優しい用心棒
璃雨はある富豪のお嬢様の用心棒をしている、その富豪の家の主は今はそのお嬢様が務めている。まだ学生だが大富豪となっているのだ。
璃雨はいつもお嬢様の傍に執事と共にいる、執事は端麗な顔立ちの青年だが。
その彼にだ、璃雨はこう言われた。
「前から思っていますが」
「何だ」
「あの、璃雨さんは以前は」
「前の仕事か」
「何だったんですか?」
「言わないといけないか」
璃雨は執事に顔を向けてこう返した。
「そのことは」
「あっ、お嫌でしたら」
それならとだ、執事は璃雨に穏やかな声で応えた。完全に表社会しか知らない人間でお嬢様にいつも真面目に仕えている好青年だ。
「いいですが」
「そうか」
「ただ。僕の予想ですと」
執事は璃雨に気品のある声で応えた。
「幼稚園の先生か動物園の飼育員さんか」
「何故そう思う」
「子供や生きものにいつも慕われているので」
これは実際にそうである、璃雨は子供や動物にはいつも慕われていて懐かれているのだ。小鳥も子犬も小猫も自然に寄って来る。
「そうじゃないかなって」
「思うのか」
「はい」
そうだというのだ。
「違いますか?」
「そう思うならいい」
これが璃雨の返事だった。
「あんたがそう思いたいならな」
「それじゃあそう思っていいですか」
「それならな」
「はい。それで」
こう言ってだ、そしてだった。
執事は彼の前職を幼稚園の先生か動物園の飼育員だと本当に思う様になった。そして実際に彼はいつもだ。
子供や動物達に囲まれていた、お嬢様が慈善事業で孤児院を多くの贈りものや寄付と共に訪れた時もだ。
彼は子供に囲まれていた、それで子供達に言われていた。
「おじちゃん来てくれて有り難う」
「また遊ぼうね」
「そうしようね」
「ああ、じゃあ何をして遊ぼうか」
璃雨も子供達に優しい顔で応えた。
「今日は」
「鬼ごっこしよう」
「かごめかごめがいいよ」
「いや、缶蹴りだよ」
「だるまさんが転んだがいいよ」
「そうだな、じゃあ順番に全部遊ぶか」
璃雨は子供達の言葉を聞いてこう言った。
「そうするか」
「あっ、一つをやるんじゃなくて」
「全部するの」
「順番にそうするんだ」
「そうしたら全部楽しめるだろ」
璃雨は子供達に優しい声で語った。
「だからな、順番にな」
「全部するんだね」
「そうして遊ぶんだね」
「ああ、そうしよう」
「ではです」
ここで彼が仕えるお嬢様も言ってきた。
「わたくしも」
「お嬢様もですか」
「はい、是非」
気品のある優しい声と笑顔だった、それは身なりだけではなかった。
「そうさせて下さい」
「いいのですか?遊ばれると」
「服がですか」
「汚れますが」
「汚れは洗ってもらえばいいです」
それだけだとだ、お嬢様は璃雨に答えた。
「実際に毎日洗ってもらっていますし」
「だからですか」
「はい」
お嬢様の返事は明るいものだった、優しさだけでなくそれもあった。
「それでは」
「これからですね」
「楽しく遊びましょう」
子供達と共にだ、こう話してだった。
璃雨はお嬢様も交えて子供達と楽しく遊んだ、彼は子供達に心から慕われていた。
そうした日々を過ごし子供達だけでなくお嬢様が可愛がっている犬や猫達の世話もしていた、その中でだ。
スマホが鳴ってそれに出るとだ、彼の親友からのものだった。
「御前か」
「ああ、俺だ」
スマホの向こうの親友は彼に笑っている声で言ってきた。
「久し振りに御前の声を聴きたくなってな」
「連絡してきたんだな」
「そうだよ」
こう言うのだった。
「今日はな」
「そうか、今何をしているか」
「俺か?ハワイでアイスクリーム屋をしているよ」
親友は明るく答えた。
「結婚もして子供もいるさ」
「ハワイか」
「ああ、そこにいてな」
「そうか、それでアイスクリームか」
「売ってな、結構繁盛してるぜ」
「それは何よりだな」
「ハワイはいい場所だぜ」
親友は彼にこうも言った。
「昔のことを思うと夢みたいな暮らしだよ」
「お互い昔はな」
「ああ、暗かったな」
「思い出したくない」
ここでだ、璃雨は親友に今は誰にも見せたことのない顔で述べた。
「あの時のことはな」
「お互いにな、けれどな」
「今はか」
「俺はそうして暮らしているさ、結婚もしてな」
「子供もいると言ったな」
「女の子が一人な」
親友はこのことも自分から話した。
「いるぜ、家族もいてな」
「幸せに暮らしているか」
「客は観光客が多いな」
「というと日本からか」
「わかるか?奥さんも日系人だしな」
「そうか、それでその奥さんともか」
「幸せにやってるぜ、それでな」
親友からだ、彼に言ってきた。
「一ついいかい?」
「俺のことか」
「その声の調子だと御前も随分いい生活送ってるみたいだな」
「ああ、充実している」
璃雨は親友に微笑んで答えた。
「いつもな」
「そうか、いつもか」
「ある人の用心棒をしていてな」
「そのうえでか」
「幸せに暮らしている」
そうしているというのだ。
「今もな」
「それは何よりだな、確かにそれはわかるな」
「声でか」
「暗い生活してると声もな」
「暗くなるからな」
「暗い生活していて明るくなれるか」
性格、それがだ。
「そしてそれが声に出るからな」
「そうだな、昔の俺はな」
「そんな声出していなかったからな」
それも全くというのだ。
「だからな」
「声でわかるか、暮らしも」
「実際にな、それで御前のその声を聴けてな」
璃雨のそれをとだ、親友は言うのだった。
「よかったぜ」
「そうか」
「ああ、それでな」
「今度は何だ」
「今度会う機会があったらな」
その時のこともだ、親友は言ってきた。
「飲むか」
「いいな、何を飲む」
「バーボンはどうだ?」
親友が言う酒はそちらだった。
「それを飲むか」
「いいな、酒か」
「今も飲んでるだろ」
「バーボンもな」
「だったらな」
「ああ、今度会ったらな」
「一緒に飲もうな」
こうした話をした、そしてだった。
スマホを切った、そうしてからだった。璃雨はまた犬や猫達の世話をしていたがそこに執事が来て彼に言ってきた。
「お嬢様がお呼びです」
「お嬢様が」
「はい、外出するので」
それでというのだ。
「僕もですが」
「お供をだな」
「して欲しいとのことです」
「わかった」
璃雨の返事は一言だった。
「それじゃあな」
「今からですね」
「お供させて頂こう」
璃雨は執事に微笑んで答えた。
「これからな」
「はい、じゃあ行きましょう。しかし」
「しかし。何だ」
「璃雨さんやっぱりあれですね」
執事もだ、璃雨に笑って言った。
「前のお仕事は幼稚園の先生か動物の世話をしていましたね」
「またそう言うのか」
「だってとても優しい目をしていますから」
自分に応えてくれる彼のそれの目はというのだ。
「ですから」
「そう言うんだな」
「そうですよね、やっぱり」
「どうだろうな、しかしな」
「はい、お嬢様がお呼びなので」
「犬や猫の世話は誰かにお願いするか」
屋敷の中にいる手の空いている者にというのだ。
「そうしてな」
「僕達はですね」
「お嬢様のお供をするぞ」
「わかりました」
執事は璃雨に応えた、彼が見ている彼のその目は今も暖かいものだった。まるでいつも子供や動物達を優しく見守ってきた者の様に。
優しい用心棒 完
2018・7・22
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