらに言った。
「これからまた依頼が来ているから」
「薬の調合をですね」
「するよ」
「ではお手伝いをさせてもらいます」
弟子としてこう答えてだ、彼はロートへの質問のことは忘れてそちらの手伝いをした。ロートは報酬の使い途を言わなかった。
しかし大阪のある孤児院にだ、当然に何億もの寄付があった。それで孤児院の理事長さんは驚いて事務の人に聞いた。
「五億もかい?」
「はい、うちの孤児院にです」
事務の人は理事長さんに答えた。
「寄付で」
「五億もかい」
「きています」
「驚いたよ、それだけあれば」
「借金を返せますし」
「孤児院の運営もね」
「困らないです」
事務の人も言う。
「本当に」
「全くだよ、神様みたいに優しい人がね」
「寄付をしてましたね」
「そうとしか思えないよ」
「一体誰でしょうか」
事務の人は差出人不明のその寄付の主について考えた。
「五億もポンと寄付してくれるなんて」
「うん、だから神様みたいな人とね」
「理事長さんも言われたんですね」
「そうだよ、そして誰かわからないけれど」
それでもとだ、理事長さんはさらに言った。
「その神様みたいな人にね」
「孤児院は救われましたね」
「孤児院にいる子供達もね」
そうなったとだ、理事長さんは寄付をしてくれた人に心から感謝して言った。この寄付のことは大阪でも有名になった。
しかしその寄付をした人のことは誰も知らずこのことが話になっていた。
「一体誰だろうな」
「誰が五億も出したんだろう」
「凄くいい人にしても」
「五億なんてポンと出せないわよ」
「普通の人は」
「とても」
それだけの高額の寄付なぞというのだ。
「どんなお金持ちかしら」
「そこまで出す人なんて」
「酔狂で心優しいお金持ち?」
「そんな人?」
誰もが疑問に思った、それで誰かを話すのだった。
ロートの弟子もその話を聞いて知っていてだ、ロートに聞いた。
「不思議な人もいるものですね、五億ですよ」
「孤児院への寄付の話か」
「先生も知っていますよね」
「一応は」
知っているとだ、ロートは弟子に答えた。
「聞いている」
「そうですね、五億もですよ」
「寄付をしたことが」
「立派な人もいるもんですね」
弟子の言葉は心から感心し感激しているものだった。
「本当に」
「立派か」
「立派ですよ」
まさにというのだった。
「こうしたことをする人は」
「そうなのか」
「ですから先生も」
弟子はロートにも声をかけた。
「こうした人みたいにですよ」
「お金があればか」
「したらどうでしょうか」
「そうだな」
ロートは弟子の言葉に素っ気なく返した。
「考えてみよう」
「そうして下さい、お金はあまり使ってないですよね」
「贅沢には興味がない」
見れば今も白衣の下は質素なものだ。
「僕はな」
「じゃあ余計にですよ」
「いつも法外な報酬を要求しているからか」
「寄付もしないと」
困っている人達にというのだ。
「そうしましょうよ」
「だから考えておくとな」
「言われたんですね」
「そうだ」
弟子への返事はここでも素っ気ないものだった。
「そうしておこう」
「お願いしますよ、大阪二十六戦士の一人なんですから」
大阪の街と市民達を護る彼等のうちの一人だというのだ。
「そうして下さいね」
「何度も言うが考えておく」
ロートはこう言うばかりだった、だが弟子は知らなかった。彼の机の中にはいつも小切手があることを。そしてその小切手は何かあるとすぐに使われることを。この前五億円がそこから出されたこともまた。
天才薬剤師 完
2018・1・24
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