少女となって
 蛭子は神社に一人いた少女に気付いた、それで何処となく彼女に対して尋ねた。
「何をしている」
「何ってもう」
 少女は項垂れ暗い顔になっていた、何もかもに対して絶望しきっているのはその顔がはっきりと語っていた。
「生きていたくないから」
「生きていたくない」
「ええ」
 少女は姿を見せないで自分に語り掛けてくる蛭子に答えた。
「もうこれ以上」
「どうして生きていたくない」
「学校にいても家にいても辛いから」
「学校、家。聞く言葉だ」
 蛭子は神社に来る人々の言葉からそうしたものは聞いていた、長年この神社に潜んでいて世間の話は神社に来る人間達そして神主達から聞いて知っている。
「そうした場所にいるとか」
「とても辛いから」
「何故辛い」
「学校でいじめられて家ではお父さんとお母さんに殴られて」
「それでなのか」
「そう、何処にいても辛いから」 
 見れば小柄でおどおどとした感じだ、そして表情はやはり暗い。
「だからもう」
「もう?」
「死にたい」
 こう蛭子に話した。
「そう思ってるの」
「死にたいのか」
「今すぐにでも」 
 こう蛭子に言うのだった。
「私死にたい」
「そうか。それなら」
「それなら?」
「私に食べられてみるか」
 蛭子は少女に興味を持っていた、そして少女の言葉を聞いてこう言ったのだ。
 これまで人間は食べたことがない、だが死にたい相手ならと思ってそれで少女に対してこう言ったのだ。
「そうしてみるか」
「そうして死ねというの」
「そう。どうだ」
 少女自身に対して問うた。
「そうしてみるか」
「それでもういじめられなくなるの」
「そんなことはならない。ただ」
「ただ?」
「身体を借りたい」
「身体を」
「そして心は一緒にいて欲しい」
 このことはふと興味を持ってのことだった、少女が言ういじめについて。
「そして色々教えて欲しい」
「そうして欲しいの」
「けれどもういじめられない」 
 蛭子は少女にこのことは約束した。
「そのことは安心して欲しい」
「それじゃあ。そういえば貴女姿を見せないけれど」
「私が誰か気になるか」
「貴女は一体。声は女の子だけれど」
「私は蛭子」 
 蛭子は自ら名乗った。
「出来損ないの神」
「神様なの」
「そうらしい。ずっと出来損ないと言われてきた」
「そうだったの」
「けれど今御前に興味を持った」
 少女に対してというのだ。
「御前を食う。いいか」
「それでいじめられなくなるなら」
 少女はもう深く考えることは出来ない様だった、それでだった。
 蛭子に対して頷いて応えた、そしてだった。 
 蛭子は何処からか出て来て少女の身体を包み込んだ、そうして少女の身体を溶かしてそのうえで身体を少女のものとした。
 服もだった、その姿になって自分の中にいる少女に言った。
「変わった、これでだ」
「もう私いじめられないの」
「そしてふと気が向いた」
「気が?」
「今から御前になって暮らして」
「どうするの?」
「御前を取り込んでわかった、御前の心はとても傷付いている」
 少女の心もその中に宿らせた、それでわかったのだ。
「その心は癒されるべき」
「そうなの」
「傷付いたら治さないといけない」
 蛭子は本能から話した。
「だから」
「どうするの?」
「まずは傷付いた元をどうにかする」
 こう言ってだ、蛭子は少女から色々聞いた。少女自身のことを。
 そしてだ、少女に語った。
「解決方法はわかった」
「解決って」
「御前のいじめのこと」
 それをというのだ。
「よくわかった、御前のクラスメイト達と親とても悪い奴等」
「私をいじめるから」
「御前傷付いている、痛いのがわかる」
 自分の中にあって余計にわかった。
「だから」
「だから?」
「その傷付いた奴等を何とかしないと御前また傷付けられるから」
 それでと言うのだった。
「今からその元を断ちに行く」
「断ちに行くって」
「私がする、御前は見ていろ」
 こう言ってだ、蛭子は少女から彼女の家のことを聞いてだった。そうして。
 少女の家に戻った、すると鬼の如き禍々しい形相の中年の男女が待っていてだった。少女の姿を見ると早速。
 二人して拳を向けてきた、だがそれよりも前に。
 蛭子は男、少女の父親の股間を思い切り蹴った、何かが潰れる嫌な音がした。
 そしてだった、男が蹲ると。
 次は女少女の母が夫に起こった出来事に驚いているところでその両目に指を向けた、一瞬で両目を潰し。
 そこからは瞬く間だった、蛭子は少女の姿のまま二人の目と耳を潰し舌を引き抜き両手を切断した。全て終わってからだった。
 蛭子は少女にだ、こう言った。
「一つ片付いた」
「あの、これって」
「当然の報い」
 蛭子の返事は平然としていた。
「御前のその痛みの」
「けれど」
「安心しろ、この場合は」
「この場合は?」
「警察を呼んでから適当に言えばいい」
 少女にその口調で告げた。
「暴漢が来たとか」
「そうなの」
「それで済む」
「あの、済む済まないじゃなくて」
 少女は蛭子に心の中で言った。
「お父さんとお母さんどうなるの?」
「どうなる?」
「あの、目も耳も舌も手もなくなったけれど」
「そんなことは知らない」
 これが蛭子の返事だった。
「御前をいじめていた、そんな奴どうなってもいいだろう」
「確かに何かあるといつも二人で私を何度も殴って蹴ってきたけれど」
 このことは少女も否定しなかった。
「それでも」
「それでも。何だ」
「優しい時は優しいの」
 二人共とだ、少女は自分の目の前で目も手も失い鮮血の海の中でのたうち回っている両親を見つつ蛭子にこのことを話した。
「とても」
「そうなのか」
「確かに酷いことする時もあるけれど」
「それはどんな時だ」
「機嫌が悪い時、普段私がしても怒らないことで怒って」
 そしてというのだ。
「凄くぶつけれど」
「普段はなのか」
「とても優しいから」
「それでか」
「あの、お父さんとお母さん助からないの?」
「手当をしようとすれば出来る」
 これが蛭子の返事だった。
「それをしろというのか」
「お願い、これじゃあお父さんとお母さん死ぬから」
 血の量を見ての言葉だ、どう見ても大怪我をしていてそれで今にも死のうとしている。少女にはそう見えた。
「だから」
「それでなのか」
「助けて」
「いいのだな」
 蛭子は少女に確認を取った。
「御前をいじめていた者達だが」
「うん、お願い」
「御前がそこまで言うならだ」
 それならとだ、蛭子も心の中で頷いた。
 そしてだ、今しがた自分が徹底的に痛めつけた二人に手を当てた。すると二人共淡い青い光に包まれて傷は忽ちのうちに治った。
 そのことに不思議な顔をしている二人にだ、蛭子は自分と少女の事情を話した。そのうえで二人に言った。
「御前達はこの娘に助けられた」
「そ、そうだったんですか」
「私達は」
「そうだ、御前達の娘に感謝しろ」
 こう言うのだった。
「いいな、そしてもう二度とだ」
「虐待はするな」
「そう言われますか」
「今回はこの娘に免じて許してやったが」
 それがというのだ。
「またこうしたことをすれば。わかるな」
「は、はい」
「もう二度としません」 
 二人は蛭子に怯えきった顔で答えた、そしてだった。
 二人はもう二度と少女を虐待することはしなくなった、少女をいじめていたクラスメイト達には蛭子は少女が止める前にだった。
 全員の腹を一瞬で殴った、するといじめっ子達は全員両手で腹を抑えて蹲り泣きだした。蛭子はそこにだった。
 蹲っているいじめっ子達の顔に蹴りを入れようとしたが少女はそこで止めた。
「も、もう止めよう」
「今度は何だ」
「もうお腹殴ったから」 
 だからだと言うのだった。
「いいから。皆泣いてるし」
「御前はこいつ等にもいじめられていたな」
「そうだけれど」
「やられたらやり返せだ」 
 蛭子はここでも少女に言った。
「違うのか」
「やり過ぎよ。それに皆泣いてるから」
「泣いているから何だ」
「もうこれ以上したら」
「駄目か」
「もういいよ」
「そうなのか、ではだ」
 蛭子は少女の言葉を受け入れてこれ以上の攻撃を止めた。これ以降少女はクラスメイト達にもいじめられることはなくなった。
 蛭子は少女として人間世界の中で生きることになり少女は彼女の心の中で彼女と共に生きていた。だが。
 ある日蛭子は少女の部屋今は自分の部屋になっているその部屋の中で少女に尋ねた。
「御前は何故親を助けいじめっ子達へのさらなる攻撃を止めた」
「だって可哀想だから」
「可哀想。御前をいじめていたのにか」
「それはそうだけれど」
 少女は心の中で話した。
「それでもよ」
「やり過ぎか」
「そう、お父さんもお母さんもあそこまでしたら」
 もう暴力を振るうことはなくなった彼等もというのだ。
「可哀想だし」
「いじめっ子達もか」
「そうよ、あれ以上してたら」
「そういうものか」
「貴女はそう思わないの?」
「思わない」
 蛭子は少女にすぐに答えた。
「自分を攻撃する奴にはだ」
「ああしてもいいの」
「何が悪い」
 こう答えるのだった。
「違うか」
「酷いことしたら駄目だよ」
「そんなものか」
「うん、どんな人でも」
「それは確か優しさと言ったな」
 蛭子は少女が今語っている感情が何かは知っていた、それで少女に対して言葉を返した。
「知っていたが感じたことはなかった」
「そうなの」
「そうだ、不思議だな」 
 その感じ取ったものはというのだ。
「暖かい、こんなものを感じたのははじめてだ」
「そうだったの?」
「そうだ、御前のその優しさをもっと知っていいか」
「私が優しい人だっていうのなら」
「そうさせてもらう、これからもな」
 少女の心の中に共にいてだ、蛭子は少女に言った。
 そうしてこれからも少女と共に人間の世界で生きていこうと決意した、少女が自分に感じさせた優しさをもっと知りたく感じたいと思ってだ。そう決意したのだった。


少女となって   完


                 2018・6・17

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