双子の推理
 三上つくよには姉がいる、だがこの姉の存在は両親すら知らない。つくよは『二人』だけになった時に姉によくこう言っていた。
「ねえ、私お姉ちゃんとはね」
「一緒にいたくはないっていうのね」
「何でいつも一緒にいるのよ」
「それはあれよ」
 姉はつくよに笑って話した。
「双子だからよ」
「私は生まれてお姉ちゃんは生まれなかった」
「それでも魂はあってね」
 それでとだ、姉はいつもつくよに笑って答えた。
「いつも一緒なのよ」
「やれやれね」
「いいじゃない、いつも二人一緒だから寂しくないし」
「鬱陶しいわよ」
「しかもピンチも乗り越えられてるじゃない」
「それはね」
 このことは言われてみればだった、まさに。
「私が忘れものしかけたらいつも言ってくれるし」
「危なそうな人も忠告するでしょ」
「ええ、だからよね」
「そう、だからね」
「二人一緒でいるとっていうのね」
「いいのよ」
 これが姉の返事だった。
「あんたにとってもね」
「そうなるの?」
「なるわよ、だからこれからもね」
「二人一緒でいようっていうのね」
「そうしていきましょう」
 笑顔で言う姉だった、常に。そして。
 ある日つくよのクラスである騒動が起こった、その騒動はというと。
 陶芸部の部員が部費を預かっていたがそれを突然なくしたのだ、その部員はしっかりした女子生徒だったが。
 部費をなくしてだ、相当に狼狽していた。
「どうしようかしら」
「部費なくしたの」
「そうしたの」
「ちゃんと鞄の中に入れていたのよ」
 自分のというのだ。
「それも底の底にね」
「それでもなの」
「部費なくなったの」
「そうなったの」
「どうしようかしら」
 陶芸部のクラスメイトは心から心配していた。
「部費なくしたら。弁償しないと」
「誰か取ったんじゃない?」
「そうじゃないの?」
「だからないんじゃないの?」
「そのせいで」
「まさかと思うけれど」
 陶芸部の娘はクラスメイト達に怪訝な顔で述べた。
「うちのクラスにそんな子いるかしら」
「ううん、うちのクラス大人しいカラーだしね」
「いいこともしないけれど悪いこともしない」
「そんなカラーだし」
「部費盗むとか悪いことする子いる?」
「いないんじゃ」
 皆もまさかと思っている、だが。
 疑念はあった、つくよもその状況を見て嫌なものを感じていた。それで一旦クラスから出てだ。
 校舎の屋上で『二人』だけになってだ、姉に言った。
「まずいわね」
「ええ、お金のことはね」
 姉もこう妹に返した。
「どうしてもね」
「問題になるわよね」
「誰かが盗んだって出るのはね」
「普通にある展開よね」
「そうよ、だからこのままいったら」
「クラスの誰かが疑われる」
「本当に誰かが盗んでいたら最悪だけれど」
 姉はあえて最悪のケースを話した。
「それこそね、けれどね」
「誰かが疑われたままでも」
「そう、灰色でもね」
 誰かが盗んでいれば黒だ、だが灰色という疑念もまた然りというのだ。
「厄介よ」
「それでよね」
「そう、何とかね」
「しないと駄目ね」
「ここはね」
「それでいい知恵あるの?」
「あるわ」
 姉の返事は即答だった。
「あの娘用心深い娘よね」
「相当にね、特にお金のことにはね」
「用心深いのね」
「だから余計に皆疑ってるのよ」
「なくす筈がない」
「そう、肌身離さず持っているか」
 お金を保管する時はというのだ。
「それかね」
「あの娘自身が言っていたみたいに」
「鞄の底の底とか」
「まず見付からない場所に」
「まあ底の底もね」
「どうも本人言ってないけれど」
「隠せる場所ね」
「もう下手に探したらわからない場所に置くタイプよ」
 こう姉に話した。
「それお姉ちゃんも見てるでしょ」
「ええ、伊達にずっと一緒にいないわよ」
 つくよと、とだ。姉は妹に笑って話した。
「私のあのクラスの一員よ」
「じゃあ聴くまでもないじゃない」
「確認よ、つまりね」
「つまり?」
「推理の材料は全部揃ってるのよ」
「全部って」
「はっきり言うわ、クラスで盗む様な悪い子いないわ」
 姉はこのことははっきりと言った。
「というかあの娘自分が部費持ってるって言ったのなくしてからよね」
「ええ、それまでは一度もね」
「あの娘がお金持ってるって知ってる娘いないのに」
 それでもというのだ。
「お金盗めないでしょ」
「誰もね」
「だとするとよ」
「ううん、誰も盗んでないのね」
「知ってるとすればあの娘に部費渡した人だけよ」
「陶芸部の人でも」
「部長さんクラスよ」
 そこまでの人だというのだ。
「物凄く限られてるわ」
「ううん、けれど部長さんは学年違うし」
 それでとだ、つくよは姉に話した。
「クラスは知っていてもあの娘の席とか鞄とかそこの底の底にあるとか」
「そこまで知ってる?」
「考えにくいわね」
「そうでしょ、だったらね」
「それだったら」
「そう、誰かが盗んだとはね」
「考えられないわね」
「どうしてもね」
 まさにというのだ。
「誰かが盗んだ可能性は極めて少ないわ」
「そうなるのね」
「だったらわかるでしょ」
「あの娘なくしてないのね」
「これは策士策に溺れるよ」
 そうなるというのだ。
「まさにね」
「策士策にって」
「だから厳重に隠して保管し過ぎて」
「自分でもなの」
「わからない様な場所に入れてしまったのよ」
「それで見付からないのね」
「そうよ、だからあの娘にね」 
 まさにというのだ。
「鞄の隅から隅までじっくりね」
「探す様に言えば」
「そうすればね」
「見付かるのね」
「そうなるわ、だからね」
 それでというのだ。
「あの娘に言いましょう」
「わかったわ」
 つくよは姉の言葉に頷いた、そしてその娘にそっと鞄の隅から隅それも一旦鞄の中のものを一旦全部出してそうして慎重に探す様に言った。その探し方も姉の言葉によるものだ。
 それでその娘も探すと実際にあった、その娘は素直に自分が鞄の中に入れたままにしていたと話して皆慎重過ぎるのも考えものだと結論を出した。それでだった。
 事態は解決した、その娘はつくよに礼を言うと共にクラスメイト達だけでなく彼女にも謝罪した。これで万事終わった。
 それで話が終わってからだ、つくよは家に帰ってから姉に言った。
「ううん、何ていうかね」
「解決してよかったでしょ」
「いや、よかったにしても」
「隠した場所がわからなくなるとか」
「そんなこともあるの」
「だから策士策に溺れるよ」
 姉はつくよに再びこのことを話した。
「それなのよ」
「そうなのね」
「案外自分が隠した場所ってのはわからなくなるのよ」
「そうなのね」
「そう、だからね」
 それでというのだ。
「こうしたこともあるってことで」
「わかっておくことね」
「そういうことよ」
「ううん、誰かが盗む場合もあれば」
「そうした場合も多いのよ」
「自分がミスしてわからなくなってることも」
「人間ミスは誰にでもあるわ」
 人間は完璧ではない、それでミスを犯すこともあるのだ。
「だからね」
「それでなの」
「そう、ああしたこともあるのよ」
「成程ね、お姉ちゃんはそう考えたのね」
「ええ、事件に思えて事件じゃない場合もあるのよ」
 そのケースもあるというのだ。
「あの時みたいにね」
「そうしたこともあるのね」
「そう、じゃあね」
「そのこともわかって」
「またこうしたことが起こったらね」
「考えていくべきね」
「事件を疑うのと一緒にミスも疑う」
 姉は妹にこうも話した。
「そうしていってね」
「それじゃあ」
「ええ、これからもやっていきましょう」
「そうするわ」
「二人でね」
「そこでも二人なのね」
「私達はいつも一緒じゃない」
 姉は妹に笑ってこうも言った、妹はそんな姉に憮然とした顔を向けた。だが口元と目元は微かにだが笑っていた。


双子の推理   完


                   2018・6・24

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