画伯
 弓田さとみは某工業高校で女性の方の生徒会長を務め漫画研究会に所属している。成績優秀で工業高校では少数派の女子でありルックスもいいのでよく才媛と言われる。だが。
 実はさとみは絵が下手だ、それで漫画研究会では漫画を描けずそれで多少鬱屈したものを心の中に抱えている。
 それでクラスにいる数少ない同じ女子高生達に言った。
「どうして私絵が下手なのかしら」
「ああ、それね」
「そのことね」
「折角漫画描きたくてこの学校に入ったのに」
 自分の机の上に顔を左に向けてうっ伏しながら言うのだった。
「それでどうして」
「そう言ってもね」
「これはセンスとか才能があるからね」
「絵の上手下手は」
「どうしてもね」
「自分で描いて気付いたわ」
 その時にというのだ。
「絵が下手だって」
「それでなの」
「中学校までの美術の授業でもわからなかったの」
「そうだったの」
「風景とかは普通に描けるの、美術とかの人物画もね」
 それもというのだ。
「けれど漫画になると」
「下手なの」
「イラストとかも」
「そうなの」
「こんな感じで」
 実際にここでだ、さとみは身体を起こしてそうしてだった。
 ノートに少しあるアニメのキャラを描いてみた、すると友人達はこう言った。
「何そのキャラ」
「凄い変だけれど」
「某ゲームのインド人?」
「火を吹いたりワープしたりする」
「青い猫型ロボットよ」
 それだとだ、さとみは友人達に答えた。
「それだけれど」
「全然似てないけれど」
「どうしてあのロボットがそうなるの?」
「本当にインド人に見えるわよ」
「手足が伸びてね」
 これが友人達の感想だった。
「無茶苦茶凄いじゃない」
「これかえって才能じゃない?」
「何で猫型ロボットがインド人になるのか」
「想像出来ないけれど」
「ちゃんとあの青くてまん丸の猫型ロボットってわかってるの」
 日本人なら誰でも知っているあのキャラだとだ。
「それが描いたらね」
「そうなるの」
「そうなの」
「実在人物描いても」
 また描いた、今度は。
「妖怪?」
「随分禍々しいわね」
「悪魔に見えるけれど」
「あの大阪出身の野党の政治家さんよ」
 今度はというのだ。
「いつも他の人がどうとか行ってる」
「ああ、歯の出た」
「実は自分が色々黒い噂のある人よね」
「昔捕まってるわね」
「あの人よね」
「あの人を描いたのよ」
 そうしたというのだ。
「けれど悪魔とかに見えるのね」
「これあの人の内面かもね」
「ネットじゃ黒い噂で満載の人だしね」
「というか実際前科あるし」
「黒いのは確実ね」
「東北の地震の時も悪いことしたっていうしね」
「ううん、内面描いたのならそうかもだけれど」
 それでもと言うさとみだった。
「別に悪魔描いてないわよ」
「あくまで人間描いたのね」
「あの人自体を」
「そうなのね」
「何でこう絵が下手なのかしら」
 さとみは困った顔で言った。
「お陰で部活では難が描いていなくて他の作業ばかりしてるわ」
「それでも部活はちゃんと出てるのね」
「さぼることなく」
「絶対に出てるのよね」
「漫画自体は好きだし」
 それでというのだ。
「出てるわ」
「けれど絵の才能はないのね」
「どうしても」
「そちらは」
「ええ、どうしたものかしら」
 さとみは悩んでいた、とにかく絵が下手なのでそれで困っていた。だがそんな時だった。
 漫画研究会の男の方の部長が部室で某アニメの主人公の父親のポーズでしかも眼鏡をかけた姿でこう言った。尚この高校は生徒会も部活も部長は男女共に一人ずつというシステムになっていてさとみはこの部活では女子の方の部長である。
「インパクトが欲しいな」
「インパクトがですか」
「そうだ、我が部の同人誌に欲しい」
 こう部員達に言った、部員達の中には当然さとみもいる。
「是非な」
「じゃあそうした漫画描きますか」
「そうしていきますか」
「いや、漫画自体は普通でいい」
 同人誌として発表するそれ自体はというのだ。
「むしろその漫画を際立たせるだ」
「そうしたインパクトですか」
「漫画の方を際立たせるみたいな」
「そんな漫画ですか」
「そうだ、例えばだ」
 部長はそのキャラの姿勢のまま部員達に言っていく。
「一面白の中に黒があれば目立つな」
「はい、白も黒も」
「相当に目立ちますね」
「それで印象に残りますね」
「我々の同人誌は絵が上手だ」
 そうした部員に描かせているからだ、人選は部長が行っている。
「しかしその上手さを際立たせる」
「そうしたものが欲しいですか」
「ここは」
「漫画のイラストの上手さを引き立てる下手なもの」
「それが欲しいですか」
「それで私は考えた」
 部長は強い声で言った。
「同人誌の最後にとっておきのイラストを入れて読者さんを笑わせて尚且つ漫画自体にも強烈なインパクトを与えることをな」
「まさか」
 ここでさとみは察して言った。
「その絵は」
「そうだ、弓田君いいか」
 部長は自分の隣の席に女子の部長としているさとみに言った、ただポーズはずっとその某キャラのもので指同士を組ませその上に顎を置いているものだ。
「君にイラストを頼みたい」
「私が絵が下手だからですか」
「そうだ」
 見事な断言だった。
「君の絵は下手だ、最悪と言っていい」
「怒っていいですか?」
「怒るなら一人の時にしてくれ」
 自分の隣で何処からか金属バットを持ちだしたさとみを見ることなく告げた言葉だ。
「私は暴力反対だ」
「それ立派な言葉の暴力ですよ」
「私は部の為に言っているのだ」
「やっぱり怒っていいですか?」
 さとみはバットを持ったまままたこう言った。
「私今凄い頭にきてますし」
「言っておくが私は君を侮辱していないし馬鹿にもしていない」
「人は事実を指摘されると怒る場合もありますよ」
「私は君の才能を見込んでいるのだよ」
「絵が下手な才能ですか」
「それも才能だ、だからだ」
「私の下手な絵をですか」
「私は同人誌の最後のページに載せたい」
 さとみ自身にも告げた。
「いいだろうか」
「全力でお断りしたいですが」
「しかしだ、白の中に黒があればだ」
「上手な中に下手があるとですか」
「上手が際立つ、そしてインパクトもだ」
「凄いですか」
「上手の中に下手もあるとな」
 その下手の方もだ。
「際立って両方にインパクトが出る」
「だからですか」
「これからは同人誌の最後のページにはだ」
「私のイラストを載せたいんですね」
「そうだ、いいだろうか」
「全力でお断りしたいです」
 さとみはバットは収めたが憤怒の形相で部長を見ていた、そのうえでの言葉だ。
「正直今部長にトルネードブリーカー仕掛けたいです」
「積極的だな」
「物凄く積極的に暴力を行使したいです」
「君は暴力反対ではなかったか」
「その私が真剣に頭にきているんです」
 怒る寸前だというのだ。
「そうなってますが」
「しかしだ」
「漫画研究会の同人誌にはですか」
「インパクトが必要だ、それでだ」
「私のイラストをですか」
「最後に載せたいのだ、尚断るならだ」
「何かあるんですか?」
「何もないが受けてくれるならだ」
 それならと言う部長だった。
「君のお昼のきつねうどんの食券一年分だ」
「一年分ですか」
「食堂のおばちゃんは既に説得してある」
「説得出来たんですか」
「色々としてな」
 部長は口元に思わせぶりな笑みを浮かべて話した。
「その色々は秘密だ」
「黒いことしたんですね」
「灰色ということにしてくれ」
 つまり事実は言わないということだ。
「とにかくだ」
「その一年分のきつねうどんが欲しいなら」
「イラストを描いてくれ」
「露骨な賄賂ですね」
「賄賂もまた世の中に必要なのだよ」
「私生徒会長でもあるんですが」 
 女子のとだ、それも話に出したさとみだった。
「ちょっとそうしたことは」
「安心しろ、ばれないとセーフだ」
「部長本当にモラルあるんですか?」
「必要な時はある」
 そうでない時はないというのだ、要するに。
 だがそうしたことはどうでもいいとしてだ、部長はさとみにさらに言った。
「しかし君にとっても悪い条件ではない筈だ」
「きつねうどん一年は」
「そうだ、どうだ」
「それはそうです」
「ではそれでいいな」
 部長は強引に決めた、こうしてだった。 
 話は決まった、さとみは同人誌の最後のページにイラストを描くことになった。そのイラストはというと。
 やはり見ていてかなりのものだった、それで部長は言った。
「うん、いい絵だ」
「下手だからですね」
「これは何のキャラかね」
 そのポーズでの言葉だった。
「一体」
「ですからこの漫画の主人公です」
 週刊少年雑誌の海賊漫画である。
「そうなんですが」
「ミュータントだと思ったが」
「違います」
 全くと言う言葉だった。
「主人公です」
「そうか、いい出来だ」
「上手な中に下手があるからですね」
「そうだ、同人誌の最後のページに入れよう」
「わかりました」
 憮然として応えたさとみだった、そして。
 同人誌は好評だった、これまでの上手な漫画の最後にだ。
 女子部長作成というそのイラストがありそれがこれまでの上手な漫画を引き立ててしかもそのイラストの下手さも引き立ってだった、それでだった。
 同人誌はこれまでよりもさらに評判がよかった、それで部長はそのポーズで言った。
「私の狙いは正しかった」
「嬉しいですか?」
「この上なくな」
 憮然としているさとみにクールに返した。
「私は満足している」
「それは何よりですね」
「下手なイラストも使い方次第だ」
「それ誉めてないですよね」
「誉めているつもりだ」
「じゃあ何で私の方見ないんですか?」
「恰好をつけてだ」
 それでというのだ。
「気にするな」
「気にします、とにかく私の下手な絵がですか」
「同人誌の評判を上げたのだ」
 部長の言う通りにというのだ。
「そうする」
「そうですか、しかし」
「しかし?」
「今回で終わりじゃないですね」
「流石だ、察しがいいな」
 部長の返事はさとみが予想した中で最悪のものだった。
「次回も頼む」
「はい、わかりました」
 さとみは憮然としたまま答えた、そしてだった。
 さとみはそれからも同人誌の最後のページにイラストを描いていった、やがてそれはこの高校の漫画研究会が出す同人誌の看板にもなった。そしてさとみは何時しかこう呼ばれる様になった。
「画伯ですか」
「そうだ、君は今同人誌界隈でこう呼ばれている」
「そうなんですか」
「そうだ、インパクトに満ちたイラストだからな」
「下手でもですか」
「下手でもインパクトがある」
 だからだというのだ。
「君は画伯と呼ばれる様になったのだ」
「それ自体は立派な称号なんですが」
「ではこれからも頼む」
「同人誌の最後のページにですね」
「描いてもらう、いいな」
「凄く不本意ですがそれで部の同人誌の評判になるなら」
 実際に憮然として返したさとみだった。
「させてもらいます」
「そういうことでな」
「あと部長、バットで殴らせて下さい」
「それは断る」
 部長は相変わらずのポーズで答えた、そしてさとみに描かせていった。さとみも嫌々ながら描いていった。画伯と呼ばれながら。


画伯   完


                  2018・6・23

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