触らない蜘蛛
田丸模糊華はクラスではとかく奇人変人だと言われている、それは虫や小さな生きものを素手で捕まえてそれで皆に見せたがるからだ。
だが模糊華自身はこう言うのだった。
「生きものって可愛いじゃない」
「蛙や蜥蜴が?」
「芋虫とかが」
「可愛いっていうの」
「そう、可愛いじゃない」
クラスの友人達にだ、模糊華は笑って答えた。
「どの生きものも」
「可愛くないわよ、蛙なんて」
「模糊華ちゃん蜘蛛も捕まえるけれど」
「蜘蛛なんて気持ち悪いじゃない」
「足が八本もあってかさかさ動いて」
「蜘蛛はいい生きものよ」
模糊華は蜘蛛についてもこう言った。
「皆が嫌う蠅や蚊を食べてくれるのよ」
「それはわかってるけれど」
「けれど気持ち悪いじゃない」
「あの外見がね」
「巣も張るし」
「そう?私は嫌いじゃないわよ」
模糊華の言葉は変わらなかった。
「蜘蛛もね」
「そうなの」
「模糊華ちゃん蜘蛛も大丈夫なの」
「そうなの」
「ええ、蜘蛛も好きよ」
模糊華は笑顔のままだった、そうしてだった。
いつも虫や小さな生きもの達を捕まえたりして遊んでいた、男子生徒はともかく女子生徒達もそんな彼女に辟易していた。
だがある日だ、模糊華はある細く黄色っぽい姿の蜘蛛を見ても手を出そうとしなかった。それで彼女の友人達は怪訝な顔で尋ねた。
「あれっ、触らないの?」
「その蜘蛛には」
「何もしないの」
「ええ、この蜘蛛にはね」
実際にとだ、模糊華も答えた。
「触らないの」
「どうしてなの?」
「この蜘蛛には手を出さないの?」
「だってこの蜘蛛カバキコマチグモよ」
模糊華は蜘蛛の名前を言って友人達に答えた。
「毒あるのよ」
「えっ、そうなの」
「この蜘蛛毒あるの」
「そう、下手に触ると噛まれて毒で腫れたりするから」
それでというのだ。
「触らないの、私も」
「死ぬの?噛まれたら」
「タランチュラみたいに」
「死なないわよ、ただ腫れて痛いだけよ」
カバキコマチグモに噛まれてもというのだ。
「タランチュラもそうよ」
「あれっ、タランチュラもなの」
「噛まれても死なないの」
「そうなの」
「危ないのはアメリカのクロゴケグモとかよ」
こうした蜘蛛は危険だというのだ。
「小さくて目立たないから余計に怖いの」
「そうなの」
「アメリカにはそんな蜘蛛がいるの」
「そうなの」
「そう、だからね」
それでというのだ。
「その蜘蛛には気をつけないといけないけれど」
「噛まれても死なない」
「そのことは大丈夫なのね」
「けれど噛まれたら痛いから」
「触らないの。それにこの時期この蜘蛛は子育てがあるから」
模糊華は友人達にこのことも話した。
「邪魔したらいけないわ、だからね」
「余計になのね」
「触らないのね」
「そうするのね」
「ええ、そうするわ」
こう言って実際にだった、模糊華はカバキコマチグモには触ろうとしなかった。そしてある日のことだった。
大きな水槽を用意してそこに土を入れていった、友人達はその様子を見て模糊華に他うzネタ。
「何するの。一体」
「水槽に土を入れてるけれど」
「お水じゃないけれど」
「何をするの?」
「ええ、ここにね」
模糊華は怪訝な顔をしている友人達に答えた。
「蟻を入れて」
「それでなの」
「蟻を入れてなの」
「それでなの」
「そう、蟻を入れて」
そうしてというのだ。
「育てるつもりなの」
「ううん、そうするの」
「蟻の巣入れるの」
「そうするのね」
「そう、女王蟻も入れて」
蟻達にとって絶対の存在であるこの蟻もというのだ。
「そうしてね」
「水槽自体でなのね」
「育てるのね」
「そう、そうするから」
まさにとだ、こう言ってだった。
模糊華は実際に水槽の中にしっかりとだった、女王蟻を入れてそうしてだった、蟻の巣を育てていった。水槽からは巣の状況も見えた。
それを自宅で見つつだった、模糊華は遊びに来た友人達に笑顔で言った。
「観ているだけで楽しいわよね」
「そう?」
「そんなに楽しいの?」
「そうなの?」
「ええ、楽しいわ」
友人達に笑顔で応えた。
「本当にね」
「いや、何処が楽しいのか」
「全くわからないけれど」
「蟻の巣育てて」
「そんなの育てても」
「生きものが生まれて育っていくから」
模糊華はその水槽とそこにいる蟻達を観つつ友人達ににこにことして答えた。
「それを観てね」
「楽しいの」
「そうなの」
「ええ、凄くね」
実際にというのだ。
「本当に楽しいわ」
「そんなになのね」
「模糊華ちゃんには楽しいのね」
「そうなの」
「そうよ、命が生まれて育ってね」
自分も餌をやってというのだ。
「そういうのを観ていると幸せになれるわ」
「ううん、そういえば模糊華ちゃんって命粗末にしないし」
「いつも大事にしてるわね」
「どんな生きものでもね」
「殺したりはしないわね」
「解剖はしでもね」
「ちゃんと蘇生出来る状況じゃないとしないし」
こうしたことを守っていることもだ、友人達は話した。
「命を大事にしてるから」
「それでそうした生きものも好きなのね」
「蛙も蜥蜴も虫も」
「蜘蛛も」
「ええ、どの生きものにも命があるじゃない」
模糊華自身このことを話した。
「だからね」
「それでなのね」
「今も蟻を巣ごと育ててるのね」
「そうしてるのね」
「そうよ、じゃあね」
模糊華は友人達ににこりと笑ってこう語った。
「今から蟻におやつあげるわ」
「おやつ?」
「おやつあげるの」
「これね。今からあげるわ」
こう言ってキャンディ―を出した、そしてそのキャンディーをだった。
模糊華は蟻の水槽の中に入れた、蟻達はそのキャンディーに瞬く間に群がりだした。模糊華はその様子を見て優しい笑みでいた。
触らない蜘蛛 完
2018・6・27
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