イステ
歌と平和を愛する時空の女神、人はイステをこう呼ぶ。
世界を救いその世界を護る為に自らを時空の中に幽閉しその中からあらゆる世界を見守っている。その女神の名前はこの世界の人間なら誰でも知っている。しかしその力があまりにも強大であるが為にだった。
人々はイステという女神への信仰は今一つ広く大きく持ってはいなかった、それでどうしてもであった。
人々はイステについては漠然とした信仰しか持っていなかった、他の神々の方が信仰を集めているのは確かだった。それでイステに仕える若い神官であるミストは神官長に対して問うた。
「何故人々はイステを信じないのでしょうか」
「他の神々と比べてか」
「崇拝されるのは他の神々の方が大きく」
そしてというのだ。
「イステについては」
「そのことを嘆いでいるのだな」
「御覧の通りです」
イステは神官長に真剣な顔で答えた。
「私は常にそれは何故かと考えそして」
「イステへの信仰がより広まり深まることを望んでいるな」
「はい」
その通りだとだ、ミストは神官長に答えた。
「世界を救いあらゆる時空を守護する偉大な女神だというのに」
「しかも歌と平和を愛する穏やか気質の女神だ」
「それで何故でしょうか」
「仕方がない、イステの力は時空だな」
「それが何か」
「時空というものはあまりにも大きくかつ漠然としたものだ」
そうしたものだからだとだ、神官長はミストに話した。
「そこまで大きなものだからな」
「信仰を集めにくいのですか」
「そうだ、時空というものはあまりにも大きい」
「時の流れは」
「それ故にだ」
「人々はですか」
「イステへの信仰が弱いのだ。あまりにも大きなものである為に理解しにくいのだ」
そして漠然としているというのだ。
「その為だ。しかもだ」
「しかも。何でしょうか」
「そのことを嘆く必要もない」
神官長はミストに大成した落ち着いた声で答えた。
「時が来ればその時はだ」
「信仰がですか」
「そうだ、湧き上がる」
「泉の様にですか」
「時が来ればな。イステは時空の女神だ」
それ故にというのだ。
「その時が来ればな」
「信仰も湧き上がりますが」
「そうだ、その時になってからでもいいではないか。むしろだ」
神官長はここでその顔を険しくさせた、それと共にその顔に深い叡智を漂わせてミストに話をした。
「イステは世界を救った、あらゆる時空の世界をな」
「それが何か」
「神が信仰を集める時はその神が大きく動く時だ」
その動きを見て人々はその神を信じるというのだ。
「それならばイステが動く時はだ」
「あらゆる時空の世界が危機に瀕した時ですか」
「そうなる、そう考えるとだ」
「イステが信仰を集めることはですか」
「よくないのではないのか」
こう言うのだった。
「私はそう考える」
「そうなのでしょうか」
「この考えが正しいかどうかはわからないがな」
こうミストに言うのだった、そしてミストは神官長の言葉を受けてからも考えた。そのうえでだった。
イステへの信仰がより広まる深まるべきか、そしてその為に世界が危機に瀕する状況を望んでいいのか。そうしたことを考えていった。
だが答えは出ない日々が続いた、その考える中で。
そうした日々が続き夢の中でだった、彼は夢で神秘的な美貌を持つ美女と対した。そこで彼女は自ら名乗った。
「私がイスカです」
「はい、そのお姿でわかりました」
ミストは夢の中で自分の前に出て来た女神に答えた。
「像や絵のお姿そのままだったので」
「それで、ですか」
「わかりました」
そうだと言うのだった。
「私も」
「そうでしたか。それでお話しますが」
「何故私の夢に出て来たのか」
「神官長の言う通りなのです」
イステは少女の様に澄んだ清らかな声でミストに話した。
「私が人間達から強い信仰を集める時は」
「その時はですね」
「あらゆる時空の世界が危機に瀕している時です」
まさにその時だというのだ。
「ですから」
「信仰を集めることはですね」
「私は望んでいません」
「世界が危機に瀕することは」
「そうしたことは将来起こるかも知れません」
イステもそうなるかも知れないことは想定していた、未来も見つつその未来をも守護するその中で。
「ですが」
「それでもですか」
「はい、私はです」
「危機が訪れることは望んでいませんか」
「そうです。ですから」
「信仰もですか」
「いりません。私自身が信仰されるよりも」
それよりもというのだ。
「世界が穏やかであることを望みます」
「貴女自身のことよりも」
「そうです。ですから今のままで」
まさにというのだ。
「構いません」
「そうですか。では」
「このことを貴方も理解して下さい」
是非にとだ、イステはミストに微笑んで述べた。
「このことは」
「わかりました。それでは」
ミストは夢の中でイステに答えた、するとイステは微笑んでそのうえでミストの前から姿を消した。そうしてだった。
彼は目覚めると神官長のところに行き彼に夢のことを話した、その話が終わってからこう言った。
「神官長の言われる通りでした、以後は以前考えていた様なことは求めません」
「そうしてだな」
「イステに仕えていきます」
「それでいい。信仰が広まり深まりよりはな」
「世界が穏やかである方がいいですね」
「そうだ、そのことが最もいい」
神官長はミストに穏やかな声で言った、そうして彼や他の神官達と共にこの日のイステへの朝の祈りを行った。それから一日の信仰をはじめたのだった。
イステ 完
2018・5・20
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