学生小説家の名推理
その話を聞いてだ、的野智章はすぐに首を傾げさせた。そしてこう言った。
「奇怪な事件ですね」
「やっぱりそう思うね」
「はい、僕もその事件については前から聞いています」
「伊藤博文を殺したのは彼じゃない」
「彼が撃った弾丸とは別にです」
「そう、撃った数と伊藤博文を含め周りの人に当たった数が」
まさにとだ、智章の行きつけの喫茶店で彼と知り合いになったその客は彼がいつも座っているカウンターの席の隣に来て述べた。
「それがね」
「銃弾には先端に十字の傷も入れていましたね」
「ところがね」
「その弾丸もですね」
「数が合わないね」
「そうですね、それでですね」
智章はコーヒー、彼は小説ではあえて文学的に書く珈琲を飲みつつ述べた。これを飲むと頭が冴えて小説もよく書けるのだ。
「果たして彼が伊藤博文を暗殺したのか」
「巷に言われているね」
「そこが疑問視されていますね」
「どうなんだろうね、ここは」
「そこからさらに言われていますね」
智章は客に穏やかな顔で返した。
「他に実行犯がいた、そして黒幕がいた」
「持っていた銃が当時の共産主義者が使っていた拳銃だったこともあって」
「コミュニスト、レーニンが黒幕だった」
「そんな話もあるがどうなんだろう」
「はい、実はです」
ここで智章は客にあっさりとした調子で述べた。
「僕なりにもうです」
「この事件について推理しているのかな」
「そのつもりです、確かに当時のコミュニスト達は色々動いていました」
全ては共産主義革命の為だ、かつてソ連で国父と言われたレーニンもかつては言うならば国家転覆をテロによって行う危険人物だった。そして革命を起こして多くの者がその革命の中の粛清や飢餓で死んだ。
「ですが当時レーニンはスイスにいて」
「アジアの東の端で何をするか」
「欧州、そして最初の革命が起こったロシアならともかく」
そこまで離れていてはというのだ。
「余力があっても回すかどうか」
「そこまではないか」
「欧州で色々動いていました」
後にヒトラーがいたウィーンにスターリンもいて活動していたとのことだ、後に戦うことになる二人の独裁者達は若き日に音楽の都で擦れ違っていた可能性があるのだ。
「動くならロシアでしょう」
「ではか」
「はい、当時ロシアの勢力圏にあったとはいえハルビンで何かするか」
「それはないか」
「まず考えられません、これはです」
「コミュニストは黒幕じゃない」
「そうなるでしょう、そして」
智章はコーヒーを飲みつつさらに話した。
「だとすればです、やはりです」
「黒幕はコミュニストではなくて」
「銃も弾丸も普通に用意出来ます、そして彼がです」
暗殺したというこの人物がというのだ。
「実際に考えて行動した」
「そうしたものか」
「そして僕が調べた結果」
さらに言うのだった。
「実は彼は単独犯ではなく同志がいて」
「その同志達とかい?」
「はい、共にハルビンまで行っていました」
事件現場、日本の歴史において残念ながら非常に大きな意味を持つことになってしまったこの街の駅前にというのだ。
「そしてです」
「そこでかい」
「はい、伊藤博文を囲む群衆の中に分かれて潜み」
「当然武器を所持して」
暗殺用のそれをとだ、客も述べた。
「そしてだね」
「誰かが、最初に撃ったのは彼かどうかわかりませんが」
「同志達と一緒に伊藤博文を撃ってか」
「それで暗殺したのでしょう、ですが」
「そう、彼が単独犯になっているね」
「それは彼だけが捕まったからです」
その現場で捕まったのは、というのだ。実際に捕まったのは彼だけだった。
「そしてです」
「彼だけが取り調べと裁判を受けてだね」
「死刑となりました」
「というと」
客もここでわかった、そしてそのわかったことを今述べた。
「彼は取り調べや裁判の時に自分が単独犯と言ったのか」
「それが同志を庇ったか自分が暗殺者としても歴史に名前が残る名誉を得たかったかはわかりませんが」
「彼が単独犯と言ったからだね」
「そうなりました、そして当時の日本側も」
伊藤博文を殺されて彼を逮捕した日本側もというのだ。
「もう犯人が逮捕されていて事件が事件です」
「日本第一の実力者だったからね」
長い間宰相を務め元老を務め立憲政友会も立ち上げた人物だ、明治日本を創り上げた人物の一人に他ならない。
「その彼が暗殺された」
「しかも当時併合かどうかで揉めていた相手の国の人間が行ったとなると」
「日本そして相手側もです」
「国民が大混乱に陥るね」
「激昂する恐れもありました」
「まさにことが長引けば」
「どうなるかわかりませんでした、下手に彼の言葉を疑って」
取り調べや裁判のその中でだ。
「捜査を拡大すると」
「話が長引いて」
「はい、そうなって」
そしてというのだ。
「どうなるかわかりませんでしたから」
「彼が単独犯と主張するならか」
「もうそうしてです」
「早く死刑にしてだね」
「ことを収めるべきだったのでしょう」
「そうだったんだね」
「最近黒幕がコミュニストだっただの当時のロシア政府だったのだという説があっても」
若しくはその場に他の派閥の伊藤を暗殺したい者、それがコミュニストなり当時のロシア政府でもである。
「コミュニストは先程お話した通りで」
「そちらにまで手が回らない」
「はい、ロシア政府も今から交渉する相手を暗殺するか」
「それもないね」
「若し暗殺したことが公になれば」
この危険は常にある、暗殺がばれることは常に有り得ることだ。
「世界中の批判がロシアに集中し」
「その信頼が落ちるね」
「それも内外で」
「だとすれば」
「はい、ロシア政府でもなく」
「山縣有朋説もあるね」
「山縣も陰謀家ですが」
このことで生前から評判が悪く今も尚そう言われ非常に人気が薄い人物だ。
「しかしです」
「あえて伊藤博文を暗殺するか」
「それも考えられないです」
智章はまたコーヒーを飲んでから述べた。
「政治上で対立していても」
「二人は個人的には付き合いが深かったしね」
「それに二人は政治の話で何処かで折り合いをつけることも多かったですし」
「最後まで折り合いをつければいい」
「それに山縣は併合の件では消極的でしたし」
「そこは伊藤と同じだね」
「確かに人望は薄い人物でしたが」
尚一度目をかけた人物は決して見捨てずそれで派閥の者達からは随分と慕われていたという。
「そうした迂闊なこともしませんでした」
「慎重で有名だったしね」
「だとすればあの事件は迂闊と言えばあまりにも迂闊なので」
「山縣の線もないね」
「はい、だとすると」
「可能性は一つだね」
「彼と同志達が行い」
伊藤博文の暗殺、それをだ。
「そして彼一人が実行犯と主張して」
「日本側もそうせざるを得なかった事情があって」
「そうなりました」
「そういうことだね」
「そうだったと思います」
「ふむ。名推理だね」
「資料と当時の情勢や関係者をじっくりと調べますと」
それでというのだ。
「そうした結果になるかと」
「そういうことか」
「はい、そしてこのことは実は小説を書くことでずっと考えていて」
「調べてだね」
「こう考えるに至りました」
「そうなんだね、じゃあやがては」
「今書いている作品が脱稿したら書きます」
智章は客にこのことを約束した。
「小説として」
「そして今書いている投稿サイトで発表するね」
「そうさせてもらいます」
ここで智章はコーヒーを飲み終えた、そしてその場にノートパソコンを出して書きはじめた。そうしてその作品が終わったなら今の話をと思うのだった。既にプロットは書いていて後はそこから文章を書くことだった。
学生小説家の名推理 完
2018・7・18
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