ある少年の疑問
 アレクシスは毎日放課後に学校の図書館で本を読んでいる、休み時間もいつも読んでいるが放課後も同じだ。
 その彼に興味を持ったクラスメイトが放課後彼の席の向かい側の席に来てそのうえで彼に対して尋ねた。
「何の本読んでるのかな」
「ポーだよ」
「ポー?」
「エドガー=アラン=ポーだよ」
 アレクシスはそのクラスメイトに素っ気なく答えた。
「アメリカの怪奇作家だよ」
「えっ、怖い作品なんだ」
「怖いけれどね」
 それでもと言うのだった、そのクラスメイトに。語るその間も本は開かれたままで視線も文章に向けられている。
「それでも凄く面白いよ」
「けれど怖いんだよね」
「それも相当にね」
「それじゃあ僕は」
「怖くても面白いから」
 アレクシスはクラスメイトにやや上から目線で答えた。
「君も読んでみたらどうかな」
「僕はいいよ。怖いのは苦手だから」
 クラスメイトはまだ子供と言っていい年齢だ、アレクシスも同じ歳だがそうだ。そしてその年齢故の恐怖に対する弱さから述べた。
「だからね」
「読まないんだ」
「遠慮するよ。けれどポーって面白いんだ」
「アメリカで凄く有名な作家さんだよ」
「ふうん、アメリカ人なんだ」
「そうだよ、十九世紀のね」
「アメリカが出来たばかりの頃かな」 
 クラスメイトもアメリカがまだ若い国だということは知っていて言った。
「それじゃあ」
「そうだね、まあアメリカが出来たばかりで」
 アレクシスもこう述べた。
「その頃に生きて書いていた作家さんなんだ」
「そうだったんだ」
「生前はかなり不遇だったらしいけれど」
「不遇?」
「お金がなくて貧乏だったんだ」
 不遇という言葉をこう表現した。
「随分苦労したらしいよ」
「そうなんだ」
「うん、けれど作品はね」
 作家にとって一番肝心のそれはというと。
「面白いよ」
「怖くても」
「だから僕は今はポーを読んでいるんだ」
「成程ね」
「今読んでいるのはモルグ街の殺人で」
 ポーの代表作の一つだ、推理小説のはじまりと言われている名作だ。
「次は黒猫を読むよ」
「黒猫?」
「そう、今読んでいる作品の次はね」
「僕は別の本を読むよ」
「何かな」
「騎士物語読むよ」
 クラスメイトが読もうと思っている作品はこれだった。
「アーサー王ね」
「アーサー王ならアーサー王物語とアーサー王ロマンスがあるよ」
「あれっ、二つあるんだ」
「どっちも結構違うよ」
 こうクラスメイトに話した、モルグ街の殺人を読みながら。
「読み比べても面白いよ」
「そうなんだ、じゃあどっちを読もうかな」
「まだどっちも読んでいないのかな」
「うん、そうなんだ」
「じゃあどっちかを先に読んで」
 そしてとだ、アレクシスはクラスメイトにアドバイスをした。
「その後でもう片方を読むといいよ」
「それじゃあそうしようかな」
 クラスメイトはアレクシスのその言葉に頷いてまずは物語の方を読むことにした、そしてアレクシスの向かい側の席で読みはじめた。
 この日からこのクラスメイトも放課後の図書館で本を読みはじめた、場所はアレクシスの向かい側の席だ。彼はアーサー王物語からアーサー王ロマンスを読みはじめた。そこで。
 ふとだ、アレクシスが今もポーの本を読んでいることを本のタイトルから確認してそのうえで彼に尋ねた。
「ちょっといいかな」
「何かな」
「今度は何の作品を読んでいるのかな」
「ポーの作品は読み終わって」
「全部読んだんだ」
「うん、今は彼の生い立ちについて書かれている部分を読んでいるんだ」
 こうクラスメイトに答えた。
「そうしているんだ、けれどね」
「けれど?」
「何かおかしいんだ」
「おかしいっていうと」
「いや、ポーは死ぬ間際うわ言を言っていたらしいけれど」
 アレクシスは読みつつクラスメイトに話した。
「レイノルズってね」
「レイノルズ?アメリカ人の名前かな」
「そうみたいだけれど」
 しかしと言うのだった。
「けれどポーを知っている人は誰も知らないっていうんだ」
「レイノルズって人は」
「知っている人は誰もその名前じゃなくて」 
 レイノルズという名前の者はいなかったというのだ。
「ポーがレイノルズって人と付き合ってると聞いたこともね」
「ないんだ」
「そして作品の中にもね」
「その名前の登場人物はいなかったんだ」
「そうだったんだ」
「あれっ、けれどだよね」
「死ぬ間際のうわ言で言っていたらしいんだ」
 そうだったというのだ。
「レイノルズってしきりにね」
「死ぬ間際にうわ言でしきりに言うってことは」
「その人と絶対に何かあったね」
「それもかなりのことがね」
「けれどそんな人なのに」
 それでもというのだ。
「ポーの知人は誰もね」
「そんな名前の人は知らなくて」
「それで作品の中にもね」
「レイノルズっていう登場人物はいなかったんだ」
「僕ポーの作品全部読んだよ」 
 アレクシスはこのことは確かに行った。
「それこそね」
「それでもなんだ」
「そう、けれどね」
「出ていなかったんだね」
「そう、全くね」
「じゃあ誰かな」
「わからないんだよね、これが」
 アレクシスは読みつつ考える声を出した。
「どうも」
「気になるんだ」
「それで調べてみようって思ってるけれど」
「じゃあ調べてみたらどうかな」
 クラスメイトはこうアレクシスに返した。
「君がそう思うなら」
「そうだね、やってみるよ」
 アレクシスは即答した、そしてだった。
 彼はそのレイノルズ、ポーが死ぬ間際に出していた名前の人物をポーについて調べながら探した、それにクラスメイトも協力したが。
 ポーがいた陸軍士官学校の同期にも彼の周りにも接点があるレイノルズという人物がおらず少年時代も作家になってからもだった。
 やはり彼の周りにレイノルズという人物はいなかった、それは彼の妻の周りについても彼について批評を行った人物にもだった。
 やはり誰もいなかった、それでアレクシスはクラスメイトで図書館のいつもの席で言った。
「どれだけ調べてもね。ネットでも調べたけれど」
「いないんだね」
「うん、ポーの周りにはね」
 知人達が誰も知らないと言った通りにだ。
「いないね」
「レイノルズって人は」
「君が調べてもだよね」
「うん、いなかったよ」
 クラスメイトもこう答えた。
「一人もね」
「じゃあ誰なのかな」
「一切不明だよね」
「どうもこのことを不思議に思って」
「君以外にも調べた人がいるんだ」
「そうみたいだけれど」
 しかしとだ、アレクシスは友人に答えた。
「誰も見付けられなかったみたいだよ」
「レイノルズが誰かって」
「そう、一人もね」
「これから書く作品の登場人物にするつもりだったのかな」
 クラスメイトはここでこう言った。
「ひょっとして」
「それだと余計にわからないよ」
「ポーの頭の中だけのことだから」
「もうそれはポーだけにしかわからないよ」
 それこそというのだ。
「もうね、けれどね」
「けれど?」
「世の中調べてもわからないことがあるんだね」
 アレクシスはクラスメイトにしみじみとした口調で首を傾げさせつつ述べた。
「僕そのことがわかったよ」
「君は何でも知ってると思ったけれど」
 これがクラスのアレクシスへのイメージだった、いつも読書をしていて成績も極めて優秀で何か聞かれたら常にすぐに答えるからだ。
 それでこのクラスメイトもこう思っていた、しかしだった。 
 彼の今の言葉を聞いてだ、クラスメイトもわかったのだ。
「違うんだね」
「わからないから読むし勉強するんだよ」
「そうなんだ」
「そうだよ、けれどね」
「調べてもだね」
「わからないことがあるんだね、それで」
 アレクシスはあらためてという口調で述べた。
「レイノルズのことはこれからも機会を見付けてね」
「調べていくんだ」
「他の本も読みたいから今は置いておくけれど」
 それでもというのだ。
「またね」
「機会を見付けてだね」
「調べていくよ、調べてもわからないことでもさらに調べていけば」
 そうすればというのだ。
「わかる筈だから」
「だからだね」
「調べていくよ」
「じゃあレイノルズのこと頑張ってね」
「そうしていくよ。じゃあ今度は魯迅読むよ」
「その人はどの国の作家さんかな」
「中国の作家さんだよ、この人の本を読むよ」
 こう言って実際にだった、アレクシスは魯迅の本を読みはじめた。クラスメイトは今度はローランの歌を読んだ。
 アレクシスはいつも図書館にいる、そして本を読んで作品世界の面白さを楽しむと共に色々と調べていた、だがポートレイノルズの関係はこの時はわからず以後実際に機会を見付けて調べていった。それがはじまりとなって後に高名な文学者になるとはこの時は誰も想像していなかった。だが騎士物語を読んでいたクラスメイトがフェシングの選手になり同窓会でこのことを話して誰もが成程と思ったのだった。その時に彼がはじまったのだと。


ある少年の疑問   完


                   2018・7・19

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