プロレス同好会
 赤地縁は中学時代はとにかく喧嘩ばかりしていて今もそのことで名を知られている。一九〇近い体格もあり今も喧嘩をすることが多い。
 しかしだ、その彼のところにある男が来た。それは彼が通っている高校のプロレス研究会の部長だった。
 部長は彼にだ、こう誘いをかけた。
「御前は喧嘩ばかりしているな」
「それは否定しません」
 縁もはっきりと答えた、正義感の強い彼は嘘も吐かない。
「しかし俺はです」
「聞いている、悪い奴にだけだな」
「向かいます、弱い者いじめとかは」
「絶対にしないな」
「そうしています」
「その心意気や見事だ、しかしだ」
「やっぱり喧嘩は駄目ですね」
 縁自身わかっていて答えた。
「それは」
「そうだ、しかしだ」
「しかしですか」
「その力を別の方向に活かさないか」
「まさかと思いますが」
「今部活は入っていないな」
「中学の時は柔道部に入っていました」
 全国大会に出たこともある、その強さが柔道でも遺憾なく発揮されてそれで黒帯にもなってさらにだったのだ。
「そうでしたが」
「うちの高校の柔道部には入らないか」
「顧問とやり合ったのは知ってますね」
「ああ、あいつとか」
「あいつが部活で部員を稽古と称して虐待してるのを見て」
 それでだったのだ。
「思い切りやり合って」
「それでだな」
「柔道部にも入らず」
 ついでに言うと彼と衝突したことでその顧問は虐待が公になってしまい懲戒免職となって今は行方不明だ。
「何もしてません」
「帰宅部だな」
「はい」
「それならだ」
「プロレス研究会にですか」
「入るか」
 部長は縁に笑みを向けて誘いをかけた。
「そうするか」
「入っていいんですか」
「だから声をかけに来たんだ」
 これが部長の返事だった。
「そういうことだ」
「そうですか」
「それで返事はどうだ」
「俺を見込んで、ですよね」
 縁は部長のその目を見て問うた。
「声をかけてくれたんですね」
「そうだ、是非にと思ってな。それにだ」
「それに。ですか」
「俺は君みたいな奴が好きだ」
 部長は微笑んでだ、縁にこうも言った。
「正義感の強い奴がな」
「喧嘩ばかりしてもですか」
「それでもだ、その正義感が好きだ。あの柔道部の顧問と揉めた時から思っていることだ」
「そうだったんですか」
「俺もあいつのことは聞いていた」
 その柔道部の顧問のことはだ。
「だがそれで俺は何もしなかった」
「俺は体験入部の時に見まして」
「それですぐに怒ったか」
「それだけですが」
「それでもだ、悪に対して怒ってすぐに行動に移す」
 このことはというのだ。
「滅多に出来ない、だからな」
「俺のことをですか」
「認めている、だからだ」
「誘いをかけてくれたんですね」
「そうだ、それで返事は」
「宜しくお願いします」
 縁は頭を下げて答えた、こうしてだった。 
 縁はプロレス研究会に入った、そうしてプロレスのトレーニングで汗を流した。それはプロのレスラーと変わらない位に激しく。
 縁の身体は鍛えなおされた。それで周りにも言われた。
「前よりも体格よくなったな」
「ああ、一回り位な」
「元々でかかったけれどな」
「今はずっとだな」
「筋肉もついたしな」
「凄くなったな」
「顔つきも」
 これもというのだ。
「引き締まってな」
「凄い感じになってきたな」
「前以上に強いな」
「そんな感じになったな」
 こう言うのだった、彼を見て。すると。
 誰もが彼にこれまで以上に強さを感じて悪い者は彼を見ると逃げる様にさえなかった。これには縁も驚いた。
「何かな」
「そうだ、今の君はだ」
 部長がその彼に言った。
「以前よりもさらに強くなった」
「喧嘩ばかりだった時よりも」
「トレーニングでな」
 プロレス研究会のそれでというのだ。
「何しろうちの研究会は本格派だ」
「冗談抜きでプロのレスラー並の訓練ですしね」
「だからだ、その分鍛えられてだ」
 それでというのだ。
「以前よりさらに強くなった」
「そうなんですね」
「そしてその君が注意したり前に出るとな」
「何か喧嘩にならなくなりました」
「以前の君はただ強いだけだった」
 喧嘩にだ、それに過ぎなかったというのだ。
「しかしだ」
「今は違いますか」
「桁外れに強くなった」
 トレーニングでそうなったというのだ。
「そしてだ」
「さらにあるんですか」
「その強さがはっきり出ている」
 縁自身にというのだ。
「オーラにもなってな」
「オーラですか」
「君の強さはオーラにもなっていてだ」
 そしてというのだ。
「相手にも感じられるからな」
「だから悪い奴が俺を見たら逃げて」
「去る様になって喧嘩もしなくなったのだ、言うならだ」
 ここで部長は縁にこうも言った。
「今の君は明王だ」
「明王ですか」
「そうだ、憤怒身となり」
 徳のある仏が魔に対して怒り顔も姿も一変する、それが明王なのだ。
「魔を降すな」
「不動明王とかがそうですね」
「不動明王はその中でも最強だ」
 そう言っていいというのだ。
「最強の明王だ」
「そうですよね」
「そして君はだ」
「明王みたいなものですか」
「そうなってきている、だから君を見るとだ」
 今の縁、彼をというのだ。
「悪い奴が逃げ出しているのだ」
「そうですか」
「それで君はこれからだ」
 部長は縁にさらに言った。
「より己を鍛え強くなりだ」
「明王の強さをですか」
「完全に身に着けることだ、本当に強い者は喧嘩しないというな」
「その言葉は俺も知ってます」
 聞いてはいる、しかしそれを実践出来たことはない。悪い奴を見るとどうしても向かって行かずにはいられないからだ。
「ただ。俺は」
「今までは違ったな」
「喧嘩ばかりしていました」
「だがそれをだ」
「これからはですか」
「そうだ、実際に君は変わってきている」
 プロレス研究会に入り彼を見ただけで悪い連中が去る様になってだ。
「それもかなりな」
「だからですか」
「このままだ」
「変わっていくべきですか」
「これまでの君は言うならば仏になっていないはねっ返りだった」
 それに過ぎなかったというのだ。
「しかし明王という仏になろうとしている」
「そうですか」
「だからだ」
 それでというのだ。
「これからはさらにだ」
「己を鍛え」
「強くなることだ、いいな」
「そして明王になることですね」
「そうだ、プロレスを通じてなれ」
「そうですね、俺は今以上にです」
 まさにとだ、縁も部長の言葉に頷いて述べた。
「強くなります」
「そうなるな」
「そして喧嘩をせずとも悪い奴を懲らしめられる様になります」
「そうだ、君を見ただけでな」
「そこまで強くなります」
 縁は部長と約束した、そして実際にだった。
 彼はプロレスのトレーニング、試合も含めたそれにさらに励んでだった。さらに強くなっていった。そうして。
 高校を卒業して本物のプロレスラーになり子供達に悪いことはせず心身を鍛えて本当に強い人間になれと言った、多くの子供達が彼の言葉に従った。その彼のレスラーとしての通称は明王となった。魔即ち悪を降す存在と完全になれたのだ。


プロレス同好会   完


                  2018・7・17

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