猛虎の歴史
森ノ宮美帆は歴史研究会に所属している、その歴史研究会の部活の中で部長にこんなことを言った。
「阪神タイガースの歴史をまとめてみようと思うですが」
「貴女阪神ファンだから?」
「はい、ですから」
それでとだ、美帆は部長に即座に答えた。
「そう考えてますけれど」
「そうなのね」
「いいでしょうか」
「いいと思うけれど」
それでもとだ、部長は美帆に微妙な表情で述べた。
「ただね」
「ただ?」
「後悔はしないことよ」
美帆にこのことも言うのだった。
「くれぐれもね」
「後悔はですか」
「ええ、調べてもね」
阪神の歴史、それをというのだ。
「それはいいわね」
「後悔しません、絶対に」
「そうなのね」
「はい、だって私阪神好きですから」
毅然として言い切った、実際に美帆は自分こそが阪神タイガースを最も愛している人間とさえ思っていた。
それ故にだ、阪神の素晴らしい歴史を調べるのなら悪いものなぞある筈がないと思っていた。しかし。
二週間後美帆は部長に部活の時に沈んだこの世の終わりの如き顔で言った。
「三十三対四ですね」
「何でや阪神関係ないやろね」
「それとですね」
美帆はさらに話した。
「巨人に十一ゲーム差位あったのが」
「逆転されたわね」
「岡田監督最後のシーズンに」
「あれも凄いわね」
「八十周年の時はヤクルトに逆転優勝されて」
「九十二年もね」
部長はこの年のことは自分から言った。
「あの時もヤクルトにね」
「八木選手のホームランが二塁打になって」
「伝説よね」
「クライマックスは負けてばっかりで」
「一回勝ってもね」
「抗議の横でソフトバンクの胴上げとか」
「ないわよね」
部長は美帆に冷めた声で応えた。
「普通は」
「甲子園じゃなくてよかったですが」
「甲子園で横浜三十八年ぶり優勝したわね」
「それもありました」
調べたらはっきりと出て来た。
「暗黒時代真っ盛りの頃に」
「その暗黒時代凄かったでしょ」
「何年連続も最下位になって」
美帆は絶望した顔のまま応えた。
「日本一の二年後から」
「逆の意味で怒涛の勢いでね」
「バースさんも掛布さんも去って」
「監督も次々変わってね」
「助っ人はあればかりで」
「グリーンウェル調べた?」
「調べて絶望しました」
この助っ人のことはというのだ。
「中々来なくてちょっと来て帰国して退団とか」
「物凄いわね」
「他にも凄い助っ人一杯いますけれど」
悪い意味で凄いというのだ。
「文字通りの暗黒時代でしたね」
「壮絶でしょ」
「この頃もあんまりですが」
「まだよね」
「スター選手が軒並みじゃないですか」
文字通りとだ、美帆は部長にこのことも話した。
「江夏さん、田淵さん、江本さんと」
「スキャンダルでね」
「いなくなって。村山さんもそうで」
「あまりいい退団じゃなかったわね」
「お家騒動多かったんですね、昔の阪神」
「それが常だったのよ」
歴史に詳しく成績優秀とはいえまだ中学生の美帆ではまだ知らないことだった。
「二リーグ制分裂の頃からね」
「別当さん達ですね」
「阪神から出たのもね」
「そこから思いきりでしたね」
「そしてずっとね」
「お家騒動が続いて」
「主力選手はね」
「スキャンダルめいた去り方ばかりだったんですね」
美帆はそうして阪神を去っていった彼女にとっては英雄達のことを想い心で泣いた。
「阪神の歴史は」
「そうよ、あとね」
「はい、肝心の試合の方も」
「暗黒時代以前も凄いでしょ」
「昭和四十八年とか」
「あと一歩で負けてね」
「巨人に甲子園で」
絶望して言うのだった。
「有り得ないですね」
「そして日本シリーズでもね」
「東映に負けて」
「南海にも負けたわね」
「スタンカさんの二試合連続完封で」
二日連続の球史に残る快挙だった。
「思いきり凄いですね」
「スタンカさんがね」
「藤本監督の試合放棄、藤村さんの連続出場が途切れた時とか」
「どれも凄いわね」
「信じられない出来事ばかり起こってるんですね」
「凄いでしょ、阪神って」
「他のチームにこんなのないですよね」
まず、とだ。美帆も思った。
「絶対に」
「ここまで有り得ないことが多いチームはね」
「悪いことばかりで」
「道頓堀のケンタッキーのおじさんとか」
「毎年の地獄のロードとか」
「本当に凄いわよね」
「恐ろしい歴史です」
美帆は阪神の歴史について言い切った。
「調べて絶望しました」
「後悔したかしら」
「いえ、ですが」
阪神のあまりにも多い信じられない敗北に騒動、他のチームよりも遥かに多いとしか思えないそれがあってもというのだ。
「私はあくまで、です」
「阪神が好きなのね」
「ここまで色々あると余計にです」
「阪神好きになったの」
「はい」
顔を上げて宣言する様に述べた。
「かえって」
「そうでしょ、阪神ってチームはね」
「これだけのことがあてもですね」
「毎年カープに散々に負けていてもね」
それも甲子園でも念入りにだ、もちろんマツダスタジアムでもだ。
「魅力があるでしょ」
「はい、凄く」
「実はうちの歴史研究会毎年阪神のことを調べる子が出て来るらしいのよ」
「じゃあ部長も」
「絶望したわ、けれどね」
「後悔はしていなくて」
「愛が高まったわ」
美帆に笑って話した。
「阪神へのそれがね」
「はい、私これからもです」
「阪神を応援していくのね」
「そうしていきます、死ぬまで阪神を愛し応援していきます」
「その意気よ、ではね」
「阪神の歴史のレポート、提出します」
書き終えたらならとだ、美帆は部長に約束した。そしてこの日から二週間後部長に提出したそのレポートは部活の中で非常に好評だった。
猛虎の歴史 完
2018・7・25
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