諦めないことが
 ソライは今はある村で薬屋をして暮らしている、だがその中で彼はよく客達から秘かにぼやかれていた。
「全く以てね」
「今の領主様は酷いよ」
「前の領主様も酷かったが」
「今の領主様もね」
「あれですね」 
 ソライは難しい顔で客達に応えるのが常だった。
「この国の領主は」
「誰もがですね」
「酷いですね」
「重税を課して拷問が好きで女好きで」
「いつもお屋敷では酒池肉林で」
「とんでもない人ばかりですね」
「民のことは一切考えず」
 ソライは嘆く顔で言うのだった。
「そうしてです」
「はい、賄賂は取るし渡すしで」
「民から奪えるものは全て奪う」
「田畑も山も川も全く顧みず」
「どう私腹を肥やすかしか考えていません」
「宮中では陰謀ばかりと聞いています」
 ソライはこのことも知っていた。
「高官になりより私腹を肥やす」
「そのことばかりですね」
「宮中においても」
「そればかりで」
「他には何もないのですね」
「はい、若し権力争いに敗れれば」
 その時はというと。
「即座にです」
「言い掛かりをつけられて皆殺しですね」
「それも三族が」
 親子兄弟全てだ、自分だけが殺されるのではないのだ。
「恐ろしい状況ですね」
「これで国がよくなる筈がないですね」
「そしてこの村も」
「こうした有様では」
「この国は何百年もこうです」
 ソライは瞑目してこうも言った。
「悪くなる一方です」
「わし等も生きることも難しいです」
「まともな農具や肥料もないです」
 長年の搾取と無策でそうしたものすらない状況なのだ。
「そこにさらに重税ですから」
「何かあると領主様のお屋敷のお仕事とかに駆り出され」
「田畑の手入れも出来なくなることが多いですから」
「一体どうすればいいんでしょうか」
「本当に」
「ここはです」
 ソライは民達に話した。
「もう一気に国が変わって」
「そうしてですか」
「そのうえで、ですか」
「はい、領主である官吏達が一掃され」
 世襲でありしかも全く働かず私利私欲だけの彼等がというのだ。
「まともな政治が行われるしかありません」
「そうなるしかないですか」
「ですが今のこの国は」
「もうです」
「どうしようもないですね」
「そうです、しかしそれが出来るか」
 ソライはこのこともわかっていて言うのだった。
「非常に難しいですね」
「そうですね」
「誰かわし等を救ってくれる人がいれば」
「そうした人が出てくれるか」
「どうなるか」
 村人達そして国の者達はどうにか助かりたいと思っていた、それはソライも同じだったが彼にしてもだ。
 一人で、幾ら神の血を引いていても出来るとは思っていなかった。だがある日のことだ。
 黒い洋服を着てざんぎり頭で訛りのある言葉を喋る男が来てだ、村人達に叫んでいた。
「君達は何も感じないのか!」
「何も?」
「何もっていうと」
「この村そしてこの国の惨状に!」
 こう言うのだった。
「何もなくただ奪われ虐げられるだけの状況に!」
「領主様に奪われこき使われる」
「田畑のものも娘さえも」
「そんなわし等のことをか」
「そう言われるのか」
「そうだ、このままでは国も民も滅ぶぞ!」
 男は叫び続けていた。
「これでいいのか!悪辣な領主に黙って従うのか!」
「そう言われましても」
「わし等何も持ってません」
「領主様には兵隊がいるんですよ」
「武器を持った」
「ですから」
「兵隊が何だ!あの者達が幾ら来ようとも私には勝てない!」
 男は豪語もした。
「諸君等は戦いを知らない!しかしだ!」
「あんたはですか」
「戦いを知っていますか」
「そうなんですね」
「そうだ、私は諸君等の為にだ」
 まさにと言うのだった。
「ここに都から送られたのだ」
「都から?」
「あそこから」
「どういうことなんだ?」
「総督府が出来たのだ」 
 都にというのだ。
「そこから送られた、この村を守る為に」
「えっ、そうだったのか?」
「新しい領主様か?」
「そうなのか?」
「役人達はすぐに来る」
 この村にというのだ。
「だがその前にだ」
「今の領主様をか」
「どうにかしてくれるのか」
「そうなのか」
「そうだ、今から領主のところに向かい引っ立てる」
 男は言い切った。
「見ておるのだ」
「まさか」
「領主様のところには兵隊がいるんだぞ」
「槍や弓矢を持っているのに」
「勝てる筈がないだろう」
「幾ら何でも無理だ」
「だから見ているのだ」
 男はこう言うのだけだった、そして。
 彼はすぐに領主の屋敷に向かった、ソライはそれを見てだった。
 男のところに来てだ、こう問うた。
「貴方はこの国の者ではないですね」
「総督府と言ったな」
「はい、それは何ですか」
「私の国がこの国の都に置いたものだ」
「それも言われましたが」
「この国の王をお助けしてそのうえでこの国をあらためる場所だと思ってくれ」
 こう言うのだった。
「我が国がな」
「そうなのですか」
「安心しろ、我が国はこの国の民を害する考えはない」
「それどころかですね」
「この国はどうなのだ」
 男は前を見据えて領主の屋敷に進みながらソライに問うた。
「役人ばかりが肥え太り国と民はやせ細っている」
「だからですか」
「この国が大国に奪われればだ」
 その時はというのだ。
「我が国も危うくなる」
「だからですか」
「我が国は二度の大きな戦に勝った、しかしこの国がまともでなければだ」
 その時はというのだ。
「また我が国が脅かされるのだ」
「だからこの国に来て」
「国と民を育て強くさせてだ」
「貴方の国を護りますか」
「そうだ、我が国の為だが」
 男はこのことを正直に言った。
「しかしだ」
「それでもですか」
「この国を変えることは約束しよう」
「民もですか」
「どうして救わずにおられるか、我が国の為でも」
 それでもというのだ。
「この国も民も酷いものだ、義を見てせざるは」
「勇なきなりですね」
「そうだ、総督閣下も言われている」
「総督閣下ですか」
「総督府の主であられる、かつては我が国の首相であられたが」
 それでもというのだ。
「今はこの国に入られてな」
「総督としてですか」
「この国を治めに入られている」
「そうですか」
「その方も言われている」
 義を見てせざるは勇なきなりと、というのだ。
「だからだ」
「この国と民をですか」
「救わねばならない、君達は強くなってだ」
「この国をですね」
「守ってくれるか」
 ソライに顔を向けて問うた。
「今は私達がそうしているが」
「そう出来ればいいのですが」
 ソライは今の国と民のことを考え暗い顔で答えた。
「わからないです」
「力がないからか」
「残念ですが」
「そうか、では鍛え学びだ」
「そうして」
「強くなれ、今より私はそのはじめとしてだ」
「これまでの領主様をですか」
 ソライは男に問うた。
「先程言われた通りに」
「追い出して悪事に関わった者全てをだ」
 まさにというのだ。
「都に引っ立てる」
「その為に来られたのですね」
「過ちは正す」
「そして国も民も」
「救おう」
「左様ですか、では私も」
 ソライは男の言葉を聞きその言葉に偽りの気持ちはないとわかった、それでだった。
 男にだ、こう言った。
「これよりです」
「私と共に戦うか」
「そうしていいでしょうか」
「目覚めたか、ならだ」
「それならですね」
「私と共に来るのだ、そしてだ」
「この国と民をですね」
 男に対してまた問うた。
「今から」
「救うのだ」
 男は腰のサーベルを抜いた、それを合図にしてだった。
 何処から彼等と同じ服を着た者達が一斉に出て来た、皆毅然とした顔でその手には銃剣を持っている。
 その彼等の前に立ってだ、男はソライに言った。
「行くぞ」
「そのうえで」
「過ちを正す」
 男は自ら先頭に立ち領主の屋敷に押し入った、黒い服の者達は恐ろしいまでに強く領主達を瞬く間に縛り上げて村人達の驚きの中彼等を都に引き立てていった。ソライは彼等の強さに驚くだけだったが。
 隣国の将校だと名乗った男、領主達を都に引き立てていこうとする彼に対してこう申し出たのだった。
「宜しければ総督閣下にです」
「会いたいか」
「そうしたいのですか」
「閣下はご多忙、しかしだ」
 それでもとだ、男はソライに答えた。
「君の志は確かな様だな」
「怪しいと思われるなら剣も全て置いてです」
「そうしてだな」
「閣下とお会いしてです」
「それでか」
「閣下とお話をして」
 そしてというのだ。
「どういった方か知りたいです」
「そうしてか」
「この国をどうされるのかを直接」
「わかった、ではな」
 男はソライの言葉に頷いた、そうして彼を都まで連れて行き。
 そのうえで彼を総督に会わせた、幸いソライは彼と会うことが出来て白く長い髭を生やし洋服を着た彼と深く話をした。
 そのうえでだ、彼は総督に言った。
「貴方の様な方がこの国におられれば」
「この国はか」
「今の様になっていなかったでしょう」
「そう思うならだ」
「これからですね」
「わしの様な者を育て」
 そのうえでというのだ。
「この国も民もな」
「豊かに強くすべきですね」
「そうすることだ」
「そうですか、しかし貴方は」
 ここでだ、ソライは総督の顔を見た。見れば剣難というか銃難の相があった。彼は母の血でそうしたこともわかるのだ。
「刺客にお気をつけ下さい、ですから」
「君がか」
「警護の一人について宜しいでしょうか」
「そう言ってくれるなら頼む」
 総督はソライに毅然として答えた、そしてだった。
 彼は総督の護衛となり彼が他国で列車から降りた時に暴漢に銃撃で襲われそうになった時事前に察し密かにその暴漢と仲間達を取り押さえ事無きを得た、そしてこれが結果として彼の国を救うことになりやがて国と民は豊かになり救われた。
 その豊かになった中でだ、ソライは親しい者達に話した。
「隣国に助けてもらってですが」
「それでもですね」
「国と民が豊かになって」
「それでよかったですね」
「はい、これからは」
 ソライは言うのだった。
「二度とです」
「あの様な惨状に陥らない」
「そうしていかねばならないですね」
「我々の手で」
「そうしてもっといい国にしていきましょう」
 こう言うのだった、彼は今の状況になってよかったと思っていた、だがまだこれからとも思い自分の国と民を見るのだった。
 そして男にもだ、こう言った。
「諦めては駄目ですね」
「力がないとな」
「そのことがわかりました、身分や一人しかと思わずに」
「やれることをやらねばな」
「そのことを忘れていました」 
 ソライは歯噛みしてこうも言った。
「ですが」
「これからはだな」
「思い出しましたので」
 それ故にというのだ。
「私は前を向きます」
「そうすることだ」
 是非にとだ、男は今は自分の友となっているソライに言った。そしてソライも頷き前を向くのだった。


諦めないことが   完


                   2018・9・21

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