般若の面
 近頃街で怪しい噂が流れている、夜な夜な街に見事な着物を着て鬼の面を被った怪しい者が徘徊しているというのだ。
 その話を聞いてだ、所轄の書の刑事の一人が署長に言われた。
「市民の人達からも何かと言われていてね」
「それで、ですか」
「そうだ、警部君にだ」
 刑事の階級を出して言うのだった。
「このことで捜査をしてな」
「解決をですね」
「してくれるか、犯罪とは関係ない様だが」
「不審者としてですね」
「苦情、通報までな」
「届いているからですか」
「だからだよ」
 それでというのだ。
「君に頼みたい」
「わかりました」
 警部は署長に即座に答えた。
「それでは」
「うむ、ではな」
「はい、捜査をして」
「そしてだな」
「調査を行い」
 そうしてというのだ。
「解決してみせます」
「そうしてくれ、本来警察は犯罪が起こらないと動けないが」
 署長は自分の席の前に直立しているスーツの初老の男にぼやく感じで述べた。
「しかし」
「それでもですね」
「市民の人達から通報があるからな」
「それで不審者もですね」
「色々対策をしないといけないからな」
「そういうことですね」
「では頼むぞ」
「はい、それでは」
 警部も頷いてだ、そうしてだった。
 その着物に鬼の面の不審者への捜査をはじめた、部下として若い制服の巡査がついたが彼と共にだった。
 夜にその不審者を見たという辺りを見て回った、その中で巡査は警部に対してこんなことを言った。
「夜にそんな恰好で街を歩くとか」
「着物に鬼の面だな」
「時代劇ですか?」
 こう言うのだった。
「そんな感じですよね」
「そうだな、もうな」
「はい、それで刀でも出したら」
「辻斬りか敵討ちでな」
「そのまんま時代劇ですよ」
 まさにというのだ。
「本当に」
「それでその時代錯誤な奴がな」
「最近夜の街に出て」
「塾帰りの子供やランニング中のおじさんおばさんをびっくりさせているんだ」
「コンビニの前を通ったり」
 目撃者達に話を聞くとそうなっていた。
「そうしていますね」
「愉快犯ならいいがな」
「実際にやばい奴ならですね」
「世の中おかしな奴もいるからな」
 残念だが現実としてそうした輩も存在している。
「通り魔なり何なりな」
「おかしな恰好をしておかしなことをしようとする」
「そんな奴がいてな」
「おかしなことをする前にですね」
「止めないとな」
「何かあってからじゃ遅いですからね」
「ああ、警察は事件が起こってからじゃないと動けないがな」
 警部もこのことはわかっていた。
「しかしな」
「事件を起こさせない様にすることも仕事ですね」
「あからさまにやばい奴は事前に何とかする」
「現実はこれも仕事ですしね」
「そうだ、ストーカーなりもう明らかに何かしている奴はな」
「事前の対策が大事ですね」
「ストーカーが相手の人を殺したりしたらアウトだ」
 もうその時点でというのだ。
「人は死ぬし俺達もな」
「警察は何やっていた、ですからね」
「そう言われて叩かれまくる」
 世間、特にネットにだ。警部は巡査と共にすっかり暗くなり人気のなくなった夜の街を歩いてその怪人物を探しつつ述べた。
「そうなりたくないだろ」
「はい、実際に」
「だったらな」
「最初からですね」
「そんな怪しい奴はな」
「最低でも身元を確認して」
「見張っていないと駄目だ」
 それ位はしなくてはというのだ。
「何かある前にな」
「そういうことですね」
「あまりやり過ぎると警察国家だ監視国家だとも言われるがな」
「マスコミに言われますね」
「公安がどうとかも言ってな」
「俺達公安じゃないですよ」
「警察を妙に嫌い連中もいるんだ」
 世の中にはだ。
「そうした連中は実際に公安に目を付けられる様な連中だったりするがな」
「正体は過激派とかですね」
「後ろに世襲制の共産主義国家がいたりするんだよ」
「実際にそうした連中もいるってことですね」
「そうだ、しかしな」
「あまりやり過ぎるってのはですね」
「本当だからな、要は匙加減だ」
 怪しい奴を見張ることもというのだ。
「大抵の人は何もないだろ」
「不審者でも過激派でもないですね」
「そんな連中はそうそういないさ」
 現実はそうだというのだ。
「だからな」
「そこは安心してですね」
「ああ、僅かな変な奴だけをな」
「わかりました、今回みたいにですね」
「やっていくぞ」
「わかりました」
 巡査は警部の言葉に頷いた、そうしてだった。
 二人で夜の街を歩いていった、すると目の前の十字路を横切る一人の着物の者が目に入った。しかも。
 その者は横から見てもわかる鬼の面を被っていた、巡査はそのぱっと見ただけでも怪しいその人物を見て警部に言った。
「あれですよね」
「間違いないな」
 警部もこう答えた。
「あいつだな」
「そうですよね」
「目撃例そのままの姿だ」
「モンタージュの」
「それを見るとな」
「あいつで間違いないですね」
「ああ、それじゃあな」
 警部も自分達の前を歩いていくその者を見て言った。
「今からな」
「あいつにですね」
「まず職務質問だ、しかしな」
「何かする時に備えて」
「俺が職務質問をする」
 警察手帳を出してだ、警部は巡査に顔を向けて述べた。
「だからな」
「俺はですね」
「あいつが何かしそうならな」
 その時はというのだ。
「銃は使わなくてもね」
「警棒をですか」
「使え、いいな」
「俺実は剣道四段なんですよ」
 巡査は警部に笑って言ってきた。
「この前四段になったんですが」
「ほお、まだ若いのにか」
「高校で三段になって警察に入って三年ですが」
「もう四段か」
「こっちには自信があります」
 警部に笑って言うのだった。
「署でも一番強いですからね」
「じゃあその剣道の腕見せてもらうぞ」
「いざという時は」
「ああ、頼むぞ」
 こうしたことも話してだ、自分達の前の道を横切った怪人物を追った。そしてその者を呼び止めてだ。警戒しつつ職務質問をすると。
 すぐにだ、若い男の声で返事をしてきた。
「あの、私は別に」
「別に?」
「怪しい者ではないですが」
 こう警部達に答えたのだった。
「古物商でして」
「古物商?」
「はい、この街の」
「まさか」
 その商売を聞いてだ、巡査が言ってきた。
「街の路地裏の」
「路地裏?そういえば」
 警部も言われて気付いた。
「あったな、商店街の路地裏の」
「その端っこの寂れた場所に」
「古い店があったな」
「江戸時代からあるみたいな」
「何か幽霊屋敷みたいなな」
「凄いお店ありますよね」
「そこ私の店です」
 男はまた言ってきた。
「私が店主です」
「あんたがか」
「はい、西院堂の店主西院宮鵯禧といいます」
 こう名乗りもした。
「それが私です」
「あんたあの店の店主だったのか」
「はい」
 西院宮は警部に答えた。
「お会いしたことはなかったでしょうか」
「お店は知ってるけれどな」
 それでもというのだ。
「けれどな」
「お店の中にはですね」
「だからあんたのこともな」
「ご存知なかったですか」
「そもそも何でだ」
 警部は西院宮にさらに問うた、職務質問なので口調はやや強い。
「鬼の面、般若の面か」
「私の私有物でして」
「お店の品じゃないんだな」
「お店のものはお店のもので」
「外に持って行かないか」
「はい、外出の時は私有品を着けて」
 そしてというのだ。
「出る様にしています」
「お店の人としてのマナーか」
「そうしたものです」
「成程な、しかしな」
「あんた何でそんなお面被って夜歩いているんだ」
 巡査も西院宮に尋ねた。
「どうしてなんだ」
「いえ、夜の散歩は健康の為の」
「運動か」
「やはり人間身体を動かさないと駄目ですね」
「それはそうだが」
「ですから毎日夜にかなりの距離を散歩しています」
 健康の為にそうしているというのだ。
「その様に」
「それはいいけれどな」
「着物はともかくそのお面はどうしてなんだ」
 警部は彼にあらためてこのことを問うた。
「般若の面なんだ」
「実は私人見知りでして」
「人見知り?」
「お客さんは平気ですが外に出ますと」
「人が怖いか」
「ですから」 
 それでというのだ。
「外出、夜の散歩の時はです」
「お面を被ってか」
「外を歩いています」
 そうしているというのだ。
「そうしています」
「そうだったのか」
「駄目でしょうか」
「いい筈がないだろう」
 警部は彼に即座に呆れた顔で返した。
「そんな恰好は」
「ですが私は人見知りで」
「もっと普通の格好をしてくれ」
「普通のですか」
「そんなお面被って夜の街を歩いたらな」
 それこそというのだ。
「誰だって何かと思うぞ」
「だからですか」
「ああ、普通の恰好でいてくれ」
 こう言うのだった、そして西院宮にさらに注意したうえで彼の面を外させたがそこから出て来た顔は中々の美男子だったので余計に驚いた。
 警部は次の日署長にこのことを報告して騒動は無事に解決した、しかし数日後警部はまた署長に言われた。
「今度はですか」
「ああ、着物を着てだ」
 このことは前回と同じであった。
「そして鉄仮面を被ったな」
「不審者が夜の街を歩いているんですね」
「そうだ、多分というか絶対な」
「あの古物商ですね」
「そうだろうな、だからな」
「今度はもう本人の家に行ってきます」
 その店にというのだ。
「そうしてです」
「本人に注意するな」
「今度はそうします」
「そうしてくれ、幾ら犯罪でなくてもな」
「おかしな恰好で街を歩かれると」
「流石に騒動になるからな」
「わかっています、それでは」
 警部は署長に敬礼をして応えた、そしてだった。
 彼は西院宮の家に行って実際に彼に注意した、そのうえで今度は彼に注意した。騒動は解決したが西院宮自身の人見知りはまだ解決しないので続くのだった。


般若の面   完


                  2018・8・18

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