仕事の時に見るもの
 タナトスは死神だ、死神の仕事は言うまでもなく死んだ者を冥界に送り届けることだ。
 タナトスはこの仕事に誇りを持っている、それで冥界の主神であるハーデスにもいつもこう言っていた。
「いい仕事です」
「そう言うのか」
「はい」
 ハーデスにも胸を張って言うのだった。
「まことに」
「そう言うか、しかしな」
「私の仕事はですか」
「私が言うのも何だが」
 ハーデスは自分の玉座からタナトスに言った。
「辛い仕事だ」
「そうは思いません」
「何故そう言える」
「見ているからです」
「見ているのか」
「人を」
 タナトスはハーデスにはっきりと言った。
「ですから」
「人をか」
「そうです、では今日もです」
「死ぬ者の魂を連れて来るか」
「そうしてきます」
 こう言ってだ、タナトスは右肩に大鎌を担いでロリータファッションに身を包んでそうして仕事に向かった。そうして。
 死んだ者の魂を冥界に連れて行く、その時にだ。
 彼女は従者にだ、こう言った。
「いつも思うけれど」
「はい、死ぬ時の姿ですね」
「人が死ぬ時の周りの人達の姿」
「その姿がですね」
「いいと思うわ」
 こう言うのだった。
「その人を見送る姿がね」
「何ていうか色々ですね」
 従者はタナトスのすぐ後ろから応えた。
「悲しんでいたり冥福を祈っていたり」
「喜んでいたりな」
「死んで喜ばれる人もいますね」
「そうよね」
「ええ、それは大抵どうしようもない悪人ですね」
「悪人が死ねば喜ばれて」
 タナトスはさらに話した。
「善人が死ねばね」
「悲しまれますね」
「その時の人の姿がね」
 まさにというのだ。
「素晴らしいのよ」
「だからですか」
「私はその姿を見ることが好きなのよ」
「人間が死ぬ時の姿を」
「その周りの人達をね」
「だからこの仕事が好きですか」
「ええ、そこには劇があるわ」
 タナトスは従者にこうも言った。
「人間のね」
「劇ですか」
「人間は劇を作るわね」
「喜劇も悲劇も」
「あれはまさしく人間の姿なのよ」
「そして人が死ぬ時もまた」
「劇が行われる、その劇を常に観られることは」
 それはというと。
「私に与えられた至福の喜びなのよ」
「悲劇も喜劇もですね」
「ええ、善人でも大往生なら」 
 そうした死に方ならと言うのだった。
「周りの人達は笑顔で見送っているわね」
「はい、実に」
「それを観るのも喜びだしね」
「喜びは色々ですね」
「人間が死んだ時にはね、そして死者自体を送ることも」
 彼女の仕事それ自体もというのだ。
「好きよ」
「その時の人の姿もそれぞれですよね」
「そうでしょ、笑顔でついて来る人もいれば」
「そうでない人もいるわね」
「まだ名残惜しいという人間もいれば」
「死んだことに泣く人間もいるわね」
 こう従者に話した。
「そうでしょ」
「ええ、本当に」
「それも見られるから」
「タナトス様は死神であられることにですか」
「喜びを感じているわ」
「人間劇を観られるからですね」
「その人間がはっきり出たね」
 これ以上はないまでにというのだ。
「まさに」
「そういうことですね」
 従者も納得した、そしてだった。
 タナトスは今日も仕事をした、そしてその仕事が終わってからハーデスに今日の仕事のことを報告したが。
 その時にだ、自分の主神にまた言われたのだった。
「これからどうする」
「仕事が終わってですか」
「そうだ、実はポセイドンからいい酒を貰った」
 海界の主神彼の兄弟であるその神からというのだ。
「それでだ」
「そのお酒にですか」
「付き合わないか、ペルセポネーにニュクス、ヒュプノスも一緒だ」
 冥界の他の神々もいうのだ。
「どうだ」
「それでは」
「うむ、共に飲もう」
 こうしてだ、タナトスはハーデス達と共に酒を飲むことになった。冥界の神々が揃って酒を飲んだのだが。
 ここでだ、ハーデスは馳走を食べ美酒を飲みつつタナトスを見て思わず笑って言った。
「最後はやはりだな」
「これです」
 タナトスは苺のパフェを食べつつハーデスに応えた。
「仕事を終えた後は」
「酒以上にだな」
「神なので年齢は関係ないので」
「酒も飲むがな」
「最後はです」
 何といってもとだ、タナトスは苺のパフェを食べつつハーデスに答えた。
「苺のパフェです」
「それだな」
「そうです、これは何といってもです」
「そなたの楽しみだな」
「仕事も好きですが」
「それと同じだけか」
「苺のパフェも好きです、まさにです」
 その苺を味わいながらの言葉だった。
「至福の喜びです」
「そうなのか」
「仕事と同じだけ」
「本当に仕事が好きか」
「そしてその仕事と同じだけです」
 まさにというのだ。
「苺のパフェも好きです」
「成程な、ではまたな」
「はい、明日ですね」
「頑張ってくれ」
「そうさせて頂きます」
 タナトスはハーデスに微笑んで答えた、そして神々の金属であるオリハルコンのスプーンでパフェの最後を食べた。食べ終えたその顔は笑顔だった。


仕事の時に見るもの   完


                  2018・6・25

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