打って切って茹でて
 天王寺のりの特技は麺打ちだ、とかくうどんも蕎麦も何でもござれだ。
 それで家でもこうしたものを食べる時はのりが綿を打ってからはじめる、だが。
 その彼女にだ、兄弟達はある日兄弟全員でテレビを観ている時に尋ねた。
「のりって麺打つの上手だけれど」
「それどうしてなの?」
「いつもいい麺打つけれど」
 兄も弟達ものりに聞いてきた。
「コシがあるね」
「味も太さも丁度いいけれど」
「切り方だってな」
「特にコシだよね」
「うん、姉ちゃんの打つ麺凄いコシあるよね」
「どんな麺だってな」
「コシのこと?それはね」
 のりは兄弟達に何でもないといった顔で答えた。
「やっぱり茹で加減よ」
「麺のか」
「それでなんだ」
「あのコシなんだ」
「そう、スパゲティだったら」
 こちらの話もするのりだった。
「アルデンテね、そうした感じに茹でたらね」
「コシがあるのか」
「いつものコシになるんだ」
「おうどんやお蕎麦の」
「それぞれの麺で茹で具合があるから」
 のりは兄弟達にこのことも話した。
「注意しないとね」
「成程な、いや」
 兄は妹の言葉に一旦納得しかけた、だが。
 ここでだ、妹にその納得しかけたものを引っ込めたうえでさらに言った。
「それだけじゃないだろ」
「?どういうこと?」
「だからな、茹で加減だけてな」
 これだけでというのだ。
「あのコシはないだろ」
「あっ、そういえばそうだね」
「そうだよね」
 今度は弟達が言った。
「姉ちゃんが打ったおうどんと他のおうどん違うよ」
「スーパーで買ったのを茹でても」
「お蕎麦でもラーメンでも」
「全然違うよ」
「姉ちゃんが茹でても」
「そうしてもね」
「それでだよ」
 兄はまたのりに言った。
「それは違うって思ったんだよ」
「それで言うの」
「ああ、それだけじゃないだろ」
「茹で加減だけじゃ」
「違うだろ」
「そう言われたら」
 どうかとだ、のりも否定せずに答えた。
「まあそうかもね」
「御前が打つ麺自体に何かあるよな」
「ええ、実は打つ時にね」
「その時にか」
「コツがあるのよ」
「そのコツでだよな」
 兄は妹に身を乗り出す様にして問うた。
「あのコシになるんだな」
「茹で加減だけじゃなくてね」
「そうだよな、そもそも味だって違うしな」
「味は私の作り方だけれど」
 それぞれの麺のだ。
「おうどんもお蕎麦も」
「ラーメンもだな」
「ええ、けれど打つ時にね」
「そのコツがあるんだな」
「ええ、それでね」
 あのコシになるとだ、のり自身も答えた。
「ああなるの」
「成程な」
「そう、そしてそのコツは」
「何なんだ、それは」
「足なの」
 のりは兄に一言で答えた、もう兄弟達は誰もテレビではなく麺のそれに話に専念していた。
「足を使って打つの」
「足をか」
「そう、足をね」
 まさにそれをというのだ。
「使って打つとね」
「あのコシになるのか」
「そうなの」
「足か」
「踏むのよ」
 のりはまた一言で答えた。
「麺をね、手である程度打って形を整えて」
「それからか」
「そう、ビニールで包んで」
 その麺の生地をというのだ。
「後はね」
「踏むのか」
「そう、思いきり体重乗せて」
 そのうえでというのだ。
「もう踏んで踏んで踏みまくるの」
「そうして打つとか」
「あのコシになるの」
「そうだったんだな」
「このやり方お母さんに教えてもらったの」
「へえ、お母さんにか」
「そうなの」
 こう兄に話した。
「それでやってみたらね、最初はおうどんで」
「あのコシになったんだな」
「そうなの、お蕎麦でもラーメンでもしたら」
 どの麺でもというのだ。
「コシが全然違ってて」
「やってるのか」
「そうなの」
 今もというのだ。
「そうしてるの」
「成程な、そのお陰でか」
「あのコシになるのよ」
 のりが打つ麺のそれにというのだ。
「そうなの」
「わかった、しかしな」
「しかし?」
「今度俺もやってみるか」
 兄は考える顔で言った、自分もとだ。
「そうしてみるか」」
「じゃあ僕もそうしてみるよ」
「僕もね」
 弟達も言った。
「お姉ちゃんみたいにやってみるよ」
「足で麺を打ってみるよ」
「それで美味しい麺が食べられるならね」
「そうするよ」
「そうしてみてね、じゃあ今度お家で麺類をを食べる時にね」
 のりは兄弟達に笑顔でやってみた。
「皆でやってみましょう」
「そうしような」 
 兄が兄弟を代表して応えてだ、そうしてだった。
 実際に家でうどんを食べる時にだ、兄弟全員でうどんの麺を足で打ってみた。手である程度打って形を整えてから。
 するとだ、実際にだった。
「あっ、これはな」
「うん、美味しいね」
「そうだね」
 兄弟達はそのうどんを食べてそれぞれ言った。
「足で打つと」
「全然違うね」
「そうだな、けれどな」
 兄は自分達が足で打ったうどんをタベツツこうも言った。
「まだ足りないか?」
「足りない?」
「足りないっていうと」
「ああ、おつゆだよ」
 こちらのことを言うのだった。
「麺と比べてな」
「おつゆはなんだ」
「そっちはなんだ」
「今一つの感じがするけれど」
「あっ、それは」
 のりも兄の言葉には難しい顔になって応えた。
「私もね」
「まだか」
「ううん、こっちはね」
 どうもと兄に返した、一家ですうどんを食べつつ。親達も同じものを食べているが彼等は子供達の会話に入っていない。
「まだ私もね」
「麺以上にはか」
「勉強してないから」
 自分で言うのだった。
「だからね」
「まだだな」
「そっちは追いついてないの」
「じゃあこっちもな」
 つゆの方もとだ、兄は妹に話した。
「勉強していくか」
「そうよね」
「うどんって麺だけじゃないからな」
「他の麺類もね」
 蕎麦にしろラーメンにしろというのだ。
「おつゆ、スープもあるから」
「そっちもよくないとな」
「だからね、これからはね」
「おつゆもな」
「勉強していくことね」
「さもないとな」
「完全じゃないから」
 麺だけでなくというのだ。
「本当にね」
「こっちもな、間違ってもな」
「間違っても?」
「あれだよ、前に家族で東京に行っただろ」
 兄はここで目を顰めさせてのりに話した、うどんだけでなく麺に付いているつゆの味も確かめながら。
「東京のおつゆな」
「ああ、あの真っ黒なおつゆね」
「墨汁みたいなな、あのおつゆ辛かっただろ」
「随分とね」
「ああいうのは作らない様にしような」
 大阪人として言うのだった。
「絶対に」
「あれは論外よ」
 のりも兄に即座に返した。
「だってここ大阪でね」
「俺達も大阪人だしな」
「それならよ」
 もう言うまでもなく、というのだ。
「おつゆはね」
「大阪のでな」
「東京はね」
「絶対に駄目だからな」
「わかってるわよ、おそばでもね」
 のりはその関東でうどんよりも食べられるこの麺の話もした。
「おつゆはね」
「あんな辛いもの食べられるか」
「そうよね」
「ざるそばだってな」
 この食べ方でもと言う兄だった。
「あのつゆは駄目だからな」
「あくまで関西のよね」
「そうだよ、そっちだからな」
「わかってるわよ」
 また答えたのりだった。
「私だってね」
「昆布もちゃんと使えよ」
「そうそう、本当に関東のおうどんって辛かったね」
「おつゆ真っ黒でね」
 弟達もここで言う。
「正直美味しくなかったよね」
「僕達にしてみればね」
「そこはわかってるからね、おつゆはこれから勉強するけれど」
 のりは弟達にもはっきりと答えた。
「絶対に関西よ」
「それじゃないと駄目だからな」
 また言う兄だった、そうして兄弟全員で打ったうどんを食べるのだった、関西の味のそのうどんを。


打って切って茹でて   完


                    2018・3・21

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