石頭
 大代吟次はこの時ふらりとある城下町に来た、今回もただふらりと来ただけですぐに出るつもりだった。
 しかし街を歩いている時にだ、彼の常であるが街のならず者達が若い娘をからかっているのを見た。
 見て見ぬ振りをしようとしたのも彼の常だったが結局騒ぎに巻き込まれてしまうのも彼の常であって。
 その通り過ぎようとした彼にだ、年寄りが言ってきた。
「お侍さん、どうか」
「どうかってあっしに言ってるのかい?」
「そう、お侍さんにだよ」
 必死の声で言うのだった。
「頼んでるんだよ」
「あの娘さんを助けて欲しいっていうのかい?」
「そうだよ、わしの孫娘なんだ」
 それでというのだ。
「最近店にあの連中が来ていて」
「それでああしてかい」
「店の外でも嫌がらせをしてきてるんだよ」
「それをあっしにだね」
「孫を助けてくれないかい」
「そう言われてもね」
 これも常だが吟次は断ろうとした。
「仕方ないだろ」
「仕方ないって孫が危ないのにかい」
「降りかかる粉は何とやらだよ」
 自分で何とかしろというのだ。
「やっぱりね」
「そこを何とか」
 年寄りはそこから孫娘にもう親はなく祖父一人孫一人で小さなうどん屋を切り盛りしていることを言った、そしてそこにこの辺りで最近急に幅を利かせてきたヤクザ者達がショバ代を要求してきたと言ってきた。
「親分が代わってだよ」
「あれかい、今度の親分はかい」
「これがとんでもない奴で」
 それでというのだ。
「賭場を開くだけじゃあき足らず」
「街の店からショバ代をせびって」
「うちにもなんだよ」
「そりゃひでえ奴だな」
「それで払えないって店にはああして嫌がらせをするんだよ」
「そうかい、しかしあっしはな」
 只の流浪人だと言うのだった。
「だからな」
「見捨てるってのかい」
「悪いがな、しかしな」
 年寄りがあまりにも必死で言うのでだ、やはり彼の常として。
 情にほだされてだった、年寄りの頼みを聞くことにして。
 娘に言い寄り続けるならず者達の方に言って止める様にいった、当然これでならず者達は収まらず。
 吟次につっかかった、こうなっては彼も受けて立たない訳にはいかず。
 頭突きと蹴りで彼等を薙ぎ倒した、こうして娘を助けたが。
 今度は街で店を開いている者達にだ、こう言われた。
「あの連中しつこいですから」
「またやってきますよ」
「それも親分自ら」
「ならず者達を大勢引き連れて」
「そう言うが成り行きでな」
 吟次は彼等にこう返した。
「あっしとしても出来るだけだったけれどな」
「わしがどうしてもと言って」
 孫を助けてもらった年寄りもここで言った。
「頼んだじゃ」
「まあ仕方ないな」
「あんたも孫に嫌がらせを受けたらな」
「あの連中のタチの悪さを考えると」
「仕方ないって言えば仕方ないさ」
「わし等だってああしたろうさ」
 街の者達も言う、その彼等の話を聞いてだった。
 吟次は仕方ないといった顔で彼等にこう言った。
「仕方ない、それじゃあな」
「それじゃあ?」
「それじゃあですか」
「あっしがその連中を何とかしよう」
 街のならず者達をというのだ。
「賭場だけでいいだろうにショバ代までせびるなんて欲をかき過ぎだ」
「だからですか」
「連中を何とかしてくれますか」
「そうしてくれますか」
「全く、あっしはどうしてこうなるのか」
 自分でも嫌になることだったのでそれで言った。
「いつも、しかしな」
「しかしですか」
「それでもですか」
「こうなったら仕方ない」
 これまたいつもの言葉だった、そのうえで。
 ならず者達が仕返しに来るのを待った、すると一刻程で先程の柄の悪い連中が先頭に立って案内してだ。
 三十人位のならず者達が出て来た、その真ん中には大柄で随分と人相の悪い派手な服の中年男がいた。
 その男がだ、先程吟次が退けたならず者達に問うていた。
「ここにいたんだな」
「へい、そうです」
「随分大柄でがっしりした奴です」
「不細工な間抜け顔をした奴です」
「それはあいつか」
 外にいる吟次を見ての問いだった。
「そうかい」
「あっ、あいつです」
「間違いありません」
「あいつですよ」
「そうか、本当に間抜け顔だな」
 男も吟次を見て頷いた。
「これは酷い、おい」
「あっしにかい」
「そうだよ、手前にだよ」
 男は吟次に対して言葉を返した。
「言ってるんだよ」
「あっしが娘さんに言い寄って嫌がらせをしているのを止めたからか」
「このシマは俺達のもんだ」
 男は吟次にこうも言った。
「流れ者らしいが勝手なことをした落とし前つけさせてもらうぜ」
「そう言うがショバ代まではいかんだろう」
 賭場の金ならいいがというのだ。
「そうじゃないのか」
「だからここは俺のシマだって言ってるだろう」
「天下の場所にそんなものがあるのか」
 将軍ですら寝て一畳、起きて半畳だと言っている。それでここが男のシマである筈がないというのだ。
「その道理はおかしいぞ」
「そんな道理知るか、おい」
 男は周りの三十人程のならず者達と先導をした先程の者達に声をかけた。
「相手は一人だ、やっちまえ」
「そうしてやります」
「所詮相手は一人」
「何でもないですよ」
 ならず者達は男に応えてそのうえで吟次を囲み一斉に襲い掛かった、だが吟次は素手のままで彼等を瞬く間に全員倒し最後に苦し紛れに襲い掛かってきた男もだった。
 頭突きで一撃で吹き飛ばした、そうして街の者達に言った。
「これでいいよな」
「いや、有り難うございます」
「後はこの連中を縛って奉行所に突き出します」
「奉行所の方も中々手を出せませんでしたが」
「縛って突き出せばいいですし」
「これでこの連中は全員島流しか」
 そうなるとだ、吟次は言った。
「よかったよ、じゃああっしはこれで」
「いえ、働いてくれましたから」
「お陰で助かりました」
「ここはお礼をさせて下さい」
「どうか」
「そんなのはいいよ」
 吟次は街の者達に笑って返した。
「あっしは嫌々やっただけだしな」
「そう言わずに」
「折角助けてくれたんですから」
「もてなして下さい」
「わしのうどんでも」
 先程の年寄りも言ってきた、孫娘も一緒だ。
「ですから」
「どうしてもかい」
「はい、どうしても」
「そうかい、そこまで言うなら」
 嫌々したから後ろめたい気持ちはあったがそれでもだった。
 街の者達がどうしてもというので吟次も受けた、そのうえでうどんだけでなく他の食いものも酒もしこたま楽しんだが。
 二日酔いになって思いきり身体がだるく頭が痛かった、それで街の者達に申し訳のなさそうな顔で言った。
「この辺りに風呂屋はあるか」
「はい、ありますよ」
「案内しますね」
「よし、じゃあな」 
 吟次は案内されてその風呂屋に入ってそこで酒を抜いて気持ちもすっきりしようとした、だが二日酔いの苦しみで周りがよく見えておらず。
 最初間違えて女湯ののれんを潜ってしまいいらぬ騒ぎを起こしてしまった、こうしたことも常だったが吟次はいつも通りの旅をこの街でもして次の場所に向かうのだった。


石頭   完


                  2018・9・18

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