竜に捧げる歌
 その森の奥深く、それこそ冒険者はおろか森の生きもの達も踏み入れない様な場所に一匹のドラゴンがいた。年老いたグリーンドラゴンだ。
 森の主と言われて二千年以上経つ、食事は森の霊力を糧とする様になってから摂ることはなくこれまで貯め込んだ財宝を自分の巣の一番奥に置いたうえでただ一匹森の奥にいる。
 ドラゴンはそのまま何千年も今自分がいる森の奥で眠った様に生きていくつもりだった、誰もドラゴンであり強大な力を持つ自分を恐れて森の奥にすら踏み込まないことはわかっているし翼で空を飛んでの移動をする気にもならなかった。
 それでひたすら眠った様に生きていくつもりだった、だがある日のことだ。
 その彼のところにだ、ふと気配がした。ドラゴンはその気配に気付いて前を見るとそこに一人の妖精がいた。
 竜に似た足と角を持っている小柄で白い服を着た楚々とした外見の妖精だ。その彼女を見てだった。
 ドラゴンは妖精に起き抜けの様な声で尋ねた。
「誰だ」
「エターニャです」
 妖精はドラゴンに名前を名乗って答えた。
「この森に住んでいる妖精です」
「そうか、妖精か」
「はい、そうです」
「わしはこの森に住んでいるドラゴンだ」
「そう聞いています」
「わしのことを知っていて来たか」
 ドラゴンは首を起こしそのうえでエターニャに応えた。
「そうか」
「それが何か」
「わしが怖くないのか」
 ドラゴンはエターニャにこうも問うた。
「そうではないのか」
「どうして怖いの?」
「どうしてか」
「貴方はこれまで誰かを無意味に殺めたことはありますか」
「その様な趣味は持ち合わせておらん」
 ドラゴンはエターニャに年老いているが率直な声で答えた。
「これまで二千年以上生きてきたがな」
「その間ですね」
「一度もした記憶はない」
「ならです」
「恐れることはないか」
「はい、貴方がそうした方なら」
「ドラゴンでも恐れぬか」
「ドラゴンでも獣でも妖精でも人でも」
 それこそとだ、エターニャはドラゴンに率直な声で答えた、ドラゴンが自分に対してそうした様に。
「心が正しければ」
「恐れぬか」
「私は」
「そのことはわかった、それで何故わしに会いに来た」
「貴方のお話を聞いたからです」
「そうしたことはしないドラゴンだとか」
「そうした方ならお会いしたいと思いまして」 
 それでというのだ。
「お邪魔しました」
「そうか、獣も誰も来ぬこの場所にか」
「そうしました」
「そのことはわかった、酔狂な者もいるものだ」
「それでお話を色々聞かせてもらいたいのですが」
「わしの話をか」
「知っているお話を色々と」
 ドラゴンにだ、エターニャは楚々とした声でお願いをした。
「宜しいでしょうか」
「この森に来るまでも長く生きてきた、今は空気からこの世の様々なことを聞ける」
「では色々と」
「お主が聞きたいなら話そう」
「それでは私はそのお礼に」
「どうしてくれるのだ」
「歌を歌わせてもらいます」 
 エターニャはドラゴンに慎んだ態度で述べた。
「そうさせてもらいます、下手でもいいでしょうか」
「構わぬ。そうしたことで怒らぬ」
 ドラゴンはエターニャに約束した、そうして己が知っていることを彼にしてみればほんの少し話した。その後でだった。
 エターニャの歌を聴いた、最初は期待していなかったが聴いてみるとだ。
 素晴らしい歌だった、それでドラゴンは歌い終わった彼女に言った。
「また来てくれたらだ」
「その時はですか」
「わしの知っていることを話そう、そしてだ」
「歌をですか」
「聴かせてくれるか」
「それでよければ」
 これがエターニャの返事だった。
「そうさせて頂きます」
「それではな」
 こうしてエターニャは時々ドラゴンのところに来て歌った、ドラゴンが話をした後で。そうしたことが何度か続くうちに。
 エターニャは友達の妖精や獣を連れて来た、彼等はドラゴンと聞いて恐れたが彼女が穏やかだと言うので一緒に来てドラゴンの話を聞いた、するとドラゴンが実際に穏やかで誰かを決して襲ったり傷付けたりしないことがわかり。
 エターニャと共にドラゴンの話を聞きその後でエターニャの歌を聴いた。そうした妖精や獣、森に人里離れて暮らしている隠者まで来てだった。
 ドラゴンの話にエターニャの歌を聴く様になった、何時しかドラゴンは森の主としてだけでなく心から慕われる様になった、その状況になってだ。
 彼は森の中とはいえ遠くの場所にいるエターニャにテレパシーでだ、こんなことを言った。お互いにテレパシーを使えるからこそのやり取りだ。
「今の状況はだ」
「貴方が森の皆に慕われていることは」
「悪くはない、むしろだ」
 こう言うのだった。
「いい、そうなったのはそなたがわしの前に来てからだ。だがらだ」
「だからですか」
「そなたに感謝している」
 こう言うのだった。
「心からな、だからこれからも友でいてくれるか」
「私が貴方のですか」
「そうだ、そうしていいか」
「私でよかったら」
 エターニャはドラゴンに微笑んだ声で答えた。
「お願いします。私はどの方ともです」
「友達になりたいか」
「そう考えていますので」
「わしの前にも来てか」
「そしてそう言って頂けるなら」
 それならというのだ。
「これ以上嬉しいことはありません」
「ではな」
「これからも宜しくお願いします」
 エターニャはドラゴンにテレパシーで答えた、そして翌日また多くの友と共に彼の前に聞いてその話を聞いた。そのうえで歌を歌った。その歌にドラゴンだけでなく森の住人達も耳を澄ませた。心にまで届く清らかな歌を。


竜に捧げる歌   完


                   2018・9・19

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