お父さん
 向日ヒナタには両親はいない、その名前も一体誰が名付けたのか知らない。だが家はしっかりとあってそこから学校に通っている。
 ヒナタの担任の先生、若い女の先生はヒナタ自身にこのことを問うたがヒナタはこう言うばかりだった。
「僕わかんない」
「わかんないって」
「何もわからないから」
 こう言うだけだった、とにかくヒナタ自身に聞いてもこうした返事ばかりで何を聞いてもわからなかった。
 だが担任として彼のことを知っておく必要があった、それでヒナタの家に直接家庭訪問として行くことにした。
 事前に連絡すると年老いた男の返事が来た、聞く苗字はヒナタの向日とは違うものだった。
 だが老人は先生に穏やかな声で答えた。
「ヒナタはわしの家にいます」
「そうですか」
「そしてわしがです」
 老人がというのだ。
「ヒナタと今一緒に暮らしている」
「ご家族ですか」
「ヒナタはそう思っているか」
 このことはというのだ。
「わからないので」
「ご家族とは言えないですか」
「どうにも、しかし」
「それでもですか」
「わしがヒナタを家に置いて料理を作って食べさせて」
 そうしてというのだ。
「風呂に入れて洗濯をしています」
「そうですか」
「それでお電話をしてくれたのは」
「今度家庭訪問にと思いまして」
 先生は老人に答えた。
「それで」
「そうですか、では来られたら」
「その時はですか」
「わしの知っていることを全部お話します」
「宜しくお願いします」
 こうしてだった、先生はヒナタが今いる家に家庭訪問した。すると家は一軒家で七十歳程の皺がれた様子の老人が出て来た。
 老人はまず先生に自分のことを話した。
「ずっと鉄道会社に勤めていました」
「定年まで、ですか」
「それで最近までシルバーワークで働いていました」
「そうでしたか」
「ですが今は完全に年金暮らしです」 
 そうなったというのだ。
「妻も亡くなり」
「お一人ですか」
「妻の葬式、四十九日も終わった時にあの子が家の前にいました」
 ヒナタ、彼がというのだ。
「それでどうしたのか聞いても」
「あの様にですか」
「わからない、です。それで役所に言って聞いても」
「身寄りがわからなくて」
「どうしようと思っていたのですが施設の空きもなく」
 それでというのだ。
「私の家に。まだ家族ではないですが」
「一緒にですか」
「暮らしています」
「向日さんの生活のことも」
「全てしています。カレーライスが好きなのでよく作っています」
 そうして食べさせているというのだ。
「何処から来たのか、名前は誰かに言われたのかわかりませんが」
「向日ヒナタさんですね」
「そう聞いていますので」
 だからだとだ、老人はテーブルを挟んで自分の向かい側に座っている先生にお茶を飲みながら話をした。無論先生にもお茶を出していてお茶菓子は羊羹だ。
「戸籍もその様にです」
「してですね」
「本当の年齢はわからないですがお医者さんの診察を受けて」
「確か幼稚園からでしたね」
「その時から通わせています」
 教育の場、そこにというのだ。
「そうしています」
「そうですか」
「わしもあの子のことは知りません、わしのことはお爺ちゃんと呼ぶだけです」
「それだけですか」
「はい、本当に何も知りません。ですが」
 それでもと言うのだった。
「一緒に暮らしています。身寄りのない子なので」
「だからですか」
「この家にいてもらっています」
「いてもらって、ですか」
「わしは妻に先立たれて子供も海外に行って」
 そうしてというのだ。
「独り身なので」
「ヒナタさんは」
「家族ではないですが」
 それでもというのだ。
「一緒の家にいてくれる」
「そうした子だからですか」
「嬉しく思っています」
「そうですか」
「何を聞いてもああした調子ですが」
「こちらにはですね」
「毎日帰ってきてです」
 そうしてというのだ。
「五時に帰る様にいつも言ってますが」
「その五時にはですか」
「絶対に帰ってきて御飯を食べて風呂に入っています」
「そうですか」
「わしが食べさせて入らせていますが」
 子供なのでそうしているというのだ。
「そして同じ部屋で寝ています」
「親子の様にですね」
「孫よりも幼いですが」
 自分のそれよりもというのだ。
「そうして暮らしています」
「そうですか」
「あの子のことは本当に何もわかりませんが」
「一緒に住んでいて」
「育てています、この歳ですが」 
 老人は自分が高齢であることも述べた。
「ずっと。あの子がいいと言うまで」
「お二人で、ですね」
「暮らしていければと思っています」
「何でしたら」 
 先生は老人に一歩踏み出す様にして提案した。
「貴方が」
「役所に言ってですね」
「親御さんになられて」
 つまりヒナタを養子に迎えてというのだ。
「育てられては」
「そうも考えていますがあの子に聞くと」
「そうなれば」
「やはりいつもの様に言うでしょう」
 わからない、と言うというのだ。
「そうなるでしょう」
「だからですか」
「はい、ですから」
「聞かれませんか」
「今は。ただ」
「それでもですね」
「何時かはと考えてはいます」
 こう先生に述べた。
「わしが生きているまでの間に」
「では」
「わしはあの子がいいと言うかわしが死ぬまで」
「ヒナタさんとですね」
「一緒に暮らしていきます。ですから何かあったら」
 その時はというのだ。
「ここに来るか連絡して下さい」
「わかりました」
 先生は老人の言葉に頷いた、そうして彼にもヒナタのことを頼むと言った。そうしてヒナタの担任であり続けた。
 それは一年だけだったがヒナタの担任でなくなっても彼を気にかけ見続けた、ヒナタはぼんやりとしたまま育ち。
 高校まで進学し高校も卒業した、その頃には彼は芸術方面で思わぬ才能を発揮しぬいぐるみ等人形作家になっていた。
 このことをだ、老人は今もヒナタのことを気にかけている先生に話した。
「しっかりとした事務所と専属契約をしまして」
「それで、ですか」
「もう後はです」
「人形作家としてですね」
「活動していくとのことなので」
「それで、ですね」
「わしも心配がないです、それでこの前ですが」
 最初に会った時よりも老いている、八十を超えていてその分先が短いことは見てはっきりわかる状況だった。
「あの子と話をして養子に入れました」
「そうですか」
「ずっと思っていたことが適いました」
「ヒナタさんをですね」
「息子にして」
 そしてというのだ。
「家族にすることが出来ました」
「それは何よりですね」
「その時にお父さんと言ってもらいました」
 老人は先生に笑顔で話した、今もヒナタと暮らしている家の中で。
「本当に嬉しいです、あとどれだけ生きられるかわかりませんが」
「それでもですか」
「あの子を見守りたいです」
「不思議ですね。ふらりと前にいた子を拾って」
「妻に先立たれた時に」
「そしてずっと一緒に暮らしていますから」
「そうですね、若しかするとあの子は」
 老人はヒナタのことをこう話した。
「神様が一人になったわしに送ってくれた」
「そうした人ですか」
「そうかも知れないですね」
「そうですか」
「あの子と暮らせて本当によかったです、一人でいるよりも」
 ずっと、というのだ。
「よかったです、ですから」
「これからはですね」
「あの子の父親として生きていけることが」
 先生に暖かい笑顔で話した。
「何よりも嬉しいです」
「それは何よりですね」
「本当に」
 老人は笑顔のままだった、そうして家で仕事を続けるヒナタと共に残り少ない人生を生きていった。
 ヒナタは世界的に有名な人形作家になりその方面で知らぬ者はいないとまでの人物になった。その彼がいつもプロフィール等で尊敬する人の欄に書いたり言うことは決まっていた。自分をここまで育ててくれたお父さんだとだ、いつもぼんやりとした感じは変わらないながらもこう書いて言っていた。それが彼のずっと一緒にいて育ててくれた老人への気持ちだった。


お父さん   完


                   2018・9・20

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