夜のコーヒー
トリックナイト=リューカーのもう一つの顔は誰も知らない、それこそ彼が騙した相手すらそうだ。
少なくとも表の彼は冴えない特に目立ったところのないサラリーマンだ。趣味といっても目立ったものはない。
精々コーヒーを飲む位だ、彼はいつも仕事が終わると行きつけの喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいた。
休日でも同じだ、それでマスターは休日の朝に店に来てコーヒーを飲んでいる彼に対して尋ねた。
「あんたコーヒー好きだよな」
「はい」
リューカーはマスターに微笑んで答えた。
「特にこの店のものが」
「それは何よりだな、ただな」
「ただ?」
「たまには彼女連れて来たらどうだい?」
彼にこうも言ったのだった。
「そうしたらどうだい?」
「生憎女性は苦手で」
リューカーはマスターの今の提案には苦笑いで答えた。
「ですからそうした相手の方は」
「いないのかい」
「はい」
そうだというのだ。
「これが」
「それは寂しいな」
「一緒に飲む相手もいないので」
「それでか」
「こうしてです」
熱いブラックのコーヒー、白いカップの中にあるそれを飲みつつ言うのだった。店の内装も白なのでコーヒーの黒が余計に目立つ。
「一人で楽しんでいます」
「そうなんだな」
「これはこれで楽しいですよ」
「だといいけれどな」
「色々なコーヒーを飲むこともいいですし」
そちらの楽しみもあるというのだ。
「豆も様々、そして飲み方も」
「色々あるからか」
「ホットもいいですしアイスもいいですし」
「クリープ入れたり砂糖を入れてもか」
「いいので」
そうしたことも出来てというのだ。
「色々楽しめるので」
「好きなんだな」
「はい、毎日飲んでいます」
「うちが休みの時も飲んでるのかい?」
「家でも飲んでいます」
そのコーヒーをというのだ。
「そうしています、インスタントも飲みますし」
「そっちのコーヒーも飲むのか」
「はい」
そうだというのだ。
「そうしています」
「とにかくコーヒー好きなんだな」
「コーヒーがないと」
それこそというのだ。
「僕は生きていけないですね」
「そんなにコーヒーが好きなんだな」
「他のものはなくてもいいですが」
「それでもかい」
「コーヒー、特にこのお店のものがなければ」
「あんたは駄目か」
「そうなんですよ」
言いつつそのブラックを飲むのだった、地獄の様に熱く絶望の様に黒いそれを。ただし天使の様に純粋でも一緒に甘いものを食べておらず砂糖を入れていないので恋の様に甘くはない。
「どうしても」
「嬉しい言葉だね、いつも来てくれる人がいるとね」
マスターは店の経営者としても言った。
「こっちも嬉しいよ」
「そうですか」
「その分お金が入ってコーヒーも出せるからな」
「お店ならコーヒーを出したい」
「ああ、是非な」
そこはというのだ。
「しないとな」
「張り合いがないですか」
「紅茶でもいいけれどな」
「お店のものを出せないとですね」
「生活が安定していてもな」
それでもというのだ。
「張り合いがないっていうものだよ」
「そういうものですか」
「ああ、だから飲んでくれよ」
マスターはリューカーに笑って声をかけた。
「これからもうちのコーヒーをな」
「そうさせてもらいます」
こう答えつつだった、リューカーは店のコーヒーを楽しんだ。そして。
彼はこの日も多くのコーヒーを飲んだ、それは夜も同じで。
彼は夜遅くもコーヒーを飲んだ、たまたま仕事が残業で仕事場に残っていた彼に一緒に仕事をしている同僚が言った。
「もうすぐ終わるのに飲むのかい?」
「はい」
リューカーはその同僚に温和な顔で答えた、普段の出来ないサラリーマンとして。
「好きなので」
「いつもコーヒーなんだな」
「飲んでいると目が冴えるので」
だからとだ、リューカーは飲みつつ彼に話した。
「それでなのです」
「そうか、けれどな」
「けれどとは」
「夜にコーヒー飲んだらな」
それこそというのだ。
「寝られないだろ」
「そうですね、ですが」
「寝なくてもいいのかい?」
「私はあまり寝ないで済む体質でそれに」
「それに?」
「あまり寝たくもないのです」
こう同僚に話した。
「ですから」
「それでなのかい」
「コーヒーを飲んでいます」
「寝たくないからか」
「そうです」
温和な顔のまま言う、しかし。
心の中では思い出していた、あの時のことを。家に帰った時両親は書き置きだけ残して去っていた。まだ子供だった彼の前から。
両親は信じていた人に騙されてそうして多額の借金を背負って失踪した、幸い借金は彼が子供であり返済能力なぞなかったので支払わずに済んだ。
彼は親戚の家に預けられた、幸い優しい人達だったので彼は普通に育ててもらい大学も卒業して今に至る、だが。
それはあくまで表のことだ、彼は裏では詐欺師達を騙す詐欺師、偽善家となり働いている。そうして両親を騙した人物も陥れて仇も取った。
だが両親は今も何処にいるのかわからない、生きているのか死んでいるのか。それは全くわからない。
こうしたことを思い出していた、しかし。
それは仮面に隠してだ、同僚には笑って言った。
「ゲームをしていたいので」
「おいおい、それでか」
「はい、コーヒーを飲んで」
「眠気を覚ましてか」
「楽しんでいます」
「だといいがな、けれど遅刻しないしな」
「それはしないですし居眠りもしないので」
実際に彼は居眠りもしない。
「安心して下さい」
「そうだよな、じゃあな」
「はい、もう一頑張りをして」
「仕事終わらせような」
「そうしましょう」
こう話してだった、そのうえで。
リューカーは今はサラリーマンとして仕事を終わらせた、だが残業が終わると夜の街に出た。そしてまた一人詐欺師を逆に騙した。それが彼のゲームとは誰も知らなかった。コーヒーはそのゲームの為のものであることも。
夜のコーヒー 完
2018・6・22
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