令嬢の好物
 サチは帝国の田舎貴族の娘だが帝都の学校に入学してからその優秀さを見出されて皇子の学友の一人にも選ばれた。
 成績は学校でトップクラスであり真面目な性格も評判だ、だが。
 その喋り方についてだ、周りは言うのだった。
「あの、どうしてですの?」
「サチさんはその喋り方ですの?」
「前から思っていましたけれど」
「どうしてその喋り方ですの?」
「あかんかのう」
 サチは彼女の喋り方で友人達に返した。
「わしのこの喋り方」
「あの、何といいますか」
「敬語が苦手と聞いてますけれど」
「それでもその喋り方は」
「何かこう」
「わしもわかってるんじゃ」 
 サチは上品な貴族らしい振る舞いと口調で答えた、しかし出す言葉は非常に独特のものであった。
「自分でもな、しかしじゃ」
「それでもですの」
「その喋り方ですの」
「そうですの」
「わしの領地の喋り方でじゃ」
 それでというのだ。
「生まれてからずっとこの喋り方じゃ」
「そうですの」
「では子供の頃からですの」
「その喋り方ですのね」
「そうなんじゃ、お屋敷の執事さんもメイドさんもじゃ」
 そのまま喋るサチだった。
「皆この喋り方でお父ちゃんもお母ちゃんも兄ちゃん達もじゃ」
「ご家族の方々もですの」
「その喋り方で」
「それで、ですの」
「そうじゃ、何とか敬語を身に着けたいが」
 しかしというのだ。
「難しいのう」
「そうですの」
「口調はそのままですのね」
「そうじゃ、悪いが慣れてくれるかのう」
 こう言ってだ、サチはその喋り方のままだった。だが礼儀作法はしっかりとしていて品性は備えていた。
 そしてその喋り方でだ、皇子にも言うのだった。
「皇子さん、ちょっとええかのう」
「な、何かな」
 皇子はサチのその喋り方に引きながら応えた。
「一体」
「飴あるんじゃが」
「あっ、サチの好物だね」
「そうじゃ」
 それがあるというのだ。
「わし今それ持ってるんじゃが」
「僕にもくれるか」
「舐めるか」
 皇子に礼儀正しい仕草で尋ねた。
「そうするか」
「それじゃあね」
「飴は美味いけんのう」
 上品に笑ってだ、サチは言うのだった。
「暇な時とかに舐めると最高じゃ」
「そうなんだね」
「だからじゃ、皇子さんも舐めたらええ」
「それじゃあ一個貰うね」
「おう、貰ってくれや」
 サチは皇子に笑顔でペロペロキャンディを差し出した、そしてだった。
 皇子はその飴を優雅な手つきで受け取り舐めた、その飴は実に美味いものだった。
 とかくサチは飴が好きだ、それで毎日の様に舐めている。その彼女にクラスメイト達はあらためて尋ねた。
「あの、サチさんの故郷ではですね」
「皆さん飴がお好きですの」
「そうですの」
「いや、飴は何処でもあるじゃろ」
 サチは友人達の問いに目を瞬かせて返した。
「それこそのう」
「まあそう言われますと」
「飴は何処でもありますわね」
「実際に」
「そうですわね」
「だから別にじゃ」
 サチは友人達とは全く違う口調でさらに言った。
「わしの故郷だけの話でもないんじゃないかのう」
「ううん、では飴がお好きなのは」
「それはどうしてですの?」
「とかく毎日の様に舐めておられますけれど」
「それは」
「実はじゃ」
 ここでだ、こう話したサチだった。
「子供の頃魔法の先生に魔法教えてもらった時にな」
「その時にですの」
「何かありましたの」
「そうじゃ、魔法が上手に使えたらな」
 その時にとだ、サチは友人達に話した。
「先生いつもご褒美に飴くれたんじゃ。それでその時の飴がいつもじゃ」
「美味しかった」
「そうでしたの」
「それで、ですのね」
「サチさんは飴がお好きになりましたのね」
「そうなんじゃ、飴を舐めるといつも思い出すんじゃ」
 笑顔で言うサチだった。
「魔法が上手に出来た時を。それでじゃ」
「今もですのね」
「飴を舐めますのね」
「それでお好きですのね」
「そうじゃ。それでその先生もじゃ」
 にこりと笑って優雅に言うサチだった。
「この喋り方だったんじゃ」
「そうですの」
「喋り方は同じですのね」
「そうですのね」
「敬語は使っちょらんかった」
 サチと同じくそうだというのだ。
「わしが敬語使えんのは先生の影響かものう」
「そこは違うのでは」
「あの、何といいますか」
「どうもその喋り方は」
「一歩間違えると危ないですわよ」
「わしもわかってるがのう」
 所謂ヤクザ者の様な言葉であることはだ、サチもわかっているのだ。だがそれでも身に着いてしまっているもので。
「ちょっとやそっとではじゃ」
「変えられませんのね」
「そうですのね」
「そうじゃ。それでじゃが」
 サチは話題を変えた、今度の話題はというと。
 自分の席にかけている鞄から袋に包んだ飴を幾つも出してだ、そのうえで友人達にこう誘いをかけた。
「皆も舐めるかのう」
「その飴ですのね」
「それですのね」
「やっぱり飴はええもんじゃ」
 その飴を見てにこりとして言うのだった。
「甘いしのう」
「魔法が成功した時を思い出す」
「だからですのね」
「ええわ、何か失敗した記憶はあまりないが」
 サチは一回聞いたことは覚える、そして全ての属性の魔法への適性がある。そうした魔術師としての類稀なる才能があるからだ。魔法が失敗したことはほぼないのだ。
「しかしじゃ」
「それでもですのね」
「成功した時はいつも飴を頂いていたので」
「そのことも思い出すので」
「舐めたいのですわね」
「成功した時を思い出してあの時みたいにまたしようとする」
 友人達の手に一個ずつ飴を手渡しつつ言うのだった。
「それが成功する秘訣かのう」
「そうした意味でもいいですのね」
「サチさんにとって飴は」
「そうですのね」
「そうかも知れんのう」
 笑顔で言ってだ、今も飴を舐めるのだった。サチにとって飴は今日もただ甘いだけでなく成功の味もする実に美味いものだった。


令嬢の好物   完


                    2018・7・16

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