哲学者は静かに思索する
 テメガノは人間ではない、多くの触手と顔にある単眼が目立つラグクラフト的な種族の者の一人である。
 この種族は人間達からの迫害を逃れる為に今は山奥にひっそりと隠れて暮らしている、人間が誰も入らない様な世界に。
 だが最近人間達の文明の進歩を見てだ、こんなことを話していた。
「ここはどうするか」
「もう地球にいたら駄目か?」
「人間達はやがてここに来るぞ」
「そうなるだろうな」
 彼等はこうした話をしだした。
「だからだな」
「何処かに逃れるか」
「海の底に街を造るか」
「それとも地の中にか」
「宇宙に逃れるか」
「宇宙船を建造して他の星に逃れるか」
「我々の技術なら可能だしな」
 こうした話をしていた、その話を聞いてだ。
 テメガノは難しい目になってだ、こう呟いた。
「知能があれば悩みは尽きないのである」
「またそう言うのか」
 よく一緒にいるテメガノの友人はその彼に問うた。
「知能があればか」
「そうである」
 テメガノはその目を友人にも向けて答えた。
「そこから悩みは生まれるのである」
「だから今もかい」
「我々は悩んでいるのである」
「これからどうするか、か」
「吾輩もこう思っているである」
 こう前置きしてだ、テメガノは友人に自分の考えを話した。彼等の街の中にある大学のキャンバスの中で。大学も他の建物も彼等の身体に合わせたもので人間達が住む場所とは全く違うものになっている。
「人間達はやがてである」
「我々をだな」
「発見するである」
「人間はあちこちに来ているからな」
「だからである、遅かれ早かれ」
 何時になるかわからないがというのだ。
「我々はここに留まっていればである」
「人間に見付かってしまうか」
「そうなれば大事である」
「化けものと言われてな」
「攻められるである」 
 テメガノはこのことについても難しい目で語った。
「そうなるである」
「そうならない為にもか」
「我々はここを去るべきである」
「君もそう思うか」
「そしてである」
「何処に逃げ込むかだな」
 友人はテメガノに応えて言った。
「海の底か地の底か他の星か」
「違うである、吾輩はそこは考えていないのである」
「何処に逃げるべきかはかい」
「それは考えていないである」
 こう友人に語るのだった。
「考えているのは悩みである」
「このこと自体かい」
「そうである、先程も言ったであるが」
「知能があればその時点で」
「生物は悩む様になるである」
「それはどんな生物でもかい」
「そうである、若し僅かでも知能が生じれば」
 それでというのだ。
「そこからである」
「生物は悩むのかい」
「何処に行くべきか」
 テメガノは今の自分達の種族の問題、もっと言えば悩みについて述べた。問題は考えるもので即ち悩みだというのだ。
「それを考えることもである」
「悩みでだね」
「どうすべきか、どうすればいいか」
「そうしたことを考えることが」
「それ自体が悩みである」
 まさにそうだというのだ。
「そしてである」
「我々はかい」
「今必死に悩んでいる、それは」
「どんな生物でもかい」
「今我々が脅威に感じている人間もである」
 かつて彼等を狩り彼等から見て圧倒的な数を持ち文明も高度なものになってきている彼等も然りというのだ。
「知能があるであるな」
「彼等を脅威に感じている我々にとって残念なことにね」
「ならばである」
「人間達も悩んでいるのかい」
「そうである、生物は知能があれば」
 またこう言うテメガノだった。
「必ず悩むある」
「そして今我々は悩んでいるということか」
「そうである、そしてこの問題が解決しても」
 それでもというのだ。
「やはりである」
「我々は悩むのだね」
「そうである、今の問題が解決しても」
「我々はまた悩むか」
「新たにそうなるである」
「いや、問題が起こるから悩む」
 友人はここでこのことに気付いた。
「そうだね」
「それはその通りである」
 テメガノもそのことはその通りだと答えた。
「問題があるから悩むである」
「問題がないと悩まないね」
「そうなるである」
「それじゃあ問題が起こらないと」
「それは有り得ないである」
 テメガノの返事は冷静なものであった。
「問題は何時でも常に起こるものである」
「絶対にかい」
「そうである、例えば何を食べるか」
「そのことを考えてもかい」
「悩むであるな」
「言われてみれば」
 その通りだった、この友人もそうしたことで悩んだことがあるので否定出来ず頷けることであった。
「そうしたことでもね」
「問題の大小の問題があるであるが」
「悩みは常にだね」
「起こるものである、悩んだことがない悩みがない生物なぞ」
 知能があればというのだ。
「ないのである」
「そうしたものなんだね」
「だから我々もである」
「今の問題が解決しても」
「また悩みに直面しそれはである」
「常にだね」
「出て来るものである」
 こう言うのだった、そしてだった。
 テメガノ達の種族は自分達が今いる山奥から宇宙の他の星に移住して人間達を避けることにした、それで全員宇宙船に乗り込んだが。
 宇宙船に乗ってからだ、テメガノはまた友人に話した。
「どの星に行くか、宇宙で何もないか」
「そのことにだね」
「我々は悩んでいくである」
 そうなるというのだ、そして実際にだった。
 彼等は太陽系を出て遠く離れた星に移住することになるがその星を探すまでも宇宙航行の安全についても悩み続けた、星に移住してもその星での生活で悩み続けた。テメガノの言う通り悩みは永遠に存在するものだった。知能があるが故に。


哲学者は静かに思索する   完


                   2018・7・20

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