スナイパーになった訳
 美河由紀は戦いの絶えないこの雪国の女子高生だが何しろ戦いの絶えない国だ、だから女子高生でありながら戦場にもいた。
 戦場において由紀は狙撃兵、スナイパーとして活躍していた。遠い距離から物陰に隠れて敵を狙撃して倒している。
 この日も雪が降り積もっている森の中から敵の指揮官に照準を合わせていた、そうしてその遠く離れた場所からだった。
 銃弾を放ち指揮官の頭を貫いた、狙撃を終えるとすぐにその場を離れた。
 部隊に戻って報告する、報告を受けた隊長は由紀に満足して言った。
「今回もよくやってくれた」
「有り難うございます」
 由紀は隊長にクールな顔で応えた。
「それでは次の任務があるまで」
「この基地に待機してだ」
「訓練ですね」
「それにあたってもらう」
「わかりました」
 由紀は隊長にクールな表情と声のまま応えた、そしてだった。
 部隊に戻る、由紀がいる部隊は彼女が通っている高校の生徒達の部隊で学校をそのまま基地に使っている。
 その基地の自分の居場所つまり教室に入った時にだ。
 クラスメイトの女子達が彼女にだ、こんなことを言ってきた。
「今回もやったらしいじゃない」
「敵の指揮官仕留めたんだって?」
「何でも中将だったそうじゃない」
「大物やったわね」
「しかもかなり優れた人物だったそうだから」
 それでとだ、由紀も自分の席に座った姿勢で周りに来た友人達に答えた。
「よかったわ」
「戦局にも影響するわね」
「間違いなくね」
「そうなるわね」
「そうね、我が軍の有利に働くわ」
 今回の自分がした仕事はとだ、由紀は友人達にこうも話した。
「だからね」
「ボーナス出るわね」
「それで昇進も出来るわね」
「そうなりそうなのね」
「そのこともよかったわ」
 由紀は無表情だがそうしたことも素直に喜んでいた、それ故の言葉だ。
「本当にね、ただね」
「ただ?」
「どうしたの?」
「戦争が終わったら」
 その時のこともだ、由紀は言うのだった。
「そうも思うわ」
「それはね」
「皆思ってるわよ」
「ずっと戦争ばかりで」
「もう街もボロボロだし」
 実際にそうなっている、戦争が続いている結果だ。
「人も死んでるしね」
「このクラスも減ったわね」
「入学した時はもっと多かったのに」
「七人いなくなったから」
 もう感覚が鈍くなっていた、少女達は気付いていないが戦争が長く続き人が死ぬことへの感覚も鈍っているのだ。
「戦争終わって欲しいわね」
「和平交渉とかしてるのかしら」
「どうかしらね」
「戦争が終われば」
 由紀はぽつりとした口調で言った。
「今死ぬかも知れない、明日死ぬかも知れないとか」
「考えずに済むわね」
「そんなこともね」
「だからよね」
「戦争終わればいいのに」
「早く」
 誰もがこう思っていた、生死や破壊への感覚が鈍ってしまっていてもそう思う気持ちは変わっていなかった。
 その中でだ、友人達は由紀にこうも尋ねた。
「それで由紀スナイパーだけれど」
「何でスナイパーになったの?」
「接近戦も得意なのに」
「むしろそっちの方が好きなのに」
「スナイパーって接近戦というか前線で戦うより大変じゃない」
 最前線で敵と対峙して塹壕や基地の中に隠れて銃撃を行ったり突撃を行ったりする場合もというのだ。
「撤退の時はいつも後詰だし」
「自分は最後まで戦って逃げるでしょ」
「だから逃げるの大変だし」
「いそうな場所に真っ先に爆撃受けるし」
「あと砲撃も行われるじゃない」
 狙撃されては敵としてはたまったものでない、その為敵も味方もまずはそうした場所から攻撃されるのだ。
「逃げる時も捕まりかねないし」
「捕まってあっさり捕虜になれればいいけれど」
「敵も色々だしね」
「おかしな奴もいるから」
 それでというのだ。
「女だてらに狙撃兵だと」
「結構大変でしょ」
「前線で戦う方が気が楽でしょ」
「死傷率実は案外変わらないし」
「寒い場所に何日もいたりとかするし」
「撃ったらすぐに逃げるし」
「わかっているわ」
 由紀は友人達の言葉に無表情な声で答えた。
「私もね、なる前から」
「それでもなの」
「スナイパーになる道選んだの」
「そうだったの」
「ええ、全部わかって」
 そのうえでというのだ。
「やっているわ」
「じゃあそうした辛いこともなの」
「構わないの」
「何日も寒い場所にいても」
「雨や雪が降ってもそこにいたり」
「銃も守って」
「おトイレだって大変なのに」
 何日も同じ場所にテントも張らずに敵を待っているのだ、その中では食事も用足しも実に大変なことだ。
 男でもそうだ、ましてや女なら尚更なのだ。
「しかも特によ」
「さっき私達も言ったけれど逃げる時よ」
「その時が物凄く大変なのに」
「後詰だから逃げ遅れる可能性高いし」
「爆撃や砲撃も来るし」
「前線もそうだけれど」
「それでもね」
 また言う由紀だった。
「私はスナイパーでいるわ」
「どれだけ辛くても」
「前線で歩兵やりより辛くても」
「それでもなのね」
「ええ、そうしていくわ」
 こう言ってだ、そしてだった。
 由紀は狙撃兵であり続けた、任務を黙々とかつ着々とこなしていった。学生生活もその合間で過ごしている様なものだった。
 この時もそうだった、今度は攻勢に出る友軍の援護で山に入りそこから敵兵を次々に狙撃していた。
 場所を次々に変えつつ一人また一人と撃っていく、その時に。
 使っている狙撃銃を見た、そしてその銃を受け取った時を思い出していた。
 この時由紀はまだ中学生だった、まだ兵士になる直前で今まさにどの兵種に志願するかを決める時だった。
 その時部活の先輩、もう戦っているその人に銃を見せてもらって言われたのだ。
「いい銃だろ」
「狙撃用の銃ですか」
「ああ、あたしは狙撃兵だろ」
 綺麗な先輩だった、大人びていて明るい顔立ちの。由紀はこの先輩によく可愛がってもらっていたのだ。
「そうだろ」
「はい、前も戦場に出られていましたね」
「そうだよ、けれどな」
「けれどですか」
「実はこの前目をやられたんだよ」
「えっ、目をですか」
 見れば先輩の目は何もない、奇麗なままだ。
 それでだ、由紀は先輩の今の言葉に怪訝な顔になって言い返した。
「見たところ」
「網膜剥離になったんだよ」
「網膜剥離ですか」
「手術受けるさ、今度」
「そうですか」
「それでもな、もう目がそうなるとな」
 網膜剥離、この病気になるとというのだ。
「スナイパーみたいな目を使う仕事はな」
「出来ないからですか」
「だからな」
 それでというのだ。
「兵種替えになるんだよ」
「そうですか」
「手術受けて退院して」
「その後は」
「衛生兵だよ」
 この兵種になるというのだ。
「そうなるからこの銃はな」
「どうなります?」
「さてな、けれど他にいいスナイパーがいたらな」
 その時はというのだ。
「そいつに使って欲しいな」
「そうですか」
「これだって思う奴にあたしが渡したいな、それであたしが病院にいる間な」
 その網膜剥離の手術の間というのだ。
「銃預かってくれるか」
「先輩の銃を」
「ああ、そうしてくれるか?」
「わかりました」
 由紀はその先輩の言葉に頷いた、そしてその銃を受け取ったがこの時にだ。
 先輩とのやり取りが心に残った、そのうえで。
 どの兵種になるかを決めた、そして。
 退院した先輩、これからは衛生兵になるその先輩に狙撃兵になることを伝えた。すると先輩は由紀に笑って言った。
「じゃあその銃受け取ってくれ」
「そうしていいんですね」
「ああ、もうあたしは使わないからな」
 狙撃兵でなくなったからだというのだ。
「だからな」
「そうですか、それじゃあ」
「ああ、大事に使ってくれよ」
「わかりました」
 由紀は先輩に頷いて応えた、そうして狙撃兵として戦場に出たが。
 最初の仕事が終わった時にだ、戦争ではよくある話を聞いた。
「先輩が!?」
「ええ、勤務しておられた病院が爆撃受けて」
「敵の誤爆だったらしいわ」
「すぐそこに基地があったし」
「間違えて病院も爆撃受けて」
 基地と一緒にそうなったというのだ、病院への攻撃は国際法違反だが戦争では残念ながらままにしてあることだ。
「それでね」
「先輩もなのよ」
「病院が崩れて」
「瓦礫の下敷きになって」
「いい人だったのに」
 由紀は肩を落として残念がった、もうこの頃から人の死に鈍くなっていて泣かなかったが悲しく思うことは変わらなかった。
 そしてだ、先輩から貰って銃にだ。
 先輩との絆を見た、それでだったのだ。
 由紀は今も狙撃兵でいた、敵をひたすら撃っていた。今戦っている相手は先輩のいた病院を爆撃した軍ではなかった。
 だがそれでも戦っていた、先輩と同じ狙撃兵として。先輩の様に戦いたい先輩の銃を使っていたいと思い。
 由紀はこの度の戦闘でも功績を挙げた、十五人の敵兵を撃ち殺しこのことも称賛された。だがその称賛には無反応で。
 親しい友人達にだ、こう言った。
「戦争が終わったら最初に行きたいところがあるわ」
「何処なの?」
「何処に行きたいの?」
「お墓。そこに行きたいわ」
 そこにというのだ。
「最初はね」
「お墓参り?」
「それに行きたいの」
「そうなの」
「ええ、そうしたいわ」
 先輩の笑顔を瞼に浮かべての言葉だ、戦争が終わればまずは先輩にそのことを伝えようと思っていた、戦争が終わるその時まで狙撃兵として戦うことはもう心の中で決めていたがそのことも決めていた。


スナイパーになった訳   完


                  2018・8・20
 

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