さすらい人二人
 ガリィナはこの時も旅をしていた、軍を離れ今は傭兵もしていない。賞金稼ぎをしつつ諸国を旅して回っている。
 その彼女が店で飲んでいる時にだ、向かい側の席に一人の男が来た。
「少しいいか」
「別に」
 ガリィナはこう返した、四人用のテーブルに一人で座っていたので席はあった。それでこう返したのだ。
「いいけれど」
「そうか、じゃあ座らせてもらうな」
「ええ」
 見れば白く長い髪の毛と髭を持っている、服は身体全体を覆う古いマントに黒いズボン、それにブーツという恰好だ。旅人のガリィナよりもみすぼらしい恰好だ。
 左目は灰色で鋭い、だが右目は。
 眼帯だった、ガリィナはその隻眼を見てすぐに違和感を抱いたが男から彼女に笑って言ってきた。
「ははは、この右目は自分で抜いた」
「くり抜いたの」
「そうしたものだ」
「戦で失ったのではないのね」
「戦は好きだがな」
 それでもと言うのだった。
「しかしだ」
「その右目は戦で失ったのではないのね」
「そうだ」
 こうガリィナに話した。
「それは違う」
「そうなのね」
「右目はないが見える」
「何が見えるのかしら」
「普通の者には見えないものが見える」
 男はガリィナにこうも話した。
「他の誰にも見えないものがな」
「その右目で」
「ああ、だからかえっていい」
「左目で普通のものを見て右目で別のものを見る」
「そうしているんだ」
「だからいいのね」
「かえってな」
「不思議な話ね。ない目で見えて」
 ガリィナは木の大きな杯の中のビールを飲みつつ言った、酒のつまみはこの店の名物という烏賊の塩辛だ。辛いものが好きなガリィナには随分とよかった。
「しかも他の誰にも見えないものが見えるなんて」
「随分といいぞ」
「そうなの」
「ああ、それでだが」
「今度は何かしら」
「この店はどんな感じだ」
「ビール美味しいわ」
 ガリィナはまずは今飲んでいる酒のことを話した。
「そして烏賊の塩辛もね」
「美味いか」
「お勧めよ」
「わかった、ではわしもそれを貰おうか」
 男はガリィナの言葉に頷いた、そしてだった。
 自分のところに来た店の者にガリィナと同じものを注文した、そしてだった。
 そのビールと塩辛を楽しみつつだ、男はガリィナにさらに言った。
「それでわしは右目で別のものを見ると言ったな」
「ええ、確かにね」
「それは色々なものが見えてな」
「わからないものはないのかしら」
「そうだ、例えば御前さんのこともな」
「私のことも見えるの」
「御前さんはこれから西に行くといい」
 男はビールを飲んでいるガリィナに告げた、実にいい飲みっぷりで四杯目のそれもごくごくと飲んでいる。
「そこにな」
「西には」
 彼がいた、軍にいた頃に可愛がってくれた島国生まれの彼が。今はそこで小さな料理屋を営んでいるのだ。
 その彼のことを言われてだ、ガリィナは応えた。
「そこに行けば」
「御前さんは旅を終えてな」
 そしてというのだ。
「新たな生をはじめられる」
「そうなの」
「御前さんはいい人じゃ」
 男はガリィナのことをこうも言った。
「いい人は幸せに生きるべきじゃ」
「私は戦場にいて戦ってきたわ」
「そして多くの敵を倒してきたか」
「結構血生臭いことをしてきたけれど」
「戦はそんなものだ」
 男は自分の言葉を否定しようとするガリィナに笑って返した。
「別におかしくはない」
「そうなの」
「戦の場では戦うのは誰でもだ、問題は心だ」
「私は心がなの」
「いい、そんな人間はな」
「幸せになるべきなの」
「そうだ、だから西に行ってな」
 島国生まれの彼のところにだ。
「そしてだ」
「幸せに生きるべきなのね」
「その店は今は人手が足りない」
「そこで働けばいいのね」
「そうしろ、それからは御前さん次第だ」
 男は笑って言った。
「わしの仕事ではなくフライアの仕事になるか」
「フライア。女神ね」
「そうだ、だが御前さんはとにかくな」
「西に行くべきなのね」
「そうするといい、いいな」
「わかったわ、そうさせてもらうわ」
 ガリィナは男に素直に答えた。
「是非ね」
「そうするのだ、わしは若し御前さんがわしの勧めを断ったら」
「その時はどうしていたのかしら」
「わしの館に来てもらおうと思っていた」
「貴方の」
「そうだ、戦いの果てにな」
「戦いの果て。貴方は」
「ははは、只の旅人だ」
 男は自分をこう言った、それも笑って。
「それだけだ」
「それは嘘ね」
「一つ言っておく、わしは嘘も好きだ」
 嘘を言っていることを隠しもしなかった。
「そして人の争いもな」
「それはどうしてかしら」
「戦になるからだ、そして死んだ者がわしの館に来るからな」
「だからなのね」
「わしは御前さんが若しな」
「西に行くと言わないで」
「このまま賞金稼ぎをするのならな」
 そうして戦い続けるというならというのだ、賞金稼ぎも戦っているということだ。
「そう考えていたが」
「それがなのね」
「違うな、ならいい」
「私はその館には行かないのね」
「戦う気はないのだな」
「ええ、彼のところで働けるなら」
 それならとだ、ガリィナも答えた。
「いいわ」
「ならいい、後は幸せに過ごすだ。館に来る者は誇り高い様で実は結構悪い者が多いのだ」
「そうなの」
「御前さんみたいな者が来るにはちょっと都合が悪い」
「それで私に話しかけてきたの」
「酒を楽しむ為にもな」
「成程ね」
「ではな、わしはこれで帰る」
 ビールを飲み終え塩辛も食べ終えた、それでだった。
「達者でな」
「ええ、それではね」
 ガリィナは男と別れの挨拶を交えた、そしてだった。
 男が去ってからも飲み続け満足したところで勘定を払って西に向かった。そして以後は彼の店兼自宅で暮らした。やがてあの男のことを知ったがそうだったのかと思う位だった。ただそれだけのことだった。戦いから身を引いた彼女にとっては。


さすらい人二人   完


                  2018・6・20

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