銀髪の薬売り
クレアミア=フレールという名前を知っている者はこの街には少ない。ただ銀髪で右目は赤左目は青で白い肌の小柄な薬売りと聞くと。
誰もが知っていた、街の神父は彼女についてこう語った。
「とてもいい娘です」
「そうなのですか」
「はい、一人で旅の薬売りをしていますよね」
神父は話を聞いてきた街の市役所の若い役人に言った。
「そうですよね」
「その様ですね」
「彼女は薬の知識が豊富で」
それでというのだ。
「あらゆる薬や薬草に通じていて調合にもです」
「長けていますか」
「見事です。ただ」
「ただ?」
「彼女は悲しい人です」
神父は役人にこうも語った。
「家族にお兄さんがおられたそうですが」
「一人ではなかったんですね」
「はい、しかし」
家族として兄がいた、だがそれがというのだ。
「今ではあの様にですね」
「一人ということは」
「先立たれてしまったのです」
「病か事故で」
「いえ、ある森で薬草を摘んでいる時に」
まさにその時にというのだ。
「ドラゴンに襲われて」
「ドラゴンですか」
「凶暴なブラックドラゴンに」
「ブラックドラゴンといいますと」
そのドラゴンの名前を聞いてだ。役人はその顔を蒼白にさせた。そのうえで神父に対してこう言った。
「ドラゴンの中でも」
「一番凶暴ですね」
「はい、レッドドラゴンと並んで」
「その森には沼地もありまして」
「ブラックドラゴンは沼地に住んでいますからね」
そこを寝床にしている、それがこのドラゴンなのだ。
「では」
「はい、お兄さんはです」
「うっかりと沼地に近付いてですか」
「縄張りに来たと思ったドラゴンに襲われて」
そうしてというのだ。
「その強酸の息を浴びて」
「そうですか」
「かわされたそうですが背中に受けられて」
ドラゴンのその息をというのだ。
「家に帰られてです」
「亡くなられたんですか」
「あの娘の手当のかいなく」
クレアミアのそれのというのだ。
「残念ながら」
「そうでしたか」
「その時からだそうです」
神父はクレアミアのことをさらに話した。
「若し自分がより薬や薬草のことを知っていて」
「調合もですね」
「出来ていれば」
「お兄さんは助かったかも知れない」
「そう考えたそうで」
「それで、ですか」
「薬、薬草、調合のことをです」
それ等全てをというのだ。
「学んだそうです」
「それであの様にですか」
「まだ子供ですが」
それでもというのだ。
「素晴らしい薬売りになったそうです」
「薬剤師でもある」
「そうなったそうです」
「そうしたことがあったんですね」
「はい、そのドラゴンは暫くして退治されたそうですが」
「それは何よりですね」
「森に入ったジークフリート卿に」
「あの英雄にですか」
この国で一番の剣士と言われている、これまでたった一人で多くのドラゴンや他の強いモンスターを退治し人々を彼等から守ってきている人物だ。
「退治されましたか」
「そうなりました」
「それは何よりですね」
「ですが死んだ命は返ってはきませんね」
「だから彼女はですか」
「今もそのことを悔やんでいるのです」
大怪我を負った兄を助けられず死なせた、そう思ってというのだ。
「そしてです」
「あの様に立派な薬売り、薬剤師になったのですね」
「今もその努力を続けているそうです」
「よりよくなる為にですか」
「はい、薬売りそして薬剤師として」
「お兄さんのことを思いながら」
「そうなのです」
神父はこう役人に話した、彼女は今はこの街にいないが。だが彼女は定期的にこの街に来ていてだった。
役人が神父と話をしてから三ヶ月後に街に来た、そうして薬や薬草を売って病人達を助けていたが。
役人の母がだ、急にだった。
床に臥せってしまった、それで彼は母に病気の原因を聞いたが。
母にはわからなかった、それで医者を呼ぼうとしたが。
丁度ここでクレアミアのことを思い出した、それでだった。
彼女を呼んだ、するとだった。
クレアミアは役人の母を見てすぐにこう言った。
「これはです」
「何の病気かな」
「はい、天然痘ですね」
「天然痘?」
「そうです」
この病だというのだ。
「かなり危うい病ですね」
「私も知っているよ」
天然痘と聞いてだ、役人も言った。
「激しい熱が出て」
「はい、多くの人が死んでいますね」
「例え助かってもだよ」
それでもというのだ。
「顔一面にあばたが残って」
「そうなりますね」
「大変な病じゃないか」
「はい、しかし」
「治せるんだね」
「あばたも出ずに」
もう一つの懸念もそれもとだ、クレアミアは答えた。
「出来ます」
「君の薬で」
「今から調合します」
クレアミアはこう言ってだ、すぐにだった。
調合した薬を出した、それを役人の母に飲ませてだった。
数日飲ませるとあっという間にだった、役人の母は床から起き上がれるまでになった。その母を見てだった。
役人はクレアミアに礼を言いかなりの報酬を渡そうとした、だがクレアミアは役人に無表情でこう言った。
「いえ」
「いえ?」
「そこまで多くはいらないです」
「そう言うがお礼としてね」
「報酬の額は薬売りのギルドで定められただけで」
「いいのかい」
「はい」
そうだと言うのだった。
「構わないです」
「そうなのかい」
「それだけでお願いします。あとです」
「あと?」
「お礼もいいです」
それもというのだった。
「別に」
「いいのかい」
「はい、私は薬売りです」
だからだというのだ。
「薬を出して人を助けることは当然です」
「だからだというんだ」
「そうです、私は助けられませんでした」
兄のことを言うのだった。
「そうした人間ですから」
「お礼はなんだ」
「構わないです」
「それは幾ら何でも」
「いえ、事実ですから」
兄を助けられなかったことはとだ、クレアミアは思い出しつつ言うのだった。そして次の依頼主のところに向かったが。
役人はその彼女について後日神父に話した。
「しかし」
「しかしとは」
「あの娘の心の傷は深いですね」
「そうですね、報酬のことはともかく」
「お礼をいいと言うことは」
このことから言うのだった。
「そのことで思いました」
「そうですね、ですが」
「それでもですか」
「出来ればです」
役人は神父に深く考える顔で話した。
「その心の傷が出来るだけです」
「癒されることをですね」
「願っていますが」
「しかし心の傷は」
「お薬ではですね」
「癒されない、困ったことですね。ですが」
ここで神父は役人に話した。した。
「そのことは我々が彼女と共にいて話を聞いて」
「前向きになる様にですか」
「していき」
そしてというのだ。
「癒していきましょう」
「そうですね、それがいいですね」
役人も神父のその言葉に頷いた、そのうえで言った。
「では私達は」
「これからは」
「彼女の心を癒していきましょう」
「身体を治してくれる彼女を」
二人で言ってだ、実際にクレアミアの心を癒そうと誓いその通りにしていった。人の身体を癒してくれる彼女の傷ついた心を。
その結果だった、一年経ってクラアミアは少し笑う様になった。それを見てそうして二人でさらに彼女の心を癒していこうとさらに誓うのだった。
銀髪の薬売り 完
2018・5・19
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