駅にて
 吉川郁美は写真部の部室で二年の男子の先輩の一人が自分に熱く語る会話を眉を顰めさせて聞いていた。
 先輩はとかくだ、自分が撮りたいものについて語るがその撮りたいものが彼女にとっては眉を顰めさせるものだったのだ。
「あの、先輩」
「何だ、吉川君」
「先輩の撮りたいものって」
「浪漫だ」
 先輩は郁美にきっぱりと言い切った。
「漢のな」
「あのですね、体操服の半ズボンから浮き出る下着のラインとか透けて見えるブラとか」
「制服でもな、そしてハイソックスとミニスカートや半ズボンの間のだ」
「絶対領域ですか」
「横から見える胸のライン、うなじに腋そしてミニスカートのぎりぎり、胸元もいいな」
「全部撮って公に出来ないですよ」
 こう先輩に言うのだった。
「何ていうかですね」
「盗撮だというんだな」
「はい、先輩そんな人だったんですか」
「安心しろ、私はこうしたものは浪漫だと思うが」
 それでもというだ、先輩は自分を咎める目で見ている郁美に胸を張って答えた。
「撮ると流石に犯罪と言われかねないしな」
「実際にそうじゃないですか?」
「撮らない、私がそうしたもの以上に浪漫を見ているのは鉄道と飛行機、そして兵器だ」
「兵器って言うと自衛隊ですね」
「我が国だとな、だから時間を見て陸空海の自衛隊の基地に行ってだ」
 そうしてというのだ。
「撮ってもいるぞ、事前に確認を取っていれば中に入られるし基地の外から飛行機や船を撮ってもいい」
「意外と自由なんですね」
「何なら君も来てみるか」
「体操服から見える下着のラインより遥かにいいですね」
 郁美は先輩にあえて嫌味というか咎めるものを込めてまずはこう返してそこからさらに話した。
「そうしたの撮ったら本当に警察ものですよ」
「だから撮らない、心の浪漫に止めておく」
「はい、私にお話する時点でアウトですし」
「私は己を隠さない」
「全部さらけ出したら軽蔑されますから」
 また突っ込みを入れた。
「特に女の子に」
「だが浪漫は語ったな」
「鉄道に飛行機に兵器ですね」
「そういったものだ、何ならこのどれかの撮影に付き合ってみるか」
「変なことしたら即刻警察に通報しますよ」
 まだ先輩の浪漫について注意した。
「いいですね」
「女性に無理強いしないし暴力は絶対に振るわない」
「紳士ではあるんですね」
「私の理想は変態紳士だ」
「変態は抜いて下さいね」
 部室でこんなやり取りをしたうえでだった。郁美はその先輩と一緒に部活動として撮影に行くことになった、その行った場所はというと。
 日本有数の都市の駅だった、郁美はその駅に来てか先輩に尋ねた。二人共制服ではなく動きやすいラフな服装で撮影用の道具をそれぞれ持っている。
「あの、ここは」
「自衛隊の基地に行くと思ったか」
「この前のお話のやり取りだと」
「そうも考えたが」
 しかしと言うのだった。
「今日はこちらの浪漫にすることにした」
「鉄道の方ですか」
「ここは複数の私鉄の駅だけでなくJRの駅もある」
「まさに日本有数の都市の駅ですね」
「それだけに多くの種類の鉄道を撮ることが出来て」
 そしてとだ、部長は郁美に冷静だが確かな情熱を以て語った。
「駅の姿や行き来する人達も撮影出来る」
「その見ていいと思ったことをですね」
「君は全て撮影すればいい」
「わかりました、それじゃあ」
「撮っていくぞ」
 先輩から言ってだった、そのうえで。
 先輩は実際に自分から動いて撮影を次から次にしていった、それは郁美も同じで私鉄やJRのそれぞれの駅の内外、駅の店や階段、通路、行き来する人々も含めて撮影していった。その撮影の後でだった。
 郁美は帰りの電車の中で隣の席に座っている先輩に言った。
「今日はいい写真が一杯撮れたみたいです」
「私もだ」
「そうですね」
「今日はいい日だったな」
「駅全体を見てですね」
「鉄道は撮影していくといい」
「鉄道もかなり撮りましたけれど」
 それでもとだ、郁美は多くの写真を撮ることが出来て満足しきっている顔と声で述べた。
「それでも」
「プラットホームやお店、通路に階段、改札口もだな」
「全部絵になりましたね」
「人々もな」
「何かを撮影するならな」
 それならというのだ。
「他の場所もだ」
「撮影することですね」
「折角駅に来たのに鉄道だけでは勿体ない、女の子もだ」
 ここで先輩はまた彼の浪漫を語った、決して撮影しないというそれを。
「顔だけはない、胸やウエストにお尻、腋、太腿、うなじ、膝の裏等もな」
「先輩またそれですか」
「そうだ、全体を見てだ」
「部室でお話したみたいにですね」
「浪漫はあらゆるところにあるのだからな」
「私女の子ですから」
 極めて冷めた目でだ、郁美は先輩をジト目で見つつ突っ込みを入れた。
「興味ないです、というか本当に撮影したら」
「その時はか」
「容赦なくです」
 それこそと言うのだった。
「警察に通報しますから」
「だから撮影しないから安心してくれ」
「だといいですけれど」
「とにかく今日は君も満足したな」
「心から。また撮影したいです」
「それはいいことだ、では次は私が一緒でないかも知れないが」
 それでもとだ、先輩は郁美に話した、これまでいた駅を遥かに過ぎた列車の中で。
「またあの駅なりな」
「他の駅にですね」
「鉄道が撮りたいなら行くといい」
「わかりました、また撮ります」
 確かな声でだ、郁美は先輩に答えた。そのうえでだった。
 郁美はまた鉄道を撮ろうと心に誓った、そうして今は帰路を電車で進んだ。どうにも困ったところもある先輩と一緒だったがそれでも今日は多くの場面を撮影出来たことに心から満足出来た。それ故の誓いでありその誓いを果たそうとも思いつつ今は帰るのだった。


駅にて   完


                 2018・9・19

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