隠した心
 鬼堂院まなみは世界で三本の指に入る大財閥の総帥の孫だ、総帥の孫は彼女以外にも何人もいるがまなみもその一人として既に財閥の経営に携わっている。その為幾つかの企業で重役も務めており学生ながら多忙な日々を送っている。
 そのまなみにだ、多くの者はこう評していた。
「頭はよくて冷静なんだけれどな」
「人間味が足りないよな」
「冷たい?」
「機械みたいだよな」
 黒髪ストレートのロングヘアで眼鏡の整った顔の表情が変わることはない、それで多くの者がこう言うのだ。
 友人と呼べるのは伊織杏子だがその杏子は別としてまなみと付き合う者は少ない、しかしある従兄は彼女をこう評していた。
「本当は人間の心がある娘だ」
「そうでしょうか」
「私達にはどうにも」
「そうは思えないのですが」
「それは本心を見せていないだけでだ」
 それでというのだ。
「実は違うのだ」
「そうなのですか」
「実はですか」
「人情があって」
「普通の人ですか」
「いつも冷静で合理的な判断を下す」
 それも迅速にだ、それでまなみを軍師というかコンピューターとして意見を尋ねる一族の者も多い。
 だがそれでもだ、その従兄は言うのだった。
「しかし実はな」
「違いますか」
「その実は」
「人間味も備えている」
「そうした方なのですね」
「そのことは君達もおいおいわかる」
 こう鬼堂院で働いている者達に語るのだった、そしてだった。
 従兄もまなみによく仕事のことで意見を聞いた、するとまなみはすぐに無表情で的確な分析からどうすべきかを話した。
 そしてその後で去ろうとするが従兄はまなみに必ず言った。
「時間はあるだろうが」
「あれば何か」
「お茶を飲んでいかないかい?」
 こう呼び止めることが常あった。
「お抹茶を」
「お茶ですか」
「そう、それをね」
「今は時間がありますので」
 まなみは落ち着いた声で答えた、表情は今も変わらない。
「それでは」
「うん、ではね」
「宜しくお願いします」
 こうしてだった、まなみはその従兄と時間がある時に限って一緒にお茶を飲んだ。大抵はまなみが見事な手つきでお茶を淹れる。
 そして淹れたお茶は実に美味い、従兄はそのお茶を飲みつつまなみとよく日常話をした。そしてこの時はというと。
 従兄はまなみに彼女の友人のことを尋ねた、するとまなみはこう従兄に答えた。
「近頃同じ高校で伊織杏子さんという方と同じクラスで同じ部活にいます」
「その人にか」
「いつもよくしてもらっています」
「自分はよくしていないのかい?」
「私なぞが人に何か出来るか」
 そのよきこと、そのことはというのだ。
「出来る筈がないので」
「だからか」
「はい、そうしたことはです」
 決してと言うのだった。
「ありません」
「そうなのか、しかしとは」
「しかし?」
「人は絶対に何かが出来るだろう」
「絶対にですか」
「まなみにだってな」
 このことは当然として、というのだ。
「出来るだろ」
「そうでしょうか」
「その真奈美さんに対してもな」
「そうであればいいですが」
「出来るん、人間は自分達が思っている以上に大きくてな」
 そしてというのだ。
「同時に小さいんだよ」
「大きくて小さいですか」
「ああ、そしてまなみもな」
「私もですか」
「まなみは自分が小さいと思っているみたいだけれどな」
「私が思っているよりもですか」
「大きいものだよ」
 まなみが淹れてくれたお茶を飲みつつ彼女に話した。
「そうなんだよ」
「そうですか」
「だから友達や周りの人にも与えるものは大きいし」
「そして受けるものもですね」
「大きい筈だよ、そしてその中で少しずつでも」
 従兄はまなみに深い叡智を感じさせる顔と声で話した。
「その表情を変えていけばいいかもな」
「いいかもですか」
「そこはまなみがどう思っているかだな」
「私がですか」
「ああ、自分がどうしていきたいかな」
 まなみ自身がどう思っているかというのだ、まなみは従兄のその言葉を受けた時は自分が今みたいに思われていることは仕方がないと思っていた、実際に表情を変えていないからだ。そして感情も見せないからだ。
 だがその彼女の周りにいる親友の伊織杏子や他の数少ないが確かにいる友人達そして屋敷で彼女の世話をしている者達は次第にわかってきた。
「感情は滅多に見せないけれど」
「それでもね」
「いつも気配りしてくれて」
「公平で心も広くて」
「絶対に怒らないし」
「凄くいい人よね」
「実は」
 こう話した、そしてだった。
 親友と言っていい杏子をはじめとして友人達も周りの者達も無表情で感情を見せないまなみを慕う様になっていた。そのまなみにだ。
 従兄はまたまなみにお茶を淹れてもらってそのお茶を飲んでいる時に話した。
「友達や屋敷の人達には慕われているみたいだな」
「どういう訳かわからないですが」
「見ている人は見ているからな」
 だからだというのだ。
「それでだよ」
「だからですか」
「まなみを好きになっているんだよ」
「私の何処がいいのか」
「だから人は案外大きくて小さい」
 またこのことを言う従兄だった。
「見られるものもな」
「大きくて小さいですか」
「まなみのいいところも見られたんだ」
「大きくですか」
「自分はないと思っていてもそれが案外大きくて」
 それでというのだ。
「見てもらってな」
「慕ってもらっているんですか」
「そうだよ」
 まさにというのだ。
「だからな」
「私を慕ってくれているんですね」
「そうだよ、僕だってまなみは嫌いじゃないし」
「私の何処が」
「いつも助けてくれるし公平で裏表がないからだよ」
 そうしたことをしてもらって性格を見てもというのだ。
「だからだ」
「それで、ですか」
「嫌いじゃないよ、まなみは自分で思っているよりも実はずっと暖かくて」
「見てくれている人が見ていてくれて」
「慕っているんだよ」
「だとすれば嬉しいです」
 まなみはここまで聞いて述べた。
「本当に」
「そこで嬉しいと思うことが何よりの証拠だよ」
「心があるということの」
「暖かい心がな」
「若しそうなら」
 まなみは従兄のその言葉を聞いてだ、自分もお茶を手に取りつつ話した。今も奇麗な緑色のお茶を淹れている。
 そしてだ、そのお茶を口に近付けつつ話した。
「嬉しいです」
「そうか、嬉しいか」
「そう感じます」
 こう言ってお茶を飲んだ、その時だった。
 まなみの口元は僅かで一瞬だが確かに笑った、その口元を見てだった。
 従兄は笑みになってだ、こう言った。
「僕も見せてもらったよ」
「何をですか?」
「暖かさをね」
 まなみの中にあるそれをというのだ、それをまなみ自身に言った。そうして笑みを浮かべて自分もお茶を飲むのだった。まなみが淹れてくれたその美味しい抹茶を。


隠した心   完


                  2018・6・17

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