肯定して欲しくない人
篠枝結奈は自分が否定されることにはどうしても駄目だ、それで自分を否定する様な人は無意識のうちに避ける癖がある。
だが一緒に暮らしている祖父にだ、ある日こう言われた。
「世の中色々な人がいてな」
「お祖父ちゃんよく言うよね」
「御前を罵る人だっているさ」
その結奈を否定する人の話もするのだった。
「けれど違うんだ」
「違うっていうと?」
「御前を肯定してもな」
それでもというのだ。
「御前の何でも肯定して受け入れるとか言ってな」
「騙す人がいるの?」
「そうした人もいる、けれどな」
祖父は孫娘にさらに話した。
「もっと怖い人もいるんだ」
「どんな人なの?」
結奈はわらないまま祖父に尋ね返した。
「一体」
「御前を肯定する、しかしおかしい」
「おかしいっていうと」
「全部肯定するがな」
それでもというのだ。
「闇があるというかな」
「闇がおかしいの」
「狂っているんだ、御前の全部を受け入れながらも」
そうしつつというのだ。
「おかしいんだ」
「何がどうおかしいのか」
「わからないか」
「うん」
実際に結奈は首を傾げさせていた、祖父の言っていることが全くわからなかった。若し自分を受け入れてくれるならそれでいいと思った。
けれどだ、それでもというのだ。
「わしもそうした人は一度会っただけだが」
「おかしな人だったの」
「そうだ、目を見るんだ」
「目をなの」
「そうすれば御前ならわかる」
結奈は勉強は出来ない、しかし決して頭は悪くはない。利発な方だ。孫のその利発さを知って言うのだ。
「目を見ればな」
「そうした人は」
「それでわかるからな」
「そうした人はなのね」
「近寄るな」
決してというのだ。
「いいな」
「わかったわ、けれど」
「どういった人かだな」
「私全然わからないわ」
「そうだな、そんな人は滅多にいないが」
「私を駄目だって言う人よりもなのね」
「そんな人もよくないが」
孫を傷付けた、祖父もそうした人は好きになれず孫娘に近寄らせることはしなかった。それで今もこう言ったのだ。
「しかしな」
「それでもなのね」
「そうした人は一番な」
「近寄ったら駄目なのね」
「若し近寄ったら」
その時はというのだ。
「絶対に逃げろ」
「私から近寄ったら駄目なのね」
「そうだ、逃げるんだ」
決して近寄らずにというのだ。
「そうしろ、いいな」
「わかったわ、そうした人がどんな人かわからないけれど」
それでもとだ、結奈は祖父に答えた。
「そうした人にはね」
「近寄らないな」
「そうするわ」
祖父に約束した、そのうえで。
結奈は実際にそうした人と付き合うことはしないと自分にも誓った。そのうえで彼女の生活を送っていた。
しかしその中でだ、ふと。
結奈が休日に友人達とグラウンドまで遊びに行く時に道でだった。
背が高くスタイルがいいしかも顔立ちが整った女性と擦れ違った、服も奇麗で一見すると天使の様だった。
しかしだ、手首のところに無数傷があり。
顔にも包帯があり首にもある、目は何かだった。
うつろでそれでいて妙な光があり不気味な微笑みを浮かべていた。その人と擦れ違ったその瞬間にだった。
結奈は悪寒を感じた、それもこれまで感じたことはないまでに強く。
それでだ、擦れ違った後で思わず振り返ってその人の方を振り返って言った。
「今の人って」
「ええ、何かね」
「凄く奇麗だったけれど」
「それでもね」
「怖かったわね」
「手首に切り傷あって」
友人達はまずこのことについて話した。
「あれリストカットよね」
「首に包帯巻いてたし」
「あと右目の方にも」
「事故?違うわよね」
「何かあったのよね」
「それでよね」
「ああした風になってるのよね」
皆話しながら嫌なものを感じていた。
「変にやつれていたし」
「目凄かったわね」
「もううつろでね」
「それなのに変なもの観てる感じで」
「何、あの人」
「絶対に普通じゃないわよ」
「若しも」
結奈は祖父が自分に言ったことを思い出した、そうして言うのだった。
「あの人と一緒にいたら」
「怖いわよね」
「そうよね」
「若しお母さんやお姉ちゃんだったら」
「いきなり何されるか」
「そう思ってね」
「ええ、本当にね」
こう言うのだった、そしてだった。
結奈は友人達と遊んだ後で家に帰ってそのうえで祖父にその人のことを話した、すると祖父はすぐにだった。
考える顔になってだ、結奈に話した。
「多分な」
「多分?」
「その人がだ」
結奈が擦れ違ったその人がというのだ。
「本当にな」
「おかしな人なの」
「そうだろうな」
実際にというのだ。
「そうした人は自分を否定してな」
「それでなのね」
「他の人を肯定してな」
そしてというのだ。
「何でもでな、けれどな」
「ううん、ああした人に褒められると」
そうなると、とだ、結奈は真剣な顔で述べた。
「怖いわね」
「そうだな、若しかするとな」
「若しかすると?」
「御前グラウンドの近所で会ったのか」
祖父はここで結奈に聞いてきた。
「そうなのか?」
「うん、そうだけれど」
「その人だな」
孫の話を聞いてすぐに返事をした。
「わしが見た人は」
「お祖父ちゃんなの人知ってるの」
「ああ、男出入りがとにかく激しいんだが」
「男出入りって」
「仕事は何をしているかわからない」
それはというのだ。
「けれどその男の人達に何をされても笑って自分が悪い貴方がいいと言うな」
「そんな人なの」
「一度家の外で思いきり殴られて警察が来たのを見た」
「そんなこともあったのね」
「しかしな」
それでもというのだ。
「殴った人を訴えたりしなかった」
「幾ら殴られても」
「鼻血どころか口から血を出してもな」
そこまでなってもというのだ。
「そうしなかった、自分が悪いと言ってな」
「そこまで暴力振るわれてなの」
「何でそこまでなったか知らないが」
「あの、幾ら何でも」
暴力、それも口から血を吐くまで殴られる様なものだと聞いてだった。結奈は祖父に驚く顔で述べた。
「そんな暴力は」
「暴力自体がな」
「どんな理由でも駄目よね」
「しかしな」
それでもというのだ。
「訴えなかった」
「そうだったのね」
「ずっと自分が悪いと笑いながらな」
「笑ってなの」
「どういう人かわかるな」
「本当におかしい人よね」
「わかったな、ああした人にな」
認められてもとだ、祖父は結奈にあらためて話した。
「認められても怖いだろう」
「ええ、本当に」
「そうした人は目を見てな」
そのうえでとだ、祖父はまた結奈に話した。
「怖いって思うだろ」
「実際に思ったわ、怖い目だったから」
結奈は目も思い出した、それは確かに怖かった。
「わかったわ」
「そうか、すぐにわかるとは思わなかったが」
「それでもなのね」
「これでわかったな」
「よくね、けれどわかっても」
それでもとだ、結奈は祖父に暗い顔で話した。
「嬉しくないわ」
「そうだろうな、わかっても嬉しくないこともある」
「そのこともわかったわ」
「そうか、じゃあ今晩の御飯作るな」
「今晩は何なの?」
「ハンバーグと海草サラダだ、デザートにオレンジパフェも買ってるからな」
「それも食べていいのね」
「そうだ、美味しく食べるんだぞ」
「そうするわ」
笑顔でだった、結奈は祖父に応えた。祖父の言ったことがわかり怖い気持ちになったがその後はいいものが待っていた。
肯定して欲しくない人 完
2018・9・22
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