背番号十
四天王寺奈央の女子サッカー部での背番号は十である。ミッドフィルダーの背番号でありそのミッドフィルダーの中でも極めて重要なポジションにいる者の背番号であると言っていい。
だから奈央にとっては自慢の一つでもある、そしてこのことはサッカーにおいてだけではなかった。
家でだ、よく母や姉にこう言われていた。
「十番背負えるなんていいわね」
「あんた果報者ね」
「そんないい番号ないわよ」
「最高の背番号の一つじゃない」
「そうよね、十番っていったらね」
奈央自身何故そう言われるのかをわかっていて応える。
「阪神だと永久欠番だからね」
「そうよ、藤村富美雄さんよ」
母がその十番を背負っていた人の名前を出した。
「ミスタータイガースよ」
「私この目では見ていないけれど」
奈央が生まれる遥か前の選手だからだ、祖父や祖母の年代の選手であるという認識だ。
「凄い人だったのよね」
「そうよ、お母さんも見てないけれどね」
「見てないのに知ってるの」
「聞いてね」
彼の活躍の話をというのだ。
「知ってるのよ」
「そういうことね」
「もう凄い選手だったのよ」
「阪神を背負う位の」
「そう、二リーグになる前は特に凄かったのよ」
「もう大昔ね」
奈央にとってはそうだ、勿論母にとってもこのことは同じだ。
「セリーグとパリーグに分裂する前なんて」
「そうよ、けれどね」
「その時に活躍してて」
「怪我にも強くて見せるものを見せてくれて」
「確かあれよね」
大学生で国文学を学んでいる姉が言ってきた。
「坂口安吾がね」
「確かその人って」
「そう、終戦直後の作家でね」
姉は妹にすぐに話した。
「白痴とか堕落論とか書いてた」
「無茶苦茶な人生送った人よね」
「生活がね、凄かったのよ」
姉はまずその坂口安吾の話をした。
「それでその人も言ってたの」
「藤村さんのことを」
「そう、最高の野球選手っていう風なことをね」
「そうだったの」
「ダイナマイト打線の時代ね」
第一期の頃のことだ、他には別当等もいた。この頃の阪神の強さは今も日本をその害毒で汚染している巨人を凌駕していたと言われている。
「もうデッドボールも本当に痛そうに見せて」
「そのこともよね」
「見せていてね、本当の意味でのね」
「野球選手だったの」
「絵になるって意味で」
まさにその意味でというのだ。
「坂口安吾も言ってたの」
「そうだったのね」
「あんたはサッカーでもよ」
例えスポーツのジャンルは違えどもと言う姉だった。
「藤村さんの背番号を背負ってるのよ」
「だから余計にいいのよね」
「そうよ」
妹に強い声で言い切った。
「だから余計にね」
「頑張らないと駄目ね」
「サッカーもね」
「そう、十番と十一番はよ」
母は阪神のもう一つの聖なる背番号も話に出した。
「特別だから」
「それでよね」
「そう、二十三番はないわよね」
「ええ、高校のサッカーでは普通はね」
「この背番号もいいけれど」
阪神タイガースにおいてはだ、ニ十三は吉田義男のもので十一は村山実のものだ。この二人も阪神の伝説の名選手だ。
「十もだから」
「それで絶対にね」
「そう、背番号に恥じないサッカーをしなさい」
「正直羨ましいし」
姉はまた言った。
「いいわね、じゃあね」
「ええ、サッカー頑張るわ」
奈央はいつもこう返していた、彼女の部活での背番号は阪神では永久欠番の一つでもあるので余計に意識していた。
だが甲子園に阪神の応援に高校の友人達と共に行く時にだ、奈央は友人達に着ている服について言われた。
「あんたいつも甲子園には阪神の服着ているけれど」
「私達だってそうだしね」
見れば全員阪神グッズに身を包んでいる、それぞれ派手に赤や黄色でアレンジされた阪神のユニフォームを着ている。
「そうだけれど」
「背番号は十じゃないのね」
「六番じゃない、いつも」
「監督さんの現役時代の背番号じゃない」
「何で十番じゃないのよ」
「部活はその番号なのに」
「あの背番号は無理よ」
奈央は友人達に真剣な顔で答えた。
「幾ら何でも」
「ひょっとして藤村さんの背番号だから?」
「初代ミスタータイガースの」
「だからなの」
「十番は着ないの」
「野球の時は」
「そうよ、絶対に着けられないわよ」
奈央は断言した。
「十と十一、ニ十三はね」
「流石にっていうの」
「永久欠番は」
「着けて行かれないの」
「あんたの部活の背番号でも」
「恐れ多いわ」
こうまで言う奈央だった。
「流石に」
「だから六番なのね」
「それにしてるのね」
「それも兄貴さんのお名前で」
「それを着てるのね」
「そう、監督さん広島時代は十だったし」
阪神に移籍する時に広島時代の十番は阪神では永久欠番なので着けられないということで六番になったのだ。
「だからよ」
「それでっていうのね」
「応援の時は十番じゃないの」
「そこは外してるの」
「甲子園でも流石にいないじゃない」
阪神ファン達が日本一集まる場所、今自分達が向かう場所もというのだ。
「そうでしょ」
「まあね」
「現役の人の背番号が一番多いわね」
「レジェンド選手も多いけれど」
「流石に永久欠番はね」
「ないわね」
「僭越に思うから」
奈央にしてもというのだ。
「私も着けないの」
「サッカーの時の番号でもなのね」
「それでも」
「他の時も好きな数字だけれど」
それでもとだ、また言う奈央だった。
「甲子園では別よ」
「そうなのね」
「甲子園でだけはそうなのね」
「藤村さんの背番号だから」
「永久欠番だから」
「この時だけは別よ」
こう言ってだ、奈央は甲子園でだけは十番を着けなかった。しかしその他の時は違っていてだった。
いつも十番を着けているか自分のラッキーナンバーにしていた、それで試合に出る時もそうだった。
自分の背番号を着けてだ、背中を鏡で見て言った。
「やっぱりいいわね」
「十番はっていうのね」
「奈央にとって」
「そうだっていうのね」
「そう、この十番を着けてると」
まさにというのだ。
「もう気が引き締まってビシッとなるのよ」
「他の背番号よりもなのね」
「十番がいい」
「そうなのね」
「もうそれが一番いいっていうのね」
「そう、だからね」
それでというのだ。
「これからも着けていきたいわね、サッカー以外でも」
「甲子園では別だけれど」
「十番がいいの」
「何でも」
「そう、十番でいきたいわ」
こう言ってだ、試合にも出るのだった。背番号十はこの時も活躍出来た。そうして笑顔で試合から戻ることが出来た。
そして家に帰るとまた母と姉に言われた。
「試合活躍したみたいね」
「十番の背番号着けて」
「そうよ、それで今日の晩御飯何なの?」
奈央は母と姉に試合に勝った笑顔のまま尋ねた。
「一体」
「唐揚げよ」
母が笑顔で答えた。
「奈央の好きなね」
「あっ、唐揚げなの」
「そうよ、鶏のね」
「いいわね、じゃあ今日は唐揚げで乾杯ね」
「十個食べるの?」
唐揚げをとだ、姉は妹に冗談を交えて尋ねた。
「そうするの?」
「十個?もっと食べたいわね」
「あれっ、この時は違うの」
「お腹一杯食べたいから」
だからだというのだ。
「十個どころかね」
「食べられたらなの」
「十個以上食べたいわ」
「それは別なのね」
「ええ、じゃあ晩御飯の時は」
「唐揚げをなの」
「お腹一杯食べるわ」
十個どころでなくというのだ、こう言って奈央は晩御飯の唐揚げを食べた。この時食べた唐揚げの数は十個ではなく十一個だった。藤村ではなく村山になったがそれでもこの時は奈央は満足していた。
背番号十 完
2018・3・21
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